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1/23/2013

【追悼】大島渚、裸の肉体と、日本的感性における「魔」

『儀式』渡辺文雄、土屋清、乙羽信子
生前の、まだ二度目に倒れる前の、元気だった大島渚に、ほんの2~3ヶ月の間に何度もインタビューをしたことがある。『愛のコリーダ』の、修正部分が最低限のリバイバルのために、大島が取材を受けていた頃だ。

今思えば、たぶんその頃に大島に取材したなかで、僕がいちばん歳下の男性だったから、それも「今時の若者」には珍しく生意気だっかからおもしろがってくれていたんだろう。大島の妹でプロデューサーの大島瑛子さんには「あなたが来ると大島が元気になるのよ」とからかわれた。

あとあとになって考える度に、大島に言われたことの大半は、当時はさっぱり理解出来ていなかったと思う。

ひたすら繰り返されたのは、政治的なことを質問する度に怒られ、「僕の映画をそんなつまらない見方しないでくれる?」ということだった。

「だいたい君は若いんでしょ?自分の生まれた頃の政治の話で映画を見るなんて馬鹿じゃないか」

『愛のコリーダ』の、吉蔵(藤竜也)が2.26事件の隊列とすれ違うシーンについては「あんな下らないシーンのこと訊く奴は馬鹿だ」と怒られ、この映画のセットの随所に組み込まれた神道のモチーフについても「戸田さんが勝手にやったんじゃないの?忘れたよ」。


もっとも、これは「神道のモチーフ」だと思って訊いたから怒られたのだろう。今思えば、別の訊ね方をすべきだったのだ。

製作当時、大島は『愛のコリーダ』を「私と戸田重昌の遊興的な気分がもっとも色濃く出ている映画」だと称している。僕が取材したときには、「愉しいから作った」「映画を作ってる側が愉しまないで、観客を楽しませる映画なんて作れるわけがないだろう」とさんざん言われた。だから自分の映画を「楽しめ、愉しめ」と。




晩年に本人がそう繰り返したにも関わらず、大島渚の映画は政治的・前衛的な理論性の枠組みから語られがちだ。大島自身は『愛のコリーダ』の直前には「もう映画をやめよう」とすら思っていたともいうのだが、当時ですら自主製作映画は経済的に成立しにくく、生活の手段はテレビ出演などが主になっていたし、なによりも「どうせ僕の映画はいつも誤解されていた」からだ。

以来10余年、大島さんの映画を見直す度に「政治を忘れて“愉しんで”」見ることを心がけようとして来た。あるいは、大島さんにとってなにが「愉し」かったのか、先入観でも理論でもなく、大島が直感的にその映画に組み込んで来た思考というか、大島の映画が本当はなにを見せているのかに、敏感であろうとして来た。

2度目に倒れてから、大島渚は意識がほとんどなく、回復の見込みもほとんどなかった。そのまま12年、ある意味で12年前にもう「亡くなっているのだ」と考えるようにして来たし、その方が楽だった(あの大島渚が大島渚でない、という姿は耐えられない)、それでもどこかでいつか回復して、あの丁々発止の大島節で「君はまだそんな馬鹿なこと考えてるの?」とからかわれる日が再び来るのを期待していた。

それは今月の15日に、永遠にあり得ないことになってしまったのだが。


大島渚はエロスにこだわる人だった。それは政治的に受け取られがち、性によって反体制を貫く作家と言う枠組みで語られるのが主だったが、大島さんに言わせれば「そうじゃない、愉しいからだ」となる。

和服も大好きだった大島さんだが、「まことにエロチックな着物だからね」というのがその理由。懐から手を差し込む、裾をまくりあげる、帯を解けばすぐに脱げる、そういう裸に近いところが、大島さんには「愉しいこと」だったようだ。

映画の撮り方にこそ大島さんにとって「愉しいこと」が秘められているのだとしたら、はっきり言ってしまえば大島映画におけるエロスは、女性よりも男性のそれだ。

1960年当時の検閲などの制約(たとえば『悦楽』はずいぶんそれに傷つけられた映画だ)もあり、女性よりも男の上半身裸の方が見せ易かったこともあるのだろうが、それにしても出世作『青春残酷物語』でも、強烈な生命感を発散すのは川津祐介の裸の上半身だ。

大島映画には実際、物語上のなんの脈絡もなく上半身裸の男がよく出て来る。


たとえば『絞死刑』で死ぬことを拒否した死刑囚Rの肉体は、蘇生のためになぜか上半身裸にされ、映画の不条理な展開に合わせてまずランニング・シャツを着て、それを脱ぎ、最後に学生服を着て、再び処刑される。

