最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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3/05/2009

高山明演出『雲。家』

一昨日からの真山青果『元禄忠臣蔵』つながりで日本ナショナリズムの検証ってことですと、昨日から友人の高山明さんによるイエリネクの『雲。家』の日本語舞台版が再演されています。初演で見たときには異様な迫力に圧倒され、今回の再演のためにこんな解説を書きました。

今週末まで公演してますのでぜひ。
http://festival-tokyo.jp/program/clouds/


高山さんには今度は日本ナショナリズムのテクストで舞台を作ってもらいたいところ。たとえば『元禄忠臣蔵』の第二篇、極度に理屈っぽいのに理屈が通ってない論理劇「最後の大評定」なんておもしろいんじゃないかと。無責任な思いつきではありますが、一見みごとな理屈のようでいて、なんでそうなるんだというこの妙なド迫力…

溝口健二『元禄忠臣蔵・前篇』(1941)
河原崎長十郎(大石良雄)


忠義とはなんなのか、なにが忠義の道なのか? 吉良を打ち損じた主君・内匠頭の遺志を継ぐのは主君への忠義だが、一方でより上位の忠義の対象となる将軍・幕府の名誉を内匠頭は損じたことになるし、なにしろ勅使御供応役の職務の最中だったんだから天皇に対して非礼ということにもなるし、と延々と議論が繰り広げられるのだが、結論はこんな感じ…。

小野寺十内:まだある、内蔵助どの、御聞きなされ。これはお噂申すも勿体なき事ながら、貴き御簾(おんみすだれ)のうちよりのお言葉に、内匠頭一念達せず不憫なりとの、御声を洩れ…承った者があるのじゃ 。
(真山青果『元禄忠臣蔵』
岩波文庫版、上巻84ページ)

この言葉に内蔵助は感極まって思わず御所の方角にひれ伏し、仇討ちを決意するわけですが、「漏れ承った」って、要するに単なる噂ぢゃんか…。映画版に至っては、依田義賢の脚色で「噂を漏れ聞いた」という台詞で、ただそれだけ、噂があったという報告だけで、それでもこの写真のようなことに…。

いやもっとわけが分からないのが「御濱御殿綱豊卿」。儒学者・新井白石を重用した次代将軍候補・甲府公綱豊の説く忠義と天下公論のもののふの論理って、妙に説得力があって言語化不能な日本的倫理を見事に言語化しているとも言えるのだが、でもよく考えるとまったくの倒錯にも聞こえるし…。なんなんだこれはいったい?

溝口健二『元禄忠臣蔵・後篇』(1942) 徳川綱豊(市川右太衛門)富森助右衛門(中村翫右衛門)

真山版忠臣蔵の白眉ともいえるこのパートは、他の忠臣蔵にはないまったくのオリジナル。ものすごく美化されているのだけどものすごく不条理。またそこで甲府公が演ずる能の演目が舟知盛、っていうのが気が利き過ぎているほど皮肉なのだが(この場合、念頭にあるのは謡曲以上に、忠義をめぐる異様な論理が展開する浄瑠璃『義経千本桜』の舟知盛なんだろうな…)、この論理を超えた倫理の不条理にこそ美を感じる我々日本人って、いったいなにものなのだろう?

吉田喜重『戒厳令』(1972) 三國連太郎(北一輝)


あるいは北一輝が最近注目されているが、国家主義・天皇主義なのになんだか共産主義でもあるという、よく考えるとわけが分からない…。

写真はそのわけの分からなさがそのまま映画になった吉田喜重の異様な傑作、『戒厳令』、北が「天皇の目が怖い」と叫ぶ不条理映画。

大島渚の未撮影の脚本『日本の黒幕』(共同脚本・内藤誠)も、舞台にしてもかなりおもしろいかも…。

溝口健二『元禄忠臣蔵・前篇』(1941) 連行される浅野内匠頭

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