最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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6/10/2011

福島県・飯舘村


本ブログでの報告が遅くなってしまったが、5月の末、政府によれば「計画避難」の期限となる直前に、福島における震災と原発事故をめぐるドキュメンタリー新作『No Man's Zone』の撮影で、飯舘村にロケに行って来た。

むろん現実は、あんな無茶で矛盾だらけの政府命令が、そう順調に進行しているわけもない。避難先が見つからない人も多く、また今さらこの程度の放射能を気にする年齢でもないのだし、残る人もいる。

ひとことで飯舘村と言ってもかなり広い。そのなかで最高の放射線値を記録した長泥の区長さんの家では、5月に子牛が生まれたばかりで、6月いっぱいまでは避難できないという。


一方で避難命令が遅過ぎた、80日近く時間がかかってしまったことも響いている。村から手近な避難先は、原発から20Km圏内のいわゆる「警戒区域」からの避難者ですでに埋まってしまっている。実はそれらの地域より飯舘村の方が数値が高いわけで、なのにわざわざ防護服を着せられての「一時帰宅」を、村の人たちは複雑な思いですらなく、ただもう呆れ果てて見ている。

政府の不備と拙速のしわ寄せをかぶったような格好で、飯館村役場では夜遅くまで電気が灯り、日曜の朝でも人の出入りがひっきりなしに絶えない。

拙速や不備どころではない。計画避難地域の指定を、地元の人々は我々と同じように、テレビや新聞報道の発表で知ったのである。さらに人を馬鹿にした話だ。

実は村役場にはさすがに、事前に通告があったのだそうだ。しかし政府は、村役場上層部のごく一部以外には、この決定を決して漏らさないように命じたのだという。

村役場にしてみれば従うしかないし、菅野村長は避難が必要な子供など、希望者だけは迅速に避難できる一方で、大人、とくに農業者などなかなか離れられない一方で、高齢化も進んでいるのだから放射線の健康影響を心配する必要の少ない人たちは残ってもいいようになんとか手を打とうとしていたのだという。

それが人々の生活等いっさい顧みない「東京」の傲慢による一方的な「計画避難地域」指定で、かえって村長まで不信感がもたれる結果になってしまった。実のところ政府が避難を強行するのだって、東京中心の世論対策、「子供を殺すのか」と叫ぶヒステリックな批判に冷静な反論すら出来ないで、すべての負担を、この田舎の美しい農村地帯の人々に、押し付けているのである。

村役場の隣にある村営の本屋さんには、役場宛の間違い電話やファックスがよくかかって来て、「人殺し、なぜ避難しない」などと罵倒されることもあるという。「避難先でも準備してくれてるんなら相手にしてもいいんですけどね」。


なんとバカバカしくも醜悪な、あまりに人間性に欠如している以前に、呆れるまでに愚かしい話だろう。仮に本気で飯舘村レベルの放射能が命に関わる、避難しなければ死ぬという危機感を持っているのなら、せめてもっと伝わる言葉で言わなきゃ意味がないだろうに。

いやこの手の間違い電話が極端だとしても、「福島の子供を避難させましょう」とか叫ぶ安っぽい国会議員や「命が命が」とネット上で叫ぶ人々も、似たり寄ったりである。

冷静に考えれば、一年二年とこのレベルの被曝が続けば、もしかしたら将来的にがんになる可能性が50%から50.2%にあがるかもしれない、という程度の話であることは分かっているのに、である。

リアリティに基づいたところがなにもない、抽象的な机上の空論としての「命が命が」という騒動が、自我が未発達で周囲に合わせることにしか自分の居場所を見いだせない、いじめや仲間はずれを極度に恐れるあまり自分からいじめっ子になった小学生からなんら精神的に成長していない都会人ならともかく(そんなオトナコドモが母親になって「子供の命を」とか叫んでるのである。教育上あまりによろしくない)、自然や農作物や家畜と向き合い続けて深い人生経験を蓄積してきた百姓たちの知性に、通用するわけもなかろうに。


飯舘村での取材にはいささか躊躇することが多いのが正直なところだ。

山々も美しい田園風景であっても、田畑には作付けもされず雑草が伸び始めている。その草取りも、放射性物質の付着している可能性があるので、控えるように指導されているのだ。その荒れた田畑を見ているだけでも、辛すぎる。

 避難先から戻って来て犬を散歩させている人の話

飯舘村の人々に話を聴くのは、もっと躊躇させられる。

すでにあまりにマスコミで話題の村になってしまったので、そこの人々がいわば “取材ズレ” してるのではないかということ。それ以上に、飯舘村の現在を撮ってしまうこと自体、住民の生活上にとっては害にしかならない情報を流すことになってしまうからだ。

「世界の飯舘村になっちゃったからね」という冗談をよく言われた。

本屋さんでは、「撮影に来てる人いっぱいいますね。みんな放射線に完全防護で笑っちゃいますよ」とも言われた。実際にテレビの取材陣に遭遇もしたのだが、雨でもないのに雨合羽にマスク、下手すれば軍手までしている。

山間部の村で朝晩はまだ冷え込むとはいえ初夏である、暑くないのだろうか?

