最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
ラベル 機材 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 機材 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

7/03/2012

映画上映のデジタル化、インディペンデントにとっての利点と問題点

これを言うとたぶん業界内で袋だたきにされるんだけど…ミニシアターの経営者の皆さんには申し訳ないんだけど…僕らの作っているような小規模な、独立系の映画が生き残って行くのに必要なのは、実はシネコンでも上映されるようになることです。


いやかつてフランス映画社配給作品専門館だったシャンテ・シネや、ユーロスペース、今はないシネヴィヴァン六本木など、ミニシアター文化最盛期にいろいろな映画を見ることがで育って来た世代としては、非常に恩知らずな話なのだが、資本の論理というものはそういう冷酷なものだし、時代は技術的にもメディアのあり方的にも激変してしまった以上、仕方がない面がある。


ミニシアターとは、小規模の公開でプリント数が少ないが、いい映画が評判さえ良ければ長期間上映することもできる前提で繁栄したものだ。それはフィルムによる上映ならではの文化だったとも言えるが、今ではことインディペンデントの、僕らの作っているような映画は、フィルム上映が前提ではなくなっている。システムの構造が技術的な根本部分から変わってしまったのだ。


映画とて経済的には資本主義の論理のなかでの商売である。シネコンが入場者数の損益分岐点が低い上にヒット作一本かぶりで黒字になり、立地条件もよく「映画ファン」でないお客の目にも触れる機会が増える。「シネコンなんて」と口にしがちだが、映画作品それ自体にとってのメリットは、実はけっこう大きい。


損益分岐点が低いということは、平たく言えば多少の博打でも経済的なリスクが製作・配給側に少なくなるわけだし、かといって劇場側のリスクも高くなるわけではない。シネコンの多くの損益分岐点は、観客動員が劇場座席数の10%代前半の水準であるらしいのだ


これがミニシアター系の配給興行のサーキットだと、劇場がブランド化しているぶん配給がより多く負担をかぶりがちで、その配給は経営上、製作側に負担を求めざるを得ず、気がつけばいちばんなけなしの金で映画を作っている作家や製作がいちばん負担が大きかったりもする。


損益分岐点の部分を予め劇場が配給に払わせる保証興行なども少なくないし、そこで提示される数字が観客動員にして40%とか50%の数字だったりするが、これはもうインディペンデント映画に「死ね」と言っているに等しい。


4週間のたとえばレイトショー興行なら、それだけで140万くらいの現金を予め準備する、借金でもしなければ映画がかけられない、という計算になってしまうのだ。さらに宣伝に最低で150万くらいはかかるとすると、300万…。しかし有名ブランド化したミニシアターでも、そこまでの集客能力を劇場自体が持っているわけでは、必ずしもない。席数100の小屋でほぼ8割の入りで、やっと劇場公開が黒字、製作費の回収なんて一銭も出来ない、という計算になる。


日本の資本主義制度では、土地・不動産の資産価値がいちばん大きいから、劇場という不動産を持っている興行側がいちばん力を持ってしまう、という面もあるし、逆に言えばミニシアター側もその不動産資産の減価償却をこなさなければ破産しかねないわけで、だから採算分岐点がどうしても高くなってしまう


そしてこと今年ぐらいから決定的になってしまった要素もある−−デジタル・シネマ・パッケージ(DCP)上映対応の2Kや4Kのプロジェクターがあるかどうか。映画館で「デジタル上映」と書かれている場合、シネコンならばそれはDCP上映なのだが、これがミニシアターだとせいぜいがブルーレイや、下手するとDVDだったりする上に、プロジェクター自体DCPのそれに比べれば格段に性能が落ちるのだ。「いい映画をいい環境で見られるのがミニシアター」という文化は、これでは完全に崩れてしまう。


ブルーレイやハイビジョン受像機の普及で家庭でも高画質が楽しめる時代、映画館がよりよいサービスを提供できないとかなり苦しい。観客は千数百円というかなりのお金を払って、日常の家庭では体験できないはずの体験をしに、映画館にやってくるのだ。だから欧米の独立系の、日本でいえばミニシアターにあたる小屋は、最近では設備にもかなりの投資をして快適な劇場空間と美しい映写を確保しようとしている(またそういった劇場への補助金制度も、あったりする国がある)。