『新宿泥棒日記』では、ギターを弾き歌う唐十郎は、下腹部だげがギターで隠され、一糸も身にまとわない姿に見える。



『儀式』で小山明子演ずる伯母が裏山の墓地で日本刀で刺し殺された姿で発見されるとき、坊主頭の忠(土屋清)は、なんの脈絡もなく上半身裸だ。

この映画のクライマックスに至っては、輝彦(中村敦夫)の自殺した肉体は全裸で横たわり、大島はまずそれを尻からの、極度に縦方向の構図に様式化されたショットで見せる。


一方で主人公の満州男(河原崎健三)が裸になるのは、少年時代に風呂に入っていて、伯母(小山明子)に背中を流されるときだけだ。旧家の長男の息子の抑圧された、常に自信がなく自分が定かではない男の肉体は、清や輝彦のそれのような、強烈な、この世のものならざるかのような存在感を発することはない。

『戦場のメリークリスマス』で、セリアズ(デイヴィット・ボウイ)が軍事法廷で拷問を受けた証拠の背中の傷を見せようとシャツを脱ぐとき、ヨノイ大尉(坂本龍一)はその強烈な魅惑に惑わされてしまう。



これを同性愛的なイメージとみなすのは容易いし、実際に物語上そう解釈され得ることなのだが、大島の好んだ裸身のイメージの力は、それだけに留まらない。

場違いの状況のなかで剥き出しにされる男の肌は、まばゆいエロスを発散するだけではなく、場違いさ自体がその場の均衡を強烈に揺さぶる。そして大島映画におけるこうした男の裸身は、『儀式』の墓地と刺殺体のシーンや輝彦の死が典型なように、しばしば死のイメージと同時に提示される。

このことの意味は、『愛の亡霊』を大島が撮るに至って完全に明確にされるし、その文脈において『愛のコリーダ』における一見「神道的」に見える表象の意味をも明らかにされるだろう。

『儀式』においてはまだ、「神道」のそれとみなされうるイメージは、明治以降の日本の国家主義、軍国主義と保守思想、封建的な家父長制という、政治的批判の文脈から一応は逸脱しない形で登場はするのだが、そうは言ってもあまりに繰り返し、執拗なまでに、それも美しいシンメトリーに様式化されて提示されると、大島の言う彼と戸田重昌の「遊興的な気分」にも見えて来てしまう。大島は明らかに、こういうものが「好き」なのだ。

一方で墓地と刺殺体のシーンにおいて裸の男性と併置されている墓石や卒塔婆は、表面的には宗教的な表象であり死の象徴であると同時に、明らかにそれを越えたイメージが構築されている。


つまり、卒塔婆や墓石は大木と併置されるなか、裸の忠の肉体は「場違い」ではなく、むしろ彼こそがこの状況に一体化している。

重厚な移動ショットのなかで、裸の男=エロス=自然=死が、ひとつのイメージとして渾然一体となるこの瞬間は、すでに大島がやがて『愛の亡霊』を撮ることを予言しているかのようだ。
『愛の亡霊』
『愛のコリーダ』のセットの随所に、鳥居や神輿が配されているのも、都市のなかでさえ日本人の深層心理に潜むアニムズム的な感覚が遍在していることの現れではないのか? 言い換えれば、それは「神道」の象徴ではなく「カミ」そのものの表象だと言ってしまってもいい。

大島は、日本人の本来のアニミズム的感覚の文化における「エロス=カミ」をこそ追及していたのではないか?

『儀式』と『愛のコリーダ』の狭間に、大島が東映ヤクザ映画として映画にしようとしていた未撮影の脚本『日本の黒幕』において、アメリカから賄賂を受け取っていた右翼の巨頭山岡を暗殺しようとする純粋な右翼少年・びっこの江古田正夫というミッシングリングの存在を加味すると、より日本的な無意識に意識的に取り組もうとして来た(あるいは最初は、本人にも無自覚にそれが映画として立ち現れてしまったのか)系譜が、ひと際明瞭となるだろう。

正夫は山岡邸に忍び込み、びっこではあるが軽やかで(官能的な)身のこなしで、庭園の一隅にある小さなお社の前で右翼団体の制服を脱ぎ捨て、お社の前にしばしぬかづくのである。

