3/18/2014

拉致問題を玩具にして来た罪、し続ける罪


拉致被害者・横田めぐみさんのご両親が、めぐみさんの娘のキム・ウンギョンさん一家とモンゴルのウランバートルで面会していたことが明らかになった。帰国後、記者会見に臨んだご夫妻の、特にお母さんの早紀江さんのあまりに嬉しそうな笑顔が印象に残る。

横田夫妻の記者会見(産經新聞)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140317/crm14031717080008-n1.htm

このお孫さんの存在が明らかになってから、考えてみればもう10年以上、北朝鮮政府が彼女からおばあさんに宛てたビデオレターを公表した時も、それをテレビの生中継番組で見るときの横田早紀江さんは、もう「目に入れても痛くない」と言わんばかりの顔をされていた。中学生だった頃の娘さんの写真にそっくりのお孫さん、その当時10代の少女だったウンギョンさんも、もう26歳で結婚もし、10ヶ月のひ孫も面会に連れて来たという。

横田さんご夫妻がお孫さん一家に会われたということは、ご夫妻がある残酷な現実を受け入れたことも意味する。

あれほど探し求めためぐみさん、あれだけ助けたかった、もう一度会いたかった娘さんは、残念ながらもうこの世の人ではない。

その忘れ形見であるかわいいお孫さんのウンギョンさんがそう言うのだから、おじいさん、おばあさんである滋さん、早紀江さんは、間違いのない事実だと受け止めているはずだ。

家族であるウンギョンさんやその父でめぐみさんの夫、横田さん夫妻から見ればお婿さんに、そんな噓をつく必然がないし、また噓をつけるようなことでもない。こと最初に公表されたビデオレターでもすぐに分かることだが、ウンギョンさんはそんな噓がとてもつけそうもない、やさしくてまっすぐな、気だてのよい娘さんに成長していたし、早紀江さんは祖母としてそのことを心から喜んでいた。

だが実は、いかに「めぐみさんは生存している」と日本の政府やメディアが騒いでも、この事実をご夫妻はとっくに覚悟されていたのではないかとも思う。

そもそも「めぐみさんは生きている」と日本側が言い張ることには、最初からなんの根拠もなかったのだし、無責任な部外者ならともかく、親がそんな安直な話をただ本気で信じて安穏として来られたはずもない。どう現実を受け入れるか、深く苦悩され、生きていて欲しいという願いと絶望のなかで、逡巡を繰り返してこられたに違いない。

それに北朝鮮が、日本のメディアが喧伝するようなとんでもなく残虐な国ならば、仮に生きていても日本であれだけ騒ぎになれば「面倒くさいから殺してしまえ」となることくらい、本来なら誰でも想像がつくことだし、その点でも日本の拉致報道はあまりにも無責任だった。

確かに北朝鮮側が出して来た、亡くなった拉致被害者に関する情報は、世界有数の先進国で世界一戸籍制度がしっかりしている日本の標準からすれば、ずいぶんいい加減に見えた。別の被害者について提供した遺骨がDNA鑑定の結果別人だと分かったことすらあった。

だがそれだけを持って「だから生きている」と言い張るのには、あまりに無理がある。

日本のように遺体や遺骨をきちんと管理していることだって、日本の歴史においてすらここ40年とか50年くらいのことに過ぎず、遺体や遺骨が実はないお墓も日本全国には今でも多々ある。 
火葬が普及する前、土葬だった時代のお墓を移転する時も、移すのは墓石だけだった。だいたい酸性土壌の日本では、土葬された遺体は骨ですら分解されてしまう方が当たり前だし、火葬が全国で徹底され遺骨が骨壺に入って守られているのは、実はかなり最近に限ったことである。

横田めぐみさんに至っては、北朝鮮側が「亡くなった」というから「いや噓だ、生きているんだ」と言うためだけに、ご両親にしてみれば深く傷つくであろう無責任な風説まで、さんざん報道されて来た。

優秀だっためぐみさんが、北の諜報活動の日本語関連の職務に深く関わっていたから、というのならまだ分からないでもない話だが、なまじ美人だったというだけで、前国家指導者の金正日の愛人だったから返せないのだ、などという報道が平気でまかり通っていたのだ。

そんな悪意と下衆な好奇心たっぷりな風説の根拠は、なんだったのだ?お嬢さんが誘拐されただけでなく、権力者の性の慰みものにされていたなぞという、親御さんからすれば耐え難い、胸が張り裂けるような話を、なぜ平気で吹聴出来たのだろう?