今ではほとんどがハイビジョンのカメラを使ってデジタル撮影される低予算映画を、より製作意図の通りに上映出来るのが実はシネコンになってしまっているのであって、日本のミニシアター系はこの点で完全に出遅れてしまった。


極端な話、シネコンでないと正しく上映できないインディペンデント映画も増えているのだ。


たとえばDCPで仕上げるのなら、6チャンネルや、場合によっては8チャンネルのサラウンド音声を、ドルビー・エンコーディングを経ずに、直接に個々の独立した音響トラックをそれぞれのスピーカーから出す、という形で実現できる。これはドルビーに対応したスタジオを高い賃貸料で借りなくても、6チャンネルなら6チャンネルの上映施設があって、そこの音響システムに音声編集用のツール(たとえばProTools)を接続することで、サラウンド音声の映画が作れることを意味する。しかもかなり高価なドルビー・ラボラトリーのライセンス料を支払う必要がない。


僕の最新作の『無人地帯』もこのやり方で、ほとんどお金を使わずに5.1チャンネルのサラウンド音声を作った映画だ。これはまさに上記のやり方で、東京日仏学院の映写施設を借りて、音響デザインとミキシングの臼井勝の職人芸でProToolsを持ち込んで音を作っている。設備使用については日仏学院の好意もあり、ほとんどお金はかかっていない。


昨年『カルロス』の三部作・5時間版が東京日仏学院で上映された際にも、監督のオリヴィエ・アサイヤスは音声も映像も本来意図したものではないことを上映前に断っていた。ブルーレイ用の素材での上映だったのだが、この映画もフィルム撮影で完成フォーマットはDCP、ドルビーではない独立形式の5.1チャンネルだったのだ。


そしてこうした5.1チャンネル音声の映画はDCPを導入した劇場でないと正確には上映できない。


僕らのような映画の場合、ぶっちゃけた話、今では海外の映画祭だとたいていシネコンの会場での上映が一回はあるわけで、上映それ自体のクオリティから言えば僕らのようなお金はかけられないしデジタルだが映画の職人仕事の面ではいろいろ凝って作り込んでいる低予算映画だと、シネコン上映がいちばんよかったりもするのは実体験済みである。


しかし日本のミニシアターのなかには、ハイビジョン上映ではHDCAM(業務用のハイビジョンの標準仕様)すら対応していない映画館も少なくない。民生用の、圧縮率が高いHDV方式に対応している劇場ですら稀だ。ほとんどがブルーレイ上映であり、つまり映画館ではなく大きなホームシアターとあまり変わらないのが実態なのだ。いかにブルーレイが最近ではとても高画質だとは言っても、である。


ミニシアターでも最近は複数スクリーンで客単価あたりの経費を抑え、番組数を増やして個別作品ごとのリスクを下げるなどはしているが、それが配給・製作側の採算リスクを下げるまでには至ってないのが現状で、ただでさえ小規模な会社が毎回毎回大きなギャンブルを打つことになる。ところがかつて「あのミニシアターでやる映画はいい映画だから必ず見よう」という客がついているような、有名ミニシアターのブランド力は、地方興行のブッキングが増える程度には残っているものの、観客動員それ自体に関しては20年30年前ほどの力は失ってしまっている。


インディペンデント映画はミニシアターで興行するもの、という既存の固定観念に留まっているだけでは、いかにこうした映画の製作が経済的にハイリスクどころかどんどんジリ貧になっているか分かって頂けただろうか?


しかもまたミニシアターの側でも、自劇場の番組作りでのブランド・イメージや価値の確保に必ずしも成功しなくなっている場合が多い。いい映画が作られていないわけではないのだが、海外作品も含めてそれがなかなか国内で上映されない、劇場が欲しくても配給されない場合も少なくない。インディペンデント映画でも保証興行等で公開の初期投資が高いなら、どうしても手堅いというか、いわば(こういっては悪いが)俗っぽい、あまりオリジナリティのない作品、映画の中身でリスクを負わないものが多勢を占めてしまい、プログラムが保守化し、かつてのミニシアター文化を支えた「最先端の映画が見られる」という魅力がどんどん失われるという悪循環だ。


今、このような既存の状況をさらに悪化させる上で決定的なのは、やはりDCPによるデジタル上映が急激に普及しながら、初期設備投資が高い、制度上の問題などで、ミニシアターがそこに立ち後れてしまったことだろう。


