最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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3/27/2011

放射能で不安になる前に分かっておくといいこと

福島第一原発の事故についての昨日のエントリー、中学生の理科の知識でも分かることを目指したのですが(僕自身、大学は文系ですから理科は高校までしか勉強してませんし)「分かり易い」と好評いただきありがとうございます。

とはいえ、多くの人が本当に不安なのは事故そのものより、そこから漏れる放射能のことでしょう。

ただ放射能、放射線、放射性物質のこととなると、さすがにそう分かり易い話には出来ないのが困ったところ。皆さんがいちばん不安だろうし、実際にいちばん直接の被害があるかも知れないことなのに。さてどうしますかね…

とりあえず一点、念のため誤解をといておくのなら、放射線による健康被害は、鳥インフルエンザとか新型インフルエンザとかHIVとか、昨今話題の健康リスクとは根本的に違います。

放射線は感染はしませんし、感染したら体内で菌やウィルスが増殖するようなことも、ない。

菌やウィルスなら身体の免疫で阻止できなければ、ちょっと感染しただけでも体内で増えたりするので、少しでも接触するのは危険といえば危険です(とはいえ無菌状態で生きる必要もなく、免疫でたいていシャットアウトできますが)。

一方、放射線で健康被害が出るかどうかは、結局のところ量の問題と、あとは個人差です。

放射線は光みたいなものですから、浴びてるあいだだけ被曝します。放射線を出す放射性物質が身体の中に入ると、出す放射線は減ってはいきますが、蓄積されることもあります(ほとんどは排出されますが)。でも身体のなかで核分裂が起るわけではなし、増えません。

たとえば水俣病と呼ばれる有機水銀中毒でも、原因物質のメチル水銀が体内で増えるわけではなく、食べたもののなかのメチル水銀が蓄積してある量を超えると水俣病になったり、肝臓に障害が出たりするわけです。

少量だと「まったくなんの影響もない」とは言えないまでも、ある量を超えないと(その量には個人差がありますが)、水俣病などの症状は、出ません。

水俣病について言えば、病気が発生・発見され、メチル水銀が犯人ではないかと分かって来た時点で、東京の学者がよく分からないで困ってしまったのは、水俣湾の水銀濃度が全国平均と較べてそんなに高くなかったこと。なのになぜ熊本県水俣市と水俣湾周辺でだけ、こんな病気になったのか?

丁寧に調べれば、とくに漁村に多い、魚をよく食べる人に多いことは分かったはずなのですが。でも偉い学者さんといえでも、時にはそういうものです。しょせん人間のやることですから。

土本典昭監督の記録映画の名作『不知火海』で、離島の漁民が撮影隊を、それは美味しそうな刺身でもてなすシーンがあります。ちゃぶ台いっぱいに数々の大皿に盛られた刺身、「あれ食べたんですか?」と土本監督に訊ねたところ、「あんな美味しいもの食べないわけがないでしょう。病気にならないのは分かってますしね」。

え?水銀で汚染されたかも知れない魚じゃないのか?もてなしてくれる漁民の皆さんだって、患者なのだし。

この謎の答えは簡単で、そこに住み続けているわけでなく、映画の時だけ水俣に滞在する土本たちにとっては、事実上「まったく健康に影響がない」(一生食べ続けるわけではない)水銀の量であり、しかも水俣や不知火海周辺の魚の摂取量が、東京とか全国平均5倍とか6倍とか、もの凄い量を毎日毎日、何年も、産まれた時から食べている人たちだからこそ起っってしまった病気でもあったのです。

「公害の海」のイメージとは裏腹に、水俣湾はチッソの工場周辺以外では当時でもそんなに汚れた海ではなく、ちなみに今ではヘドロを埋め立て地に封じ込めてしまっているので、水銀濃度は全国の平均よりもかなり低い、とても奇麗な海です。

そして不知火海の魚がどうしたことかとても美味しいことは、昔と変わらない。

水俣病というのが科学的にどういうことなのかは、興味があればぜひ土本監督の『医学としての水俣病−三部作』もご覧下さい。

水俣病を研究する熊本大、東大などなどの研究者が総出演というと、難しい映画に思えますが、とても分かり易い。これには土本さんの聞き方が巧い、という面が相当にあります。

僕が土本さんを撮らせてもらった『映画は生きものの記録である−土本典昭の仕事』(2007)で、土本さんはどうやったのかを語っていますが、簡単にまとめるなら、専門家の先生に取材するとき、まず「先生、僕は素人ですから、その僕にでも分かるように説明して下さい」と言ったのだそうです。そして聞いてる最中も、分かりにくい話になると「分からない」という顔をする。そうすれば先生方も気がついて、言い直してくれる。