あんな下品なことを言ってしまえば、ご両親をどれだけ深く傷つけるか、考えていたのだろうか?

それでもうわべは「支援する」人たちや、他の拉致被害者家族への気がねから、横田さんご夫妻はなにも言えなかったし、そうした被害者の家族のなかにはメディアに持ち上げられ自民党右派に「支援」され、有頂天になって参議院選に出馬する人までいた。

家族と言ったっていろいろあり、親子と兄弟とではまた違うわけだが、姉が拉致被害者であることよりも政治家やメディアに…というか舞い上がらせた側の罪は大き過ぎる。

そんななか、本当なら親としての当然の気持ちを横田さんご夫妻が露にして、怒っていたら、どうなっていただろう?

普通なら仮にそんな事実があっても、公表に最大限慎重になることだ。しかもあんな風説には、なんの根拠もなかった。実際のめぐみさんは拉致された辛い境遇のなかでもしっかり生きて、愛し合う家族もきちんと作っていたというのに。

帰国した拉致被害者・蓮池薫さんの兄・透さんは、自民党右派にべったりの拉致問題に関する運動と、その政府が実はなんの交渉もしていないことに「おかしいのではないか」と異を唱えたとたん、ひどいバッシングに遭った。


蓮池透さんが昨年7月に朝日新聞に寄せた談話

実は薫さん一家を守るために、矢面に立つ覚悟でもあったのだろう。そんな蓮池透さん自身が最初はそうした被害者家族のなかでも急先鋒の論客だった(蓮池家は高学歴のエリート一家なのだ)が、帰国された弟さんに本当のことを聞いて、考えをまったく改められたのだ。

凄いご家族だと思う。もうあっぱれという他ないほどにしっかりしている。その家族内の議論たるや壮絶なものだったのだろう。 
こんな強固な家族の絆を持った家が、今の日本にはどれだけあるのだろうか?

拉致問題は、そんなに単純なことではない。

被害者の立場は複雑である(元は誘拐されたとはいえ、何十年もそこで生活して来て、人間関係も作って来たのだから当然だ)。そして日本と北朝鮮の関係もまた、この国家が隠していた誘拐事件だけを持って一方的に「北朝鮮けしからん」と言えるほど、単純なものではない。

北朝鮮が日本人を拉致していた事実を公式に認めたとき、日本側の反応は実はある世代を境にくっきり分かれていた。あの戦争の時代を覚えているかどうか、が決定的な違いだった。

確かに数十人、もしかしたら数百人規模で、北朝鮮は日本市民を拉致していた。それが個々の被害者にとって許し難いことなのは当然だが、だがならば私たち日本人の国家は、朝鮮民族になにをしたのか

数で比較するようなことでもないとはいえ、「そんなに偉そうなことは言えない」というのが、子供であってもその時代を知っていた世代の普通の反応だった。目の前にあった社会の現実として、当時の日本人はそれを見ている。従軍慰安婦のことですら、1960年代70年代までは、日本人なら誰でも知っている常識だった。

そして横田滋・早紀江夫妻もまた、それを自分たちの体験としてご存知の世代である。

慰安婦問題だけでも、歴史学的にもっとも信頼性の高い推計では20万人におよぶ朝鮮民族をはじめとする多くの、ほとんどが外国人の女性たちが、大なり小なり強制的に(というかどうみたってほとんど場合半ば以上強引に)日本軍兵士に性の奉仕をさせられた。国家の軍の管理で、個々人の兵隊が娼婦を買うのではなく、彼女たちの給金も国から支払われることになっている制度で、「売春」では体裁がつかないから「慰安婦」という官僚的偽善名称まででっち上げて。