皮肉なことに、デジタル撮影機材の進化で、今では低予算でも相当に画質がいい、見ていて素直にきれいな映画はどんどん作れるようになった。しかしそれを完全な形で上映するにはDCPが必要…となるとシネコンの方が環境がいい、ということになっているのが、隠しようもなくなって来ている現状なのだ。


またそこで、ミニシアター系の興行が確立したバブル時代末期(もう20年以上前)から変わっていない、当時の映画上映態勢や社会情勢には適確だったが、今では時代に合わない慣習が多い。


たとえばフィルムだと上映プリントがあまり作れない関係上、東京での単館から順次地方で、というシステムが出来上がってしまったままだ。これはネットでの口コミや宣伝効果のメリットが極めて低い一方で、上映素材の複製が簡単なデジタルではほとんど意味がない。


ネットで話題になれば北海道の人でも熊本でも、「この映画、見たいな」と思うだろう。ところがその土地での上映ははるか数ヶ月先で、となると、やっと上映された時にはもう忘れられていたりする。


大手の大作ではDCPの登場で大量の上映プリントの作成および輸送経費が劇的に減ったので、DCPは大手に有利なだけだと思われがちだが、発想を逆転させれば、小規模で低予算の映画でもより多くの上映素材で同時に何カ所でも上映が可能になるのだ。


なのにこういうやり方がなかなか変わらないのには、映画宣伝が過去の、東京中心の雑誌出版に頼った枠組みを棄て切れていない問題も、たぶん大きいのだろう。



困ったことに、日本では新聞テレビですら実態はかなり中央集権的だし、雑誌も基本的に「東京で作られるもの」だから、地域に密着した健全なメディアが育ちにくい。文化も東京発信の中央集権的なものであり続けた歴史があり、インディペンデント映画などは完全にその枠組みで消費されて来た。

かつてミニシアター文化の確立に大きな力を持ったのが、たとえばマリー・クレールといった雑誌に蓮實重彦氏が映画評を連載し、おしゃれに気を遣うだけでは飽き足らなくなった女性たちがミニシアターの映画を見出したことも大きい。そこで上映される映画が、芸術的な先進性という「高級感」を持っていたのだ。


だがこれは今のミニシアターで上映されるとくに日本の(デジタル撮影の)インディペンデント映画には、まったく当てはまらない特質、商品イメージだ。つまりかつて蓮實氏がヴェンダースやゴダール作品の映画評を中心に確立したり、タルコフスキーの晩年の作品、テオ・アンゲロプロスの映画などによって作り出されたミニシアターのブランドイメージは、今そこで上映されている映画のほとんどに当てはまらない。今こうした劇場サーキットで繰り返されるのは、「映画への愛」といった誰も本気では信じないし、そもそも興行という観点からすれば後ろ向きで内輪向け過ぎる観念だ。


そうやって東京でまず「おしゃれなもの」として発信され地方に広がって行くというバブル時代的な考えも、ミニシアター文化の、今となっては負の面として、しかもその「おしゃれなもの」の商品価値を失った今でも、残り続けている。


東京での発信と地方での上映の時間差をなくすのなら、デジタルなら上映コピーの作成は極めて安価なのだし、ミニシアター系でも全国公開という選択肢とか、逆に地方から始める映画興行だってあり得るのに、業界の体制が今のところそこに対応しようともしていない。小規模な映画だからプリント数が少なく、だから単館上映で逆に付加価値をつける、という高級ブランド的な発想は、今では意味がないというのに。


デジタル上映であれば全国同時公開も理論上はすぐにでも出来ることなのに、誰もそういうやり方を試してみようとしない。それが今自分達が配給し興行している映画の特性を生かしたやり方になるかも知れないとしても、試してみないからうまく行くか分からず、分からないから誰も手を出さない。

東京が先行でなく全国公開とか、わざと地方から公開を始めるとかやったら、東京の有名ミニシアターがいやがってブッキングしてくれないかも知れない、という恐怖感だって、配給も製作もないわけではない。ミニシアターの興行システムに頼ってると、かえって自由がなくなることにもなりかねない。