こういう謙虚な智慧を、テレビや新聞やネット上のジャーナリストの皆さんにも見習って欲しいところです。受け手である我々だって、素人なのですから。

もちろん知ったかぶりをしてるジャーナリストの皆さんだって、僕と同様か、申し訳ないけどそれ以上に、なにも分かってないド素人でしょう? そこは素直に認めて欲しいところ。


有機水銀はさすがに毒物で少量でも身体にいいわけはありませんが、皆さんが健康のために飲んでいる薬だって、身体になんらかの影響を与えるものであるということは、量によっては毒になりますし、その病気がない健康体の人にとっても、猛毒ではないにしても、毒性はあります。

というよりも、その物質の側から見るなら、ただひたすら「人体になんらかの影響を与える」というだけで、その影響が「身体にいい」のか「身体を傷つける」のかは、その物質にしてみれば知ったことではない、人間の側の都合でしかない、ということも分かっておいた方が安心できるでしょう。

放射線は物質ではありませんが、でも放射能の健康への影響についても、同じようなことが言えるでしょう。

医学的・科学的には「何人に一人の割合で」と確率計算をするのですが、これは私たち一人一人の側からみれば「個人差はあるけれどその理由は完全には分からない」ということ。人間はみんな、体質も体格も性格も個性も、それぞれに微妙に異なってますから。

要はある量を、ある期間食べものを通じて体内に入れたり、浴びたり、放射性物質を呼吸で吸い込んだ場合、次第に健康に悪影響が出る人が増えて来る。そこに個人差はある。

福島第一原発の事故で、事故現場で命がけの作業をしている人を除けば、この事故で出てしまっている放射能の影響は、さまざまな測定値を見る限りではまだまだその程度の、比較的少量のものです。

たとえば広島や長崎で原爆から発せられる熱戦光線と同時にもの凄い量で浴びた放射線や、原爆の核物質が核分裂で分解して出来た放射性物質の微粒子が降って来るのが大量に身体に付着したり、周囲の環境のなかの放射性物質(たとえば土壌や、大気のなかに飛散して漂うもの、あるいは黒い雨)からの放射線を浴びて原爆症(急性の放射線被曝による障害)になるのとは、放射線と放射性物質の量がまったく違います。

ひとつ注意してもらいたいのは、福島第一原発の事故が、たとえばチェルノブイリ事故とはまったく違うし、ましてや原爆ともぜんぜん違う現象だと言うことです。昨日もすでに説明しましたが、福島は地震で自動停止した原子炉が、その後の冷却が出来なくなって起っているのだということ。

原子核の分裂で飛び出した中性子が別の原子核に当たってそれを分裂させる、核分裂が連鎖的に起ることを専門用語では「臨界」と言いますが、これが一瞬のうちに核燃料全体で起るのが原爆であり、ある程度徐々に起って長期的に熱を発するのが、運転中の原子力発電所です。

福島第一原発はすでに運転が止まってから起きた事故ですから、この臨界の状態ではありません。

運転中の、臨界の状態にある原子炉が爆発したチェルノブイリ事故とはぜんぜん違うというのは、そういう意味です。止めたあとでも臨界だったときの熱が残っている(崩壊熱)、それを冷やす水が足りないのが、今の状態です。

もちろん、原爆のような量、チェルノブイリの時のような量、福島でも事故現場で観測できる量の放射線を浴びたら、確実に身体に影響がある以上、少量で短期間でも「影響がまったくない」とは、科学の基本的な考え方としては、絶対に言えません。

そういう科学の基本的な考え方を、政治家が官僚的な言い回しで「ただちに健康に影響があるとは言えない」なんて言い方をするから「『ただちに』ってなんだ?」と不安に思ってしまう。それはよく分かります。なにか裏があるように思えてしまう。

そして実のところ、政治家やお役人はそういう言い方をすれば、健康被害があった場合でも「『まったくない』とは言ってない」と言い逃れが出来るわけです。

でもそういう態度だからこそ、なにか隠しているような気がして、言われた我々はますます不安になります。

政府の発表のやり方が不安を煽っているのは、その通りです。これはあくまで科学的な事象、物理学と医学の統計学の問題なのですから、政治とか責任論の人間の都合ではなく、科学的なことをきちんと説明しなければならないはずです。