事実上の強制・徴用で(形式上だけ雇用の契約などを整えて)日本の政府や企業で労働させられた人はどれだけいたのか?名目上は「雇用」でも給料は未払いのまま戦後処理でうやむやにされ、移送中に船が撃沈されて死亡し、その補償・賠償もまったく行われていないケースすら多々ある(まあ同じように亡くなった日本人だって、民間人の立場なら国はなんの補償もしていない、徴用され撃沈されたその船だって補償は一切なかったのだが)。

いやなによりも、日本は朝鮮半島を侵略し、武力を背景にした脅しで併合を「合意」させて1911年から1945年まで植民地支配して来た。建前上は朝鮮人も「日本国籍」となったが、日本名を名乗るように実質強制(建前は「平等に扱うため」「朝鮮人の希望で」という体裁)はするわ、徴兵の対象にすらしながら、徹底して差別もしていた

政府国家がやって来たことだけではない。1923年の関東大震災では、多数の朝鮮人が日本の一般市民に虐殺すらされているし、そして戦後も日本人とその社会の総体が、やはり朝鮮民族を大なり小なり差別して来た

さらに、いかに日本の植民地支配それ自体に「近代化に貢献した」など正当化の理由をひねくり出し、当時の建前上の体裁だけをつまみ食いしてどんな言い訳をでっち上げようが、こればかりはまったく言い逃れが出来ない禍根が、今に至るまで続いている。朝鮮半島がなぜ分断国家になったのか?ソ連参戦とともに日本軍が逃げ出したから、宗主国として最低限の責任であるその領土と人民を守ることすら、責任放棄してしまったからだ。

植民地主義に一定の正当性を認めるとしても、これではあり得ないほど失敗した、情けない宗主国でしかない。なのに一体なにを空威張りしているのか? 
だが植民地支配や戦争が遠い過去の歴史になった、しかも学校ですらなぜかちゃんと教えない時代が延々と続いた結果、なぜ半島が韓国と北朝鮮に分かれているのかすら考えないかも知れない世代(というか、報道ですら最近は触れず、せいぜい朝鮮戦争までしか遡らない)は、とんでもない勘違いに洗脳されてしまっているようだ。

日朝の国交正常化交渉で、客観的にみればもっとも重要な、乗り越えなければならない課題は、歴史の問題、過去の清算だ。

拉致がそれぞれの被害者個々人にとってはどれだけ言語同断なことであっても、これは国家としての交渉上、やはり歴史問題のバーターに出来るような話ではそもそもない。拉致の被害者はあくまで個々の拉致された人たちとその家族であって、日本国家や日本人という民族の総体ではないからだ。

ちなみに慰安婦問題について、韓国政府は被害者があくまで慰安婦個々人であることの区分けを、体裁ではきちっと守っている。プロの外交官なら当たり前のことだし、そうしなければ慰安婦制度がいかに言語同断の人権侵害でも、いや人権侵害の問題だからこそ、国際的な支持を得られない。 
韓国のロビー活動がどうこうで反日プロパガンダ包囲網が、だなんて子どもじみた被害妄想をブツブツと国内で言っていないで、自分達がやって来ていることが客観的にどれだけ説得力があるのか、冷静に考えてみてはどうだろうか?「河野談話の再検証」も結局は撤回することになったにせよ、言い出しただけでもどれだけ恥さらしであったことか。

植民地支配はある国家がある別民族の総体に対して行った加害行為になるが、拉致問題はそうではない。被害者はあくまで個々人であり、日本国家はその人たちの生命安全に責任を持つから救うための最大限の努力はするが、それは国家と民族の総体が拉致事件の被害者であることは意味しない。

ところが北朝鮮が日本人を拉致していたことを公式に認めたとたん、日本側は(政府だけでなく、世論までが)「(個々の)日本人が被害者」であることを「日本が被害者」にスリ替えてしまった。