だが僕自身の作家としての感覚でいえば、とくにデジタル製作の映画をちゃんとDCPで、つまりHDフォーマットなら2Kで十分に美しいし今後はREDだとかも使えれば4Kも、という高画質で上映できることは、業務用液晶プロジェクターでホームシアターと明らかな違いがない程度のミニシアターよりも、魅力になってしまう。映画とはたしかに映画館の漂わせる文化的雰囲気も大事だが、やはり基本は科学技術的な芸術メディアなのだし、技術的にきちんと上映されるのがなによりも重要になってしまうのだ。


とにかく映画上映の急激なデジタル高画質化の流れに、いささか出遅れてしまった日本のミニシアター系の興行だが、これまでのやり方やシステムの抜本的な見直しも含めたことを考えないとかなり苦しいし、今までのやり方だと真っ先に経済的に潰れるのが僕ら作り手であることは、忘れて欲しくないと思う。


とはいえ現状決して経営が楽ではないミニシアターの多くがDCPを導入するのは困難だろうし、シネクラブ等はさらに苦しいだろうが、ここは日本の映画文化を守るという観点から、文化庁などの政策的な戦略、補助金などがあって然るべきだし、要請すべきだと思う。


一方で僕らのようなインディペンデントの、より先鋭的な映画がシネコンに参入できるように、たとえば9スクリーン以上の施設であれば1スクリーンはインディペンデント系の映画の上映を義務づけるみたいな制度も、文化庁などで考慮して欲しいと思う。


日本の映画業界は、どうにも戦時中の反省から国や地方の行政からの支援を受けたくないと考える傾向がまだまだ強いし、それは精神論としては正しいとも思うが、現代の、見返りが即要求される経済システムでは文化としての映画を守ることはかなり難しいのだし、意識の大転換は必要だと思う。また行政や、議員などの政治家の側でも、文化を守るということは政治の重要な責任なのだという意識を持って欲しいとも思う。


先日参加したエジンバラ国際映画祭では相米慎二監督の回顧上映が大いに評判になった。日本の映画というのは世界的にみてももの凄く高い文化水準にあるものなのだ。それは政治的にも、守って行くべき価値のあるもののはずだ。文化とは国のアイデンティティに他ならないのだから。


文化の創造と継承こそが、国家の歴史的継続性を担保するものであることは、忘れてはならない。

6/07/2012

デジタル映画撮影の現在〜デジタル一眼とその後

SonyがDV(デジタル・ビデオ)の第一世代を発売したのは確か1996年だったか、以降デジタル撮影の映画は、ドキュメンタリーや小規模のインディペンデント製作の強い味方となって来た。

従来のテレビ放送基準の画素数なので使い方にはいろいろ工夫が必要だった(とはいえ使い方さえ心得ていれば、16mm撮影より画質自体はいい)が、2003年にはSonyが日本ビクター、Canon、シャープと共同で発表したHDV規格をきっかけに、小型キャメラでもいわゆるハイビジョンの画素数で撮影できるようになった。

とは言うものの、手軽に35mm撮影並みの画質で映画が撮れるようになったからといって、作り手の側がそれを生かして来たとは限らない。

2006年のベルリン国際映画祭で初上映された『ぼくらはもう帰れない』は、完成フォーマットは35mmだが、撮影は(35mmで撮影する予算があるわけもなく)すべてPALのデジタル・ビデオで、SONYのVX2100Eだった。この映画の撮影中にSONYがHDV形式の最初のキャメラの、HDR-FX1を発表している。

ぼくらはもう帰れない』(2006) 抜粋
 撮影はSONY VX2100E

この映画をベルリンで発表した際には、デジタル映画の可能性を追及した新しい表現だという褒められ方もしたのだが、やっている側としてはそんな意識はなかったのが正直なところだ。

35mmでやっているお金がないことを除けば、すべてフィルムでも技術的にはまったく可能な映画表現だし、むしろフィルムっぽい使い方と言われたって文句は言えない。

手軽で自由になればなるほど、より自由で幅広い表現を目指して「なにをどう撮るか」を考える余裕ができるはずが、そうはなかなかならないのも現実だ。むしろお手軽に、深く考えずに手持ちで撮影出来てしまうこと、だから「映画」だというのに「画」を考えることもなく撮ってしまうことになりがちだ。

