最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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5/30/2014

拉致事件の行きつく果てに

昨日夕方、安倍晋三首相が唐突に、北朝鮮政府が拉致事件の再調査を行うことについて日本と合意したと、自慢げに記者団に告げた。

だが首相官邸のロビーで記者たちに自分を取り囲ませて得意満面に語ったわりには、正式の記者会見は菅官房長官に任せて逃げてしまう。案の定、記者達に質問を浴びる立場になってしまう菅長官は、なかなか苦しい面持ちの、針の筵の状態だった。

なにしろ答えられる材料がほとんどないのだから、官房長官がしどろもどろになるのも仕方がない。安倍氏が得意満面に「拉致問題は私の政権の最大の過大」と暢気に言っていられるほど現実は甘くないのだ。

しかしこの総理大臣は、なぜこうも難しい話は他人に丸投げでシレっと威張れるのだろう?

安倍晋三氏は何も考えてすらいないだろうが、恐らく菅氏にはさすがに分かっていることとして、北朝鮮側は拉致問題再調査でどのような新事実が出るのかをある程度は交渉段階で明かしているだろうし、だから菅氏も「拉致被害者」ではなく「拉致が疑われる」ケースのことを会見でも強調気味だったのだろう。

つまりそれを認める準備は北にはある、ということだ。

漁船で遭難して北朝鮮に救助された、とされている人が実は拉致被害者ではないかと疑われている実際の例はいくつかある。

小泉政権の日朝交渉(当時安倍氏は官房副長官)で金正日政権が日本人拉致を認めた際、多くの被害者がすでに鬼籍に入っていることを北朝鮮は日本に告げている。恐らくは今回の再調査で、その方たちが亡くなった事情のより詳細な事実関係も、北側には出す準備はあるということも推測される。

父親の政権が病死や事故死と発表したことについて、金正恩率いる今の北朝鮮の政権は、実際には殺害された事実があれば、それも率直に認めるだろう。

日本のメディアはそこに気づいていながらわざと歪めているのか、本当に気づいていないほど政治や外交が読めていないのか…?

金正恩は父の代の大変な有力者であった叔父をあえて処刑する決断まで踏み切っている。これほど分かり易い政治的ジェスチャーをなぜ理解できないのだろうか?親族であっても腐敗高官は告発し、処刑粛正すら辞さないという決然とした態度は、若い指導者が「僕の政治は父の時代とは違う」と国民にアピールしているからに決まっているではないか。日本人拉致がその父や祖父の時代の負の遺産、誤りであれば、既に粛正した勢力がやったことだと明言した方が、現政権はむしろ傷つかずに済む。

金正恩が北朝鮮の三代目の国家指導者になってもう約2年になる。

つまり金正日と小泉純一郎が交渉した時代とは違ったフェーズになっているのに、「拉致問題は私の政権の最大の課題」と自称し、一回目に総理大臣になれたのはこの事件を利用したおかげである安倍晋三が、なぜ一年前には北朝鮮と再調査に向けた交渉に入っていなかったのか、理解に苦しむ。

昨年に叔父の粛正処刑を金正恩が決断する前に、安倍政権が拉致問題再調査を含めた交渉を北朝鮮とやっていれば、その叔父を粛正する理由のひとつに拉致問題を絡め説得力を増させることで、日本が金正恩政権に恩を売ることだって出来ただろうに。 
処刑が済んだ今では「あれは叔父達がやったこと」で済まされてしまえば、日本はなにも口出し出来なくなるだけだ。 
それも北朝鮮側から様々なオファーがあったのに逃げて来た、訪朝した参議院議員の懲罰までやって敵意と悪意だけを剥き出しにして来たのが日本である。

それどころか金正恩の政権に代替わりして以来、韓国ではパク・クネが大統領であり、対北強硬派保守で軍事独裁者の娘である政権とは関係改善が難しいと睨んだ北朝鮮は、昨年にはもう日本に国交正常化交渉再開と関係改善のためには妥協も辞さないサインを送って来ている。だが先日、拉致被害者・横田めぐみさんのご両親がお孫さんと面会出来たのだって、どうみても安倍政権の采配ではなく、外務省がモンゴル政府の仲介に(多分に独断で)応じたようにしか見えない。

それをきっかけに日朝間の実務者協議が再開し、そして北朝鮮が拉致問題の再調査を申し出た、というのが客観的にみれば今回の経緯である。

つまり、実は北側がオファーして来たことであって、ちっとも安倍外交の成果ではない。

だからこそ北側が準備をちゃんとやって条件を整えた態度で臨んで来たのに対し、日本側は首相が自慢たっぷりに記者に発表して官房長官がしどろもどろ会見、翌日に慌てて近しい新聞社に言い訳記事を出させるほどに拙劣な行き当たりばったりしか出来ないのでもあろう。 