この致命的な勘違いに日本の世論が気づかない限り、拉致問題のその後は進展しようがないし、現にして来なかった。

外交的に言えば、途方もなく馬鹿げた話になってしまっている。だいたい、確かに日朝国交正常化に当って、日本は歴史問題というアキレス腱を抱えているにせよ、現実の、現代の国際政治バランスにおいて、国交の正常化を是が非でも求めて来たのは北朝鮮だ。なのにアプリオリに日本が優位にある交渉を、日本側は拉致問題の扱いを完全に間違えることで、それをただ国内世論の盛り上がりのネタにだけ利用したことで、逆に日本に不利になるように、膠着しかしないように、自ら演出してしまったのである。

金正日政権の時代、飢饉や経済的な危機を背景に、海外からなんとか援助を得るための綱渡り外交が、こう言っては悪いが北朝鮮にとっていわば国家産業、ほとんど唯一の外貨獲得手段になっていた面がある。北の核問題の真相にしたって、要するに金正日政権にとってもっとも効果のある援助引き出しカードが「核武装するぞ」という脅しだったわけだ(本当に核武装なんて出来る技術があるか自体、相当に怪しい)。

にも関わらず拉致問題に関しては、日朝平壌宣言を見ても、北朝鮮側は実質援助のバーターとしてこの国家犯罪の事実を認めたわけでもないし、「諜報部門のある部署が勝手にやったこと」と国家の責任を否定するトカゲの尻尾切り的ないいわけもあえて用いなかった。

国・政府の責任として他国民を拉致誘拐した事実を、そのまま認めた、つまり元から北側が下手に出ざるを得ない国交正常化交渉がかなりの部分さらに日本ペースで進むことを、あえて許容したのだ。

むろんそれはシビアな外交交渉として、北側には「歴史問題の清算」というカードがまだ後に控えているからでもあったのだが、とはいえ国家犯罪を認めたというのは、それだけ北朝鮮が国交正常化を求めている、そのためには妥協も辞さないことのサインであった。

なのに日本側は拉致問題が公になって以来、こうした外交の常道のネゴシエーションのプロセスを完全に忘れ、国益もなにも考えられず、まして被害者の人命や人権なんてまるで無視するような集団ヒステリーに走ってしまった。

亡くなったと報告された拉致被害者の件など、その最たるものだ。

冷静に考えれば、いったん国家犯罪であったことを認めてしまい、それも国交正常化を求めている以上、北側が実は生存している拉致被害者を隠す、返さない理由などまず考えられない。というか、国交正常化が進んでしまえば隠しようがないし、そんなことをやってしまえば早晩ボロが出て、交渉で日本側の有利を誘う結果になるのだから、まずやるわけがない。

死亡者に関する情報に不備が多かったのは「隠している」からではなく「ちゃんと把握していなかった」という可能性は最低限考慮すべき、最低でもその双方の可能性を勘案して交渉に臨むべきだったし、後者ならその杜撰さを、相手を責め、調査を徹底させる材料に利用出来たはずだ。

北にしてみれば国家犯罪であったことをはっきり認めた以上、反省を示しなるべく早く清算した方がメリットになるのだからこの件では完全に受け身になることも覚悟しているし、拉致被害者を救うことが本当に日本政府の目指したことだったのなら、具体的な不備をきちんと指摘しながら調査を要求し、あくまで人命尊重を最優先する姿勢を貫くことが出来たはずだし、第一次小泉訪朝以降ずっとそうして来るべきだった。

だが日本政府の対応は、今に至るまでまったくそうはなっていない。

拉致問題は国家による(他国民)個人への犯罪行為だ。無論、実際には日本が使える外交カードとして意味を持つとはいえ、だからこそ徹底して建前では「あくまで人命尊重」「個々人の人権の侵害が問題」という姿勢を貫くのが、その外交カードを活かす最も有利なやり方だ。

だが日本はこれに完全に失敗して来た。というか、最初からそうする気がなかった、思いつきすらしなかったとしかみえない。

生存していた拉致被害者をあくまで「一時帰国」扱いで合意したのは、それが守られないことくらいは北側も当然計算済みだったろう。日本側があくまで個々人の人権を盾に「帰りたくないと言っているから、その意志を尊重する」と言っていれば、約束を反古にしたことは大きな失点にはならないどころか、北側はそこで納得し妥協したポーズをとるつもりだった公算すら高い。