たかが数日の取材で、なにを考えているのだろう?そんな数日では実際の危険もないところをただ「穢れ」「汚いもの」であるかのようにみなす態度が丸出しで、いい取材なんて出来るわけがなかろうに。


我々はさすがにそこまで傍若無人でも愚かしくもないつもりだが、それでも結局はこの福島第一原発の事故があって「世界の飯舘」になったから撮影しているのだ。事故がなければ、関心すら持たなかったであろうことは、紛れもない真実だ。

ドキュメンタリーの撮影とは、元から犯罪行為の面が否定できない。人々の生活や人生に土足で踏み込んで、その人たちを素材として映画というこちらの勝手な動機のために搾取することに、どうしたってなってしまうのだから。

まして今この場での取材は、「世界の飯舘」=「フクシマの放射能汚染地域」という烙印を押されることの、ダメ押しどうしたってなってしまう。少なくとも地元の人はそう思っていておかしくないし、現にそう言われて撮影を断られたこともあった。

もっとも撮影はさせなくても、そのあと10分も20分も話し続けられたりする。そこで言われていることがあまりに適確で知的な真実なので、しっかり記憶しているので、映画のナレーションには使おうと思う。


4月にいわゆる原発20Km圏内(我々の撮影直後に「警戒区域」指定)といわき市で撮影した際にも、いわき市四倉の漁港で漁師に「インタビューはもうたくさんだ」と言われ、でもその後に結局は話を聞けて撮影もしたわけなのだが。

飯舘村の比曾、長泥、蕨平の、とくに高い放射線値が計測されている三地区では、5月29日の日曜日にごく一部の人を残してほとんどが避難することになっていた。我々は主にこの三地区で撮影したのだが、引っ越し前の忙しい時期に、決して自分たちの得にならないかも知れないのに、それでも多くの方が撮影に応じてくれた。


これがまた、いざ話を聞き始めると思いのほか時間がかかるのが、庭先や畑で一通り撮影を済ませてお礼を言ったところで、「お茶でもどうぞ」で家に招き入れられ、そこで1時間くらい世間話になる。

浜通りでの撮影時にも感じたことだが、福島の農村漁村の人たちはとても礼儀正しく人当たりがよく、素朴でありながら洗練され、東京などよりもずっと知的だとさえ思ってしまう。とくに飯舘村の女性たちは、話もうまいしおもしろく、そのなかに静かな痛みや悲しみを滲ませる姿が感動的だ。

そして飯舘は、とても美しい村だ。農業しか主たる産業はなく、「村」といってもかなり広い村(元々50年前にふたつの村が合併)で、あちこちに小さな集落が点在し、自動車がなければ生活ができないだろう。決して便利なところではなく、実際に過疎化高齢化はかなり進行している。「昔はもっとにぎやかだった」という話はよく聴くし、取材させて頂いたのは若くて60代前半、最高齢は95歳だ。

それでも、過疎高齢化が避けられない「田舎」であることを逆手にとって、飯舘村は農村であることを全面に押し出した村興しに一定の成功を収めていた。

畜産に力を入れて、和牛の「飯舘牛」をブランド化し、子牛の繁殖を軌道に乗せていた農家も少なくない。

明日避難する、という農家

それがこの二ヶ月間、村の農家は仕事ができない。「二ヶ月なにもしないって、体にはよくないわね」と笑う農家の人々はだいたい60歳は過ぎている。

過疎・高齢化の厳しい現実はあるが、それでも後を継いでくれる若い人がいると喜んでいたはずが、突然のこの事態である。「災難だよね、本当に、災難。そうとしか言いようがないよね」

小さな集落ごとの地区では人間関係のしがらみだってあるだろうとも思うが、それでも一緒に生活して来たそのつながりもまた強かったことだろう。「今夜は部落のお別れ会なんです」「寂しいよ。みんなバラバラになってしまうんだから」。

そのすべてが、失われようとしている。


「一年、二年なら夢だと思ってやり直せるかも知れないけれど、五年十年だったら、牛は私たちの歳ではもう無理だよね。若い人たちは牛飼いなんてもうやらないだろうし」

それでも肉牛繁殖をずっとやって来た女性は、「でも乳牛やってた人はもっとかわいそうだよね」と、他人への配慮を忘れない。

その人たちがそれでも、「津波で家を流された人よりはいいと思いたいけど、でも家があるのに避難しなきゃいけないなんて情けない」とこぼすのは、それだけ深刻な事態なのだ。

「今はともかく早く帰りたい。行く前から帰りたいってのもおかしいんだけど」。

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