政府にも、マスコミにも、経済のためには原発は必要だなどと未だに言っていられる暢気な皆さんのなかにも、僕自身が原発には反対でもうやめるべきだと考えているのは昨日書いた通りですが、一部の原発反対と言ってる人の一部にも、原子力とは人間の都合とは無関係の次元の、自然現象・物理法則の問題なのだというけじめが分かってない人がいるのは、とても残念です。

「ただちに」影響があるわけではない、元々は科学の基本的な考え方だから、手続き上そういう話になる。つまり科学には「絶対」はないのです。あらゆる可能性を常に客観的に考慮に入れなければならないので。

でもさすがに、「絶対にない」とは言えなくても、統計的な確率で「事実上、まずないと言っていいでしょう」というレベルのことはありますし、現に多くの専門医がそう言っているわけです。

その辺りはそれぞれの研究者の主観的な判断がどうしても入って来るところですが、安心感を持たせる言い方をする先生がいたら「こいつは原発推進派だ!」と決めつけるのも、ナンセンスです。あくまで科学事象の解釈の問題ですし、大学の研究者などの専門家であればあるほど、みだりにパニックや風評被害を広めてはいけないという社会的な責任も、当然考えることですから。

「この状態が短期で終るなら今のところ大丈夫です」

「長期に渡れば、危険になる数値です」

この2つは、科学的にはまったく同じことを言っているのです。

いずれにしても伝染病の病原体(体内で増える)とは違って、放射性物質や放射線の健康被害は、ちょっとでも触れたらダメ、オール・オア・ナッシングで理解しようとすることではない。

東京でも乳児の基準値を超える放射性ヨウ素が水道水から検出されましたが、テレビで放射線の専門医の先生だとかが「今はまだそんなに心配しないでもいいです」というようなことを言うのは、そういう意味なのです。

このレベルの放射性物質が毎日毎日、ずっと水道水に含まれ続け、それを飲ませ続けたら将来甲状腺がんになる子供もいるかも知れない(みんなが確実にそうなるわけではなく、科学の手続きではどうしても確率の問題で考えることになります)。

でも一日や二日とか、一回ちょっと水道水を飲んでしまったからといって、甲状腺がんになるになるのはまずあり得ない。

そういった平均値や確率を考慮して、政府等が決めている基準が決められています。水道水の基準値については、一部でWHO(国連保健機構)の基準は日本の数値の何十分の一かである、これは日本政府が原発推進派に乗っ取られているからだ、というようなことを言う人もいますが、東京などで検出された数値についてのWHOが出した見解がありますので、不安な人は読んでみて下さい。

  <WHO(国連保健機構)の日本の水道水についての見解>

ちょっと難しい文章ですが、結論は冒頭に書いてある通りでしょう。「日本で水道水を飲んでもよいか? はい。日本で水道水を飲んでも、ただちに健康上のリスクが生じるわけではない」

「ただちに」というのがどういう意味なのかは、すでにこのブログで説明している通りです。現に東京の水道水では雨が降った翌日に数値が上がり、しかしまたすぐに数値が下がって、警告は解除されました。

放射性物質は要は塵、微粒子の状態で、食中毒の病原菌のように生命を持って増殖するわけではないですから、洗い流されればそれまでですからね。

ほうれん草などの野菜でも同じことです。この場合はたぶん、原発の事故現場から飛散した放射性物質の微粒子が降って来て、葉に付着してるだけなのが今の段階(事故が起ってまだ2週間、放射性物質の微粒子が広く飛散したのはほんの数日)でしょうから、洗うだけでもけっこう落ちてしまう。

ちょっと意地悪を言ってしまえば、不安になってるストレスの方が、健康によくないかも知れない。

昨日から言っていますが、僕は原子力発電には反対ですし、こんな事故が起ったからには、もう止める方向で考えるべきだと思っています。とくに日本のような人口が密集し、しかも地震があるのが宿命である土地では、あまりに危険過ぎる。

そのことは今起っている事故で十分に証明されたと思います。

だから必要以上に不安を煽る必要はないし、これもさんざん言っていますが、「東京電力の人災だ!」と他人を責めることに熱中したところで、事故がおさまるわけではありません。

これも本当に何度も何度も言っていますが、原子力は物理学の法則という人間の意図や都合でどうこうなるものではないことで成り立っていますし、事故もその現象として起っているのですから。

やはり我々は、自分たちの文明やその価値観について、あまりに無自覚に傲慢であったのだと言わざるを得ません。

世界とは決して、私たちの意図や感情や都合で支配されているものでは、ないのですから。

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