被害者たちの身柄を今さら確保する積極的な理由もないのだし、拉致という重大な人権侵害の犯罪行為を反省し、これからは人権を尊重する国であることをアピール出来るからだ。

ところが日本政府は、「本人たちが帰りたくない」では決してなく「日本国家が彼らを帰したくない」「絶対に彼らを帰さない」とやってしまったのである。これでは人権もなにもない、ただの国家のエゴ、独裁国家も真っ青な話だ。

しかもメディアと世論も無節操に、本人たちの希望は「洗脳されているんだ」と差別偏見丸出しの決め付けで聞こうとすらせず、これを支持してしまったのだから、まるで全体主義国家だ。

正直、この普通ならあり得ない稚拙で巨大な外交ミスに、北朝鮮側の交渉当事者はむしろ面食らったと思う。そして「いったい日本はなにをやりたいんだ?」とワケが分からなくなる、強いて解釈するなら日本側の悪意と敵意としか見えないのであれば、態度を硬化させるしかなくなる。

北としてはこれをきっかけに国交正常化を進めたかったし、過去の国家犯罪を反省する姿勢を示した方が外交上のメリットは大きいし、国交正常化を進めることに日本側になんのデメリットもないはずだ。むしろ「拉致被害者を救う」が日本の国益であるのなら、正常化を進めた方があらゆる意味で有効になる。

だがあくまで被害者は個々の日本市民であり、日本政府は国家としてその生命安全と人権の保証に責任を持つ、という態度を日本側がまったくとらず、「日本人が被害者」ですらなく「日本が被害者」で国内に引きこもって熱狂してしまった結果、拉致問題で国際的な支援さえも得られなくなってしまった。

六カ国協議で日本が拉致問題も議題に、と言う度に、同じく拉致被害を実は抱えている韓国や、米国ですら無視せざるを得なくなったのだからどうしようもない。同盟国である米国や韓国ですら「北朝鮮側」とは言わずとも「日本に賛成できない側」に追い込んでしまったのが、日本が「日本が被害者」だとばかり強硬に言い張ってしまった結果なのだ。

そんな論理のすり替えが国際的にはまったく通用しないのだと、むしろ姑息にも人権問題を悪用しているように見られるだけなのだと、なぜか日本政府も世論も理解して来なかった。

「人権と民主主義」は米国のこの種の外交交渉での最大の伝家の宝刀なのに、ブッシュ政権ですら横田夫妻をホワイトハウスに迎え、第一次安倍政権にうわべだけ配慮したリップサービスに終始しただけだ。仕方がない、日本が「我が国の市民の人権が侵害された」ではなく、ただひたすら「日本が被害者なんだから味方してくれ」では、アメリカは国是からして動きようがないのだ。

国連人権委員会がつい最近、やっと拉致問題を重大な人権侵害として認めたのも、10年以上経過してからだ。こんなの即座に決まっていておかしくない話なのに、なぜ認められなかったのか?日本政府のやり方が説得力もなく共感も呼ばなかった、「日本が被害者」と言いたがる態度が敬遠されたからに他ならない。

拉致被害者については、世界中の誰でもある程度は共感するはずなのに、それを戦争や植民地支配の失敗の責任の誤摩化しに利用しようとする日本側の姑息にしか見えないやり口が、軽蔑すらされて来てしまったのだ。 
いやむしろ、最近やっと国連人権委員会に認められたのは、慰安婦問題に絡んで日本が誠実に解決に取り組むことを促す、いわば「アメとムチ」的な文脈、「ほら、お前の言い分は認めてやったんだから、もう下らない言い逃れはやめろ」的な話でしかない。

三代目の金正恩の政権になって、北朝鮮は明らかに変わって来ている。

外交にしてもただ即座に支援を引き出すのが最優先の瀬戸際・綱渡り外交は、もはや過去のものだ。新しい、若い指導者は、むしろこれから国を作って行く、発展させて行くことを方針として内外に打ち出している。だから平壌がすっかり変わった、ほんの数年で近代都市に脱皮したことも、一生懸命に国際的にアピールしている。