実際のところ、デジタルで映画が撮影されるようになったからといって、デジタルならではの表現を本当に追及している作家といえば、まだまだ『ゴダール・ソシアリズム』のゴダールや、ジョン・ジョストなど、ごく限られた才能しかいない気もする。

DVカメラが映画に使えると分かってから十数年が経過しても、映画のデジタル化はもっぱら経済的な要請と、ポストプロダクション作業や特撮が便利になるから進行しているだけなのかも知れない。

またインディペンデント映画製作にとっては、機材が手軽で個人で買える値段とはいえ、以前のSDビデオならVX2100、今では HDR-FX1000 などの、民生機とはいえちゃんとしたキャメラだと20万円とかの30万とかの値段だ。皮肉なことに開発元である日本映画でこそ、映画をハイビジョンで撮影してハイビジョンで完成させることは、とくにインディペンデント系では製作側でも上映側でもなかなか普及しなかった。 
今でもHDCAM方式の上映素材を作ったら、上映出来ない場所は圧倒的に多い。小型キャメラのデジタル撮影で、35mm撮影とほとんど見分けがつかないようにDCPで作品を仕上げても、日本ではDCP上映は、大手シネコン系等でしか普及しにくいようなシステムになってしまっている。 
日本やアメリカ等に固有の、困った事情もある。テレビ放映形式がNTSC方式で、俗に「Not The Same Colorを略してNTSC」と揶揄されるくらい、画質、とくに色の再現性がヨーロッパや中国で使われているPAL方式と比べてかなり落ちるし、DVフォーマットの場合はとくにあからさまに違いが出る。 
これがますます、デジタルで撮影される日本の低予算映画やドキュメンタリーを、こう言っては悪いが「貧するは鈍する」に堕落させてしまった面は否定はできないだろうし、逆にその画の美しさを感じさせない撮り方が「生っぽい」「プロらしくない」というだけでもてはやされるような状況になってしまった。 
「映画」だというのに、「画」は二の次というのも、どうかと思うわけだが…。
『ぼくらはもう帰れない』も、作っている側の意識としては、16mmよりはDVのPALの方が画質があまり変わらないかむしろいいこと、撮影時の手間がいろいろ省けるからDVで撮影した、という程度のことだ。


上掲のシーン抜粋の長廻しだって長さは10分で、フィルムで撮影した場合もっとも長く撮影出来る範囲に収まっている。デジタル撮影ならテープなら60分、データ撮影なら理論上、データ容量が許す限りはいくらでもキャメラを廻し続けることができる。


アレクサンドル・ソクーロフ『ロシアの方舟(エルミタージュ幻想』(2002)
大容量のハードディスクに映像を直接記録することで、90分を超える全編がワンカットの長廻し撮影を実現


一方で、急激に発達したキャメラの方も、ビデオカメラであるが故の表現上の問題がないわけではない。

ビデオの場合、映像を記録する受光素子は、物理的な面積として、35mmのフィルムの一コマあたりの面積よりも遥かに狭い。電子的には画素数は多くても、この物理的/光学的な面積の違いが、表現のニュアンスを平板にしてしまいがちだ。

たとえば、画面全部にきれいにピントが合っているかのように見えるのは、受光素子の面積が小さく、光学的に被写界震度が深くなるからだ。ただ機械的な記録ならそれでいいのだが、どこまでピントを合わすのか、あるいは合わないのかもまた、創作を左右する選択肢であり、それが限定されてしまう。

『フェンス 第二部/断絶された地層』(2008)
SONY HVR-Z1Jを用いたHDV形式。撮影:大津幸四郎

その限界をがらりと変えたのが、2009年頃からCanonEOSムービーのブランド名で、デジタル一眼レフのスチル写真カメラの動画機能を、ハイビジョン撮影が可能なように充実させ、これにNikon等の他のメーカーも追随したことだ。

デジタルビデオやハイビジョン・カメラが現実の機械的に忠実な記録を前提に(いわばテレビの延長として)作られているのに対し、デジタル一眼レフは銀塩写真の延長で、写真表現の多様性を重視して設計されている。これは「映像による表現行為としての映画作り」には、いろいろ使い方の幅が広がる。

一眼レフ・カメラの豊富な交換レンズ群が使用できることも、魅力であるのは言うまでもない。これまでのデジタルの動画カメラは、ほとんどが作り付けのズーム・レンズしか使えなかったのだ。