そしてこの少年を山岡が愛し、彼の存在が、やがて山岡一族の秘密を暴露し、壮絶な死と性の饗宴となるクライマックスに向かう。


『愛のコリーダ』裁判における大島の有名な言葉に、「猥褻とは明治の官僚の下品な造語だ」というのがある。

教条主義的な二項対立図式に誤解されがちな言葉だし、実際に表現の自由を争う裁判での発言なのだから性の解放を謳う言葉として読むこともあながち間違いとは言えまいが、大島の真意は別のところにある。

文字通り「明治の役人が」西洋の「obscene」という概念を翻訳した言葉、つまり急激な近代化=西洋化のなかで抑圧され排除され見失われた本来の日本的な感性をめぐる言辞なのだ。

それは善悪二項対立とは相容れない世界観でもあり、考えてみれば大島映画のヒーローたちは、常にその両義性の、聖性とまがまがしさを同時に備えた存在であり続けている。『儀式』の輝彦しかり、『絞死刑』の死刑囚Rしかり。それは単に人間が決して善悪で割り切れないものだという通俗倫理レベルの話ではなく、大島映画においてはカミ的な存在であり、エロス=カミであるのだ。

最後の作品となった『御法度』がしばしば誤解されがちなのも、大島のこの問題意識が理解されていなかったからだろう。通俗的に解釈すれば、惣三郎(松田龍平)という魔性の少年が新撰組を惑わす物語であり、そのエロスは魔であり、悪であり、だから土方(ビートたけし)が最後にこの魔物を表象するかのような木を切り倒して終わる、とこのように、ホモフォビア的な説話として解釈されがちだ。



だがそのクライマックスの前に、沖田総司(武田真治)が延々と、『雨月物語』の「菊花の契り」という同性愛の幽霊譚を語る場面を見逃してはならないのに、大島の描く新撰組の隊士の多くが元から「その気」があること、だいたい江戸時代において武士の衆道はむしろ当たり前であり、また新撰組それ自体がたぶんにいかがわしい秩序を持った急ごしらえの疑似保守的な集団であったことを忘れてしまうから、そう誤解されるわけだ。

言い換えれば、新撰組なんて元から乱れて当たり前なのだし、存在自体がどこか “不自然” なのだ。

これはさすがにエロス的な説話ではなく政治映画の極北とみなさざるを得ない『日本の夜と霧』ですら、見るからにエロティックな存在ではないとはいえ、不自然な偽善に塗り固められた、安保闘争の敗残の末の結婚式を、「場違い」であるがゆえに燦然とした津川雅彦がかき乱し、列席者を惑わす説話構造を持っている。


『儀式』の墓場のシーンの忠の裸身のように、大島の作品世界のなかでは、惣三郎の存在自体が聖なるものして禍々しいカミ的なものとしての、日本人本来の感覚における「魔」性であり、カミ的な存在なのである。

なるほど、確かに当初は木村拓哉を起用しようとしたものの大島が病に倒れ、撮影が延期になった結果起用された新人の松田龍平にはまだ、たとえば『戦場のメリークリスマス』のデヴィッド・ボウイのようなスター性や、『青春残酷物語』の川津祐介のようなまばゆい生命の躍動がなく、大島が目指したものを完全に映像化し切れていない面は否めない、肝腎の惣三郎がただのお稚児さんにしか見えない面はあるかも知れない。


だが『御法度』は、大島がどこまで意識的にやって来たことか、あるいは明治維新や近代化で失われた日本人の深層心理の問題だからこそ、あえて無自覚的・無意識的に自らの内から湧き出るものをフィルムに刻印しようとしたことなのか、そのひとつの到達点であるのだ。

もしかしたら、大島が晩年にあそこまで「愉しさ」にこだわったのは、「愉しくなければ映画など撮っても意味がない」と繰り返したのは、自分の内ににあるこの日本的な、アニミズム的な感受性が、日本人だからこその「愉しみ」、遊興的な気分にによってこそ深層心理の奥底から引き出されるのだと、信じていたからなのかも知れない。


いずれにせよ、大島渚とは「誤解され続ける」というより、ミステリアスであり続ける映画作家だ。

映画作家・大島渚という映画的存在それ自身が、『御法度』の惣三郎のような「魔」なのかも知れない。それはたまらなく魅惑と官能に満ち、近代=西洋化に染められた現代日本人を惑わし続けるのである。



『御法度』のラストで、土方は妖艶な桜の木を切り倒す。これは近代=西洋化が、日本人の無意識のなかにこそある日本的なるものを、畏れ忌避し、去勢しようとするイメージなのかも知れない。

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