最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
DVD 2月20日より発売!amazon.co.jp 配信はこちら

1/01/2009

謹賀新年



あけましておめでとうございます。

旧年中はお世話になりました。本年もよろしくご指導・ご鞭撻・ご支援のほど、よろしくお願いできましたら幸いです。

2008年には二年越しの企画だったドキュメンタリー新作『フェンス』が11月にやっと完成し、英国のシェフィールド・ドキュメンタリー祭 でワールドプレミアを済ませて参りました。神奈川県逗子市の旧・池子弾薬庫、現在の池子米軍住宅をめぐる映画です。

製作のきっかけは2006年に逗子市の委託で短編作品を作ったことですが、短編ではとても収まりきらない主題・題材だったたけに長編ドユメンタリーとして取り組んでみるとどんどんと話は膨らみ、二部構成といういささか変わったフォーマットで、合計167分という大作になってしまいました。

撮影に大津幸四郎氏、音響監督に久保田幸雄氏、それに安岡卓治プロデューサーをはじめ、ぜいたく過ぎるほどの最高のスタッフの布陣で、ドキュメンタリー映画でやりたいと思っていたこと、現代映画としてのドキュメンタリーはこうあらなければならないだろうと思っていたこと、日本の近現代史について考えていたことを、やりたい放題にやった映画です。上映や公開で敬遠されそうな規模になってしまってさあこれからが大変ですが、今年中には日本国内で上映できればと思っていますので、その折にはぜひご覧いただけましたら幸いです。

またさすがにこの規模では上映にいろいろ困難がありそうなので、二部構成の完全版とは別に、2時間弱程度の公開バージョンを再編集することが新年の最初の仕事になります。

完全版は主に映画祭や、ヨーロッパで二回に分けてのテレビ放映(現在交渉中)などで、見せて行くことになると思います。

世界初上映のシェフィールドでは、巨匠・大津幸四郎撮影の映像が切り取った逗子市池子と旧・柏原の、日本の風景と人々の美しさは、大変な好感を持って受け入れられました。今年は上映がもっと他の国にも広がっていけばいいのですが。

この映画に映っているような日本が、いずれは消えてしまうであることを考えるにつけ、そして最初はほとんど偶然に舞い込んで来たこの企画に感謝せずにはいられません。なによりも日本海軍の弾薬庫建設のために故郷を後にし、今は米軍兵の住宅になっているその土地に戻ることが許されない旧・池子村、旧・柏原村の旧住民の皆さんにお会いでき、そのお話を記録することができたことは大変な幸運でした。そこから出来上がったのは基地問題を超えてある種の日本人論、日本社会論になっているかも知れない映画であり、個人的には大げさに言えばある意味で、半分は海外育ちの自分自身と “日本” との和解として位置づけられる映画かも知れません。

思いのほか時間のかかってしまった『フェンス』が出来上がり、『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』と本作と、過去と歴史をめぐるドキュメンタリーが続いて来ましたが、この年末より今度は現代日本を扱うフィクション作品の脚本を2本、並行して書き始めています。一本は現代といってももう13年前の地下鉄サリン事件をモデルに大都市の無差別テロ事件を体験した人々を描こうとする群像劇、もう一本は6月の秋葉原無差別殺傷事件をモデルにしたストーリーを構想しています。

2006年にベルリン国際映画祭で初上映して以来海外ではそこそこに評価を得て来た『ぼくらはもう帰れない』は、7月に横浜の「黄金町映画祭」で日本では初めて上映いたしました。現在の日本の配給・興行の難しい状況は、自力で劇場公開するにも自己資金でどうこう出来る余裕もなく、さてどうしたものかと困ったものです。この映画を完成させる際にご支援頂きました皆様には、非力をお詫び申し上げざるを得ない次第です。その上に今度はそれ以上に公開が難しそうなドキュメンタリーの大作を作ってしまったのですから我ながら凝りないというかなんというか…。

2007年に東京で公開が始まった『映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事』は、昨年中は名古屋、京都、神戸、大分などで地方公開が始まりました(…らしいです。監督にはまるで報告がないので…)。ですがその一方でこの映画の主人公であり、深く敬愛していた土本典昭監督が6月に享年79歳で亡くなられたのは大変に悲しく、また今でも寂しさに耐えなければならないことです。しかし晩年に人間として円熟の頂点に達していたその時期に映画で撮らせて頂いた、怖じけづいているこちらを撮るように励まして下さった土本監督に心から感謝しつつ、先に進まなければならないのでしょう。でないと草葉の陰から叱られそうな…。

一昨年には佐藤真監督が帰らぬ人となり、9月に追悼特集で講演を依頼されてあらためて佐藤さんの不在の重さを噛み締めることになり、昨年には映画批評をやっていた頃にお世話になった市川崑監督も亡くなられ、学生時代の恩師で元MGMのメーキャップ部門チーフのウィリアム・タトル氏も天寿をまっとうされました。また2005年にミュンヘンの映画祭でご一緒させて頂いた市川準監督の突然の訃報には愕然といたしました。ロバート・アルトマン監督、エドワード・ヤン監督、僕を映画批評デビューさせて下さった編集者の田畑裕美さんと、思えば『フェンス』を製作していた二年間に身近であったり親しくして頂き、多くを教えてもらった大先輩や師が何人も鬼籍に入られたことになります。

私生活の方では、10月にアパートの階下の部屋から出火し、軽度の一酸化炭素中毒と気管の炎症で入院いたしました。幸い屋内にはほとんど被害はなかったものの、ベランダがすっかり延焼してエアコンや給湯が二ヶ月以上使えなくなるなど、映画の完成時期と重なって大変な騒ぎになってしまいました。その折にご心配頂いた方々には改めてお礼申し上げます。

世間に目を転じればもっと大変なことになっていて、いいニュースはアメリカで黒人大統領が誕生することくらいしか思いつかないほどです。『フェンス』の撮影開始時には当時の安倍首相にあやかって「この映画のテーマは『美しい国、日本』だ」と冗談を言っていたものですが、出演者のお一人の「今の福田さんのお父さんの頃に」と言っていた “今の福田さん” も過去の人になり、いったいどうなっているのやら。いろいろと大変な西暦2008年でしたが、新しい2009年は皆様にとっても世の中にとっても災い転じて福となす、実りの多い年となることを心よりお祈り申し上げて、新年のご挨拶とさせて頂きます。

2009年元旦

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