EOS7Dで、210mmの望遠レンズを使った撮影

ベルリン映画祭でインターナショナル・プレミア、先月は同じドイツはフランクフルトでのニッポン・コネクション映画祭ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭で上映され、今月はイギリス、スコットランドのエジンバラ国際映画祭、来月はマルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭とニューヨークで、8月にはシネマ・デジタル・ソウル映画祭で上映が決まっている我々の新作『無人地帯』は、EOS7DEOSムービーで撮影した。

『無人地帯』予告編

この前作になるはずだった、未だに編集が終わっていない即興劇映画『ほんの少しだけでも愛を』も、半分はPanasonicのP2方式のハイビジョン・キャメラAG-HVX200で、残りの半分はEOSムービー、つまりデジタル一眼レフEOS7Dの動画機能で撮った映画だ。この時には、初めて使うフォーマットだったので、使っていて映画を撮る上では欠点になることも、撮ってみながら気づいたり、撮影した素材を見て困ってしまうこともあった。

『ほんの少しだけでも愛を』(2009-2012)抜粋 
 このシークエンスはすべてE0S7Dでの撮影。

ひとつには、オートフォーカスがまったく当てにならないこと。無論、フィルムで映画を撮る場合は基本、全部マニュアルなのだから贅沢を言うことではないのだが、既存のデジタル・ビデオ・カメラで、オートフォーカスに慣れてしまっていると、かなり細心の注意が必要だ。ピントは自分で合わせるものだと思って育って来た僕らならともかく、オートフォーカスが当然で育った世代になると、これはけっこう大変かも知れない。

デジタル一眼のオートフォーカス自体が使えない、ということではない。ただ写真に特化した基本設計であるため、オートフォーカスは撮影時だけ鏡が上がることを前提に設計されており、写真の場合これは数十分の一秒とか数百分の一秒でしかない。それが動画の撮影では、鏡が上がりっ放しになるため、本来のオートフォーカス機能が使えないのだ。

『ほんの少しだけでも愛を』抜粋
ちらはPanasonic AG-HVX200撮影で、被写界深度を浅くとるため、ズームをめいっぱい望遠側で使用。

もうひとつは、スチル写真での手持ち撮影には向いた物理的な構造が、動画では時々使いにくいことだ。映画で手持ちをやる場合には、写真とは違って一瞬だけ構図が決まればいいのではなく、動き続けるあいだ構図が常になめらかに変化するのでなければならない。その機動性が、単純に持ち方の問題で、いささか限定されてしまう。

とはいえこの二つの目立った欠点は、多少の不自由さはあるにせよ、撮っている側の腕と注意深さで解消できる。

たとえばオートフォーカスは、要はピントをしっかり合わせて撮影すればいいのであり、もともとフィルムの映画キャメラのファインダーは、ピントを合わせるのにはほとんど役に立たなかった。フィルム撮影では巻き尺で距離を測るのは撮る前の当然の作業だったわけだし、マニュアルのキャメラである程度の訓練を積んだキャメラマン、とくにドキュメンタリーの撮影者であれば、だいたいの目算でピントを合わせる技術も持っている。

だがこればかりは「腕」ではどうしようもない欠点がひとつある。とくに明るい場所での撮影では、激しい動きへの対応力が弱く、しばしば映像がコマ単位で歪んでしまうのだ。いわゆるドキュメンタリー・タッチと称されるような激しく動く手持ち撮影や、激しいキャメラワークのアクション・シーンは、このフォーマットにはまったく不向きだ。映像が見るに耐えない程ガタガタになってしまう。


激しい動きを伴った際に大型センサーが対応しきれていない例(『ほんの少しだけでも愛を』アウトテイク)

『無人地帯』では、こうしたデジタル一眼レフによる動画撮影の欠点を逆手にとることを、映画のスタイルとして選択した。基本は三脚で厳密に構図を決めたフィックス・ショットとパンで、静的な、丁寧に、絵画的ですらあるやり方で、風景をしっかりと、ありのままに美しく撮影すること。

『無人地帯』冒頭シーン 210mmの望遠レンズを用いたパン。

手持ち撮影でも激しい動きは選択せず、インタビューでは人物にゆっくりと寄り添い、手持ちでの移動や自動車を利用したトラベリング・ショットでも、スピードを抑え、そこに映るものをひとつひとつ丁寧に見せて行くこと。