保守政権で対北強硬派の今の韓国との交渉は難航を極めてはいるが、世界を見据えて「お互いに侮辱し合うのはもうやめよう」というアピールまで余念がない。

金正恩が父の代のナンバー2であった伯父を粛正したことは、国際メディアではたいがい強権的独裁国家イメージで報道されてしまったが、北朝鮮の内政で考えれば、この見方はおそらくかなり間違っている。はっきり言えば、金正日はまったく人気がない指導者だった(あれだけ悪い噂が国内から出て来るくらいなのだから、よほど嫌われていた)のだ。その父の代の腐敗した政権のなかでももっとも腐敗した実力者を、親族であってもあえて処刑すらしたのは、国民の支持を得たい若い政権担当者の、国民向けに「政府は変わったのだ」というアピールだと考える方が恐らく妥当だろう。

どうも昨今のメディアというのは、どんな国でも国民がいること、独裁政権こそその支持がなければ簡単にひっくり返る危険を常に抱えていることに、あまりに無神経なまま、極めて差別的な見方でしか、北朝鮮とかイランとかのような国の国民を見られないようだ。 
だがイラク戦争の時ですら、サダム・フセインはそれなりに人気があったから、あの国をなんとかまとめられて来ていたことが、アメリカがフセイン政権を倒した結果の大混乱で明らかになったではないか。 
独裁国家に住んでいるからといって、人間はそこまで愚かに洗脳された木偶の坊にはならない。いやむしろ、そういう社会にいればこそ、狡猾に自分を守らなければ生きていけないのだ。

日本に対しても金正恩政権がしきりに妥協も含め交渉再開に期待する姿勢で臨んで来ていることも、偶発的にではあるが、日本の大手メディアでさえ実は報道している。たとえば、戦没者の慰霊と遺族の墓参を、金正恩政権は日本に持ちかけて来ている。中国との国境地帯の、本来ならば国防上外国人は絶対に立ち入り禁止の地域への墓参の申し入れだ。

ところが日本政府は断るどころか、なんと無視してしまったのだからわけが分からない。いやほんと、拉致被害者を救う気なんてあるんだろうか?なぜ先方が下手に出て来ている、かつての常識ならあり得ないほど妥協して来た交渉チャンスすら、こっちから逃げてしまうのだ?

金正日政権だったらこの時点で諦めてしまうか、日本をなじる好材料に利用すらしただろう。だが新しい政権はそこで諦めず、日本政府を非難することもなく黙ったまま、赤十字を通して交渉を続け、戦没者遺族をきちんと招待したことが、これはNHKで(ちらっとではあるが)報道されていた。

どうみても金正恩政権は日本との関係を少しでも良好にしたいと思っている。

考えてみれば当たり前の話であって、新しい国作りをするのなら、東アジア圏でもっとも重要な経済産業上のプレイヤーのひとつが日本だ。中国に経済依存べったりか、あとは韓国との政治性の強い共同事業だけでは、独立国として経済をなんとか軌道に乗せることすら難しい。日本との国交正常化は、金正恩の新しい政権にとって重要な課題、新しい国づくりを国民にも示す試金石なのだ。

今回、横田さんご夫妻がお孫さんと面会されたこと、その仲介をしたのが(朝鮮総聯本部の落札で疑惑でもないことをさんざん疑惑と騒がれた)モンゴルの政府であったことは、正直いろいろな意味でほっとするニュースだ。

それにしても朝鮮総聯本部の落札 “疑惑” で出て来た名前が「朝青龍」なのだから、日本のメディアは本当に自己中に引きこもり体質で執念深いというか学習能力がないというかなんというか…。