『無人地帯』抜粋


こうしたスタイルの選択は、東日本大震災の被災地についての映画を撮るときに必然的に考えなければいけない、「破壊の映像」をめぐる問題にとって、むしろふさわしいことだったと思う。

たとえば一口に「瓦礫」と言ってしまいがちだが、そこには破壊された何かがの残骸が写っているのであり、一見するとランダムに、元がなんであったか判別できないほどの状態だからこそ、ひとつひとつのディテールをしっかり見なければ、本当はそこで何が破壊され、何が失われてしまったのかを感じることはできない。

テレビで見る震災の映像は、息をのむ大迫力の、スペクタキュラーな破壊の表象であるとしても、そこには地震と津波の前には人間の生活が続いていたのであり、被災地となった今でも、これまで続いて来た生活と歴史があるのだ。

あるいは、原発事故の放射能で汚染され、避難を余儀なくされた場所は、確かに無人の土地となりつつあったが、一方で放射能の被害自体は目に見えない。そこにある風景は、これから我々の社会、人間たちに見捨てられて行くことになるとしても、あまりにも美しい田園地帯の春なのだ。

『無人地帯』抜粋・計画避難当日の飯舘村


ところでSonyという会社は、一眼レフにオートフォーカスを導入したミノルタのα7000を引き継いで、αシリーズのデジタル一眼レフも出しているし、デジタルの動画撮影カメラに関してはパイオニアでもっとも普及しているのにも関わらず、スチル用のカメラにハイビジョン録画機能を持たせることには、距離を置いて来た。

逆に動画撮影カメラの開発を熟知しているからこそ、スチルのカメラとは違うのだと考えているからなのかも知れない。そのSONYがここへ来て一眼レフにハイビジョン録画機能を持たせる代わりに、それと同等の大きさのセンサーを搭載し、αシリーズのレンズが使用出来て、しかしあくまで動画撮影の機能に特化した、レンズ交換式デジタルHDビデオカメラレコーダーという、新しいジャンルのキャメラを発表した。NEX-V20と、その上位モデルになるNEX-VG20Hだ。



実は『無人地帯』の続編とも言うべきドキュメンタリーを、春先から撮り始めている。『無人地帯』を昨年の12月と今年の1月に国内公開に先行していわき市で上映した流れで、「一時帰宅するのだけれど一緒に来ないか」というような話があり、なら引き続き警戒区域から避難している人や、いわき市の人たちを撮っているわけだが、この撮影ではものは試しでNEX-VG20Hを試験的に使ってみた。

下の映像は3月10日に、富岡町小浜の旅館・観陽亭がある岬の上から撮影した福島第2発電所だ。



大型のセンサーと、一眼レフ用のαレンズをつかった画質の表現性の豊かさは、たとえばEOSムービーにまったく遜色がないことは、一目で分かると思う。ちょっと変な言い方をしてしまえば、今までのSONYのビデオカメラっぽさ(HDでもSDでも、鮮明である代わりにいささか絵の奥行きがない、エッジが立ったパキパキした感触)とはぜんぜん違う、ソフトな再現性で、それでいて画質はもちろん鮮明だ。


高さ20m弱の断崖の上にありながら、津波被害を受けた観陽亭

そういえばEOSムービーにはもうひとつ欠点があって、だいたい12分以上の撮影ができない、一回キャメラを止めなければいけないことなのだが、このSONYのキャメラは最初から動画に特化された設計であるせいか、そういうことがない。


この写真は、『無人地帯』にも出演して頂いたいわき市・豊間の四家さんの、津波に耐えた築140年のお宅を再訪した際の映像からのコマ抜きだが、この時には四家さんご夫妻もつもりにつもった一年間のご苦労の話がたくさんあり、いきなり40分間の手持ちの長廻し撮影になってしまった。


こちらの四家さんのご主人の方も、同じ長いショットからのコマ抜きだが、日が傾いて光線の状況が激しく変化する状況でも対応して撮影出来ていることが分かると思う。

これが例えばEOSだと、露出の調整は基本マニュアルで、絞りを変えるとはっきりと、段差的にそれが映像に現れてしまうので、こうはいかない。約一年前にこの同じ場所で、やはり同じような時間帯(ただし曇天)で撮影した際には、逆に露出が固定なので、10分間の長廻しのショットのなかでだんだん日が弱まって行くという(これはこれで極めてフィルム映画的な表現)ことが撮影できたわけだが。

NEX-VG20Hでは、フォーカスだけでなく露出も、オートが充実しているのだ。液晶画面上で狙っているポイントを指で触れると、そこにピントが合うという、ドキュメンタリーで絵作りを充実させたいときにはとても便利な機能もある。
我々が露出やフォーカスでマニュアル操作を重視するのは、別に「なんでも自分でやらなければ」という精神論ではない。映画学校の学生さんの場合は、あえてそういう精神論を貫くことでいろいろ勉強になるのだから絶対にお薦めするが、こちらはそうした技術を踏まえた「プロ」のはずだから、狙っている表現に適しているのなら臨機応変に使います。ただそれは、ボタンを押せばあとはとにかく廻しっぱなしで、というのとはちょっと違う。
40分の長廻し、それもお宅から畑を通って土手を上って海岸まで、とまあ、えらく動き廻る撮影になったわけだが、ボディの設計自体が手持ち撮影を前提にしていて、それも本体がほぼ手のひらに収まってがっちり握ることもできるサイズなので、機動性はこれまでのSONYのどのキャメラよりも高いし、むろん流石に40分とか撮りっぱなしとなると、手持ちでの安定性と、キャメラマンの肉体的な負担の軽減は、両手で支えることが前提の一眼レフキャメラとは比べ物にならない。

それはこの一時帰宅に向かう光景を撮った手持ちショットを見ても、キャメラを使った経験が多少なりともある人には分かってもらえると思う。


これだけのローアングルで、つまりキャメラが地面にほぼスレスレで、足下を見下ろしているのではなく。キャメラはあくまで水平方向に向けたまま、歩いて追っかけているわけだ。 
ちなみにこれは今年の3月10日の富岡町で撮影したものだが、福島浜通りで3月にこんなに雪が降るのはかなり珍しい。同行させてくれた友人は、「豪雪地帯と勘違いされるんじゃないか?」と冗談半分に言っていたのだが、実は雪は一年に数回しか降らないのがここの気候だ。

『無人地帯』ではEOSムービーの撮影時の限界をいわば逆手にとったスタイルの撮影で、それがこの映画にとってはふさわしいものだった。それはこの映画が、地震・津波・原発事故というみっつのカタストロフィを同時に扱って、その意味を検証することを狙った映画だからでもある。

続編(仮題名は『…そして春』だが、春だけでなく夏、秋の頭くらいまでは撮影することになりそうなので、たぶん題名は変わる)では、また異なった映画のあり方、撮影のスタイルが求められると思う。

今回は原発事故発生から一年経ち、なにも進まない現状の中で、津波被害や避難によって過去を失い、未来のことはなにも決まっていない、いわば宙ぶらりんの時間のなかで、人々がどう生きて行くのかを巡る映画なのだ。『無人地帯』が風景と人間についての映画であったとするならば、今回はもっと「人間について」の映画にならなければならない。

いわき市、薄磯海岸、2012年3月11日、日没直後
NEX-VG20Hで撮影した動画のコマ抜き。この暗さでも細部はしっかり描写。



実は『無人地帯』よりも重い題材だ。先日、浪江町に一時帰宅したまま行方不明になったスーパー経営者の男性が、そのスーパーの倉庫で首を吊っているのが発見された。存在自体が宙ぶらりんであることの辛さ、延々とただ続くだけの、決して日常ではない状態のストレスは、途方もなく重いもので、少しずつ人の心を蝕んで行ってしまう。


でもだからこそ、重厚で静謐な『無人地帯』とはいわば正反対の、最近のクリント・イーストウッドのような、一見軽やかな映画を目指したいのだ。イーストウッドの場合は手持ちとスティカム撮影が目に見えて増えているのだが、僕たちの場合は、今度はNEX-VG20Hで、あえて手持ちを多用して撮るという選択を考えている。

むろん、それはハンディカムでただ廻しっぱなしにしてみました、で「自主ドキュメンタリー映画です」という、どうにもデジタルビデオの普及で蔓延してしまった撮り方とは、一線を画すものでなければならないわけだが、どうもこの小さな新しいハンディカムは、それとはまた違った映画の可能性が追及出来そうな気がする。