横田さんご夫妻がやっとお孫さんに会えた、止まってしまっていた老夫婦の時間とご家族の歴史が、やっとまた動き出したことに安堵するのは、もちろんだ。もう十年以上前から「会いたい、会いたい」と思って来た家族がやっと再会出来ただけではなく、やっと日本政府の中でも、拉致問題の被害者は「日本国家」では決してなくあくまで個々の、拉致され人生を翻弄された人たちとそのご家族であり、その人たちの人生こそが最優先されなければならない、と思うまともな人たちの意見が通るようになったことも、こと安倍政権で日本外交があまりに不安な昨今、ちょっとは安堵できることだと思う。

とはいえ横田滋さんは81歳、横田早紀江さんも78歳。孫のウンギョンさんも最初にその存在が分かった時には10代だったのが、26歳になってやっとおじいさん、おばあさんに会えたのである。あまりに遅過ぎる。 
あまりに非人間的なことをやって来てしまったことには、やはり反省があってしかるべきだ。

ところが拉致被害者家族会や支援する会はこの期に及んで「戸惑う」といったコメントを出し、今まで横田さんご夫妻を「支援」(するフリだけを)して来た人たちは「北朝鮮に利用される」とか言って、実は横田さんたちをけなしたくてしょうがない雰囲気がプンプンしている。

いったいなにを「利用」されるのやら、わけが分からない被害妄想も凄いが、拉致被害者やその家族を救いたいというのが本当の動機ではまったくなかったことをもはや隠す気すらなくなるほど、最低限の人間性のタガが外れてしまったのだろうか?

さすがに横田さんご夫妻を面と向かっては非難攻撃はできないだろう。いや、せめてそれくらいの自制心だけは持って欲しい。 
「被害者の味方」だけが彼らの自己正当化の唯一の拠り所だからだ。こうやって「被害者」を利用した正義ごっこは本当に下衆だと思うのだが、昨今の日本では、震災にしても差別問題にしても、こういう無自覚な偽善の曝け出しばかりだ。

それにしても、「利用される」って?

むろん北側は日本との国交正常化交渉を再開したいからこの面会を実現させたのだ。そして日本の外務省のなかでも、このままただの没交渉、日本国内向けの強がりのポーズだけではどうしようもないと分かっている人たちの意見が、やっと通ったのだろう。だがそれを「利用される」って、では彼らは、北朝鮮との国交正常化自体を、拒否したいのだろうか?

国交正常化自体が「利用される」ことだって?国力からして日本が圧倒的に優位であることにすら、彼らは気づかないのだろうか?

いや、だが実は、国交正常化交渉それ自体を拒絶することそが、彼らの本当の動機なのかも知れない。

言うまでもなく、日本と北朝鮮の国交を回復するには、たとえ建前だけにせよ、やはり歴史問題は避けて通れない。

それに共和国政府にとっては建前だけでも自国の「公民」である在日朝鮮人の地位の向上、その人権を日本にちゃんと守ってもらうことも、国家のメンツとしては避けて通れない議題になる。

そのいずれにおいても、日本は歴史的に「加害者」である。その責任を直視することから逃げ続けたいのであれば、拉致問題を永遠に未解決にしたまま、ただ「日本は被害者なんだ」と言い続け、永遠に国交正常化を避けた方が楽なのだ––日本国内に引きこもっている限りにおいては。

だから亡くなっている拉致被害者でも、永遠に「生きているはずだ」ということにし続けなければならない。そう無言の同調圧力で強要することがご家族にとって、亡くなった家族を弔い、その死を受け入れることで人生を先に進めることすら許さない、どれだけ残酷なことなのかすら、考えもしないまま。

横田さんご夫妻は、この年齢になるまで耐えて、やっとその一歩を踏み出すことが許された。これ以上は、しょせんは他人でしかない人間がとやかく言うべきではない。今後は北朝鮮を訪れてお孫さん一家やめぐみさんの夫との親交を深めるのも自由にさせてあげるべきだし、お孫さん一家が日本にも遊びに来られるようにすることが、人としてもっともまっとうな話ではないだろうか?

安倍晋三首相を始め、さんざんこの人たちを利用して来た、「支援」を装って心すら踏みにじって来た政府やメディアの人間には、それくらいは尽力してあげるべき、罪滅ぼしの義務がある。

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