「政府高官は『茶番劇なのは承知の上だ」と指摘する。首相自身もこれまで同様の趣旨のことを述べてきた」
産経新聞、5月30日 「北朝鮮の「汚いやり口」を熟知する首相 

しかしここまであからさまな提灯記事で必死に擁護、というのもマスコミとしてあまりにだらしない…。  
安倍晋三政権にとってこの件の唯一のメリットは、集団的自衛権の問題での支離滅裂な国会答弁を連発しては恥を晒している真っ最中だったのが、この件で政治報道の関心がシフトして、国会での愚劣な発言が叩かれずに済むようになる程度のことだ(ただこういう面だけでは、この人は本当に運がいい)。

報道で漏れ聴こえて来たとろこでは、北朝鮮側が交渉で中心に出して来たか、ほとんどそれしか言わなかったらしいのが、朝鮮総聯本部ビルが借金で差し押さえられ抵当物件として売却されることになった一連の問題だという。

だとしたら、金正恩は独裁政権であっても、大人の政治、大人の政権であり、それに対して安倍政権と今の日本の子どもっぽさが際立つ。

総聯ビルの問題はモンゴルの企業が落札し(つまり日本とも北朝鮮とも外交関係を持ち、日本と北朝鮮の仲介を買って出る気満々のモンゴル政府のはからいであろう)、総聯は恐らくその企業のテナントとして本部を実質維持出来るようになるはずだったのが、借金問題を総聯追い出しの在日朝鮮いじめに悪用したいだけの日本政府やその意向を受けたのがミエミエのメディアの攻撃で、この件は暗礁に乗り上げてしまっていた。

これが善処されることは、タテマエだけでも北朝鮮の公民である在日朝鮮人の人権を守るには不可欠である。朝鮮総聯はまず在日朝鮮人の互助組織であるし、北朝鮮在外公館の役割も持っているとしても、だからこそそれを追い出したり仕事を妨害するのは露骨な悪意でしかない。

その人権・人道上の問題をメインに交渉で出し、あえて「拉致を再調査するから代わりに国交正常化交渉の再開を」とはほとんど言っていない一見控えめな態度で、かえって北朝鮮の立場を改善することになるし、逆に総聯ビルの借金の問題を差別に悪用した日本側の立場は微妙になる。

それにしても、総聯ビルを落札したのがモンゴル企業となると、とたんに日本のメディアが持ち出して来たのは「朝青龍」である。 
元横綱だからこそ日本とモンゴルの友好に大いに役立ちたがっている、ここ近年で最高の横綱で相撲ファンには最も愛されていた彼を、なにせ頭がいいから記者が馬鹿にされてしまったことを根にもって悪役扱いしたくてしょうがないのだから、日本のメディアと来たら本当にレベルが低下しているし、最早差別意識丸出しではないか。 
あまりにみっともない。

それにしても安倍晋三氏だけが得意満面、その首相をメディアも一生懸命に持ち上げているのが異様なのだが、北朝鮮が拉致問題の再調査をきちんとやればやるほど、安倍晋三氏の立場は実は悪くなるに決まっている。なのになぜかこの総理大臣閣下は、こんな当たり前のことにも気づかないらしい。

菅長官のしどろもどろ会見で安倍晋三もさすがに自分の考えが甘かったことに気づいたのか、本人が気づかぬまま世耕辺りが動いたのか、慌ててメディアを牽制しようと産経新聞にヨイショをお願いした模様だが、本当にこの人のやることと言ったらなぜこうも後先を考えない行き当たりばったりばかりなのか?

確かに金正日政権の段階で北朝鮮が出して来た、拉致被害者の安否情報は、かなりいい加減なものだった。「亡くなった」と言われても、その詳細があやふやな場合が多く、遺体もほとんど出て来ない、遺骨として提出されたものがDNA鑑定で別人と判明してしまえば、ご家族はなかなか納得出来るわけもない。

その心情を冷酷に利用して死亡時の状況がはっきりしないというだけのことを「北が噓を言っている、生きているはずだ」と、その金正日政権以上に非論理的でヒステリックな決め付けで世論の支持を得てしまったのが安倍晋三氏だ。

では生きているという保証はどこにあるのか?

ちょっと考えれば誰でも気づいているはずが、しかしご家族の気持ちを思えば明言はしにくいのは、逆に死亡情報があやふやであればあるほど、確実にその方たちは亡くなっているだろうと言うこと、かりに生存していても「死んだ」と当時の北朝鮮政府が言ってしまえば、その体面を保つためにすぐに殺されてしまうのが普通だ、と言うことである。

自分が言っているメチャクチャな暴論を、ご家族の気持ちへの配慮にスリ替えて、明らかな噓で奇妙な国威発揚に邁進して利用して来ただけなのが安倍氏の不誠実っぷりなのだが、金正恩政権が「ではちゃんと再調査して報告します」と言い、本当にそれをやってしまえば、安倍氏の命運は実はつきる、この10年間彼がひどい嘘つきであり続けて来たか、少なくとも現実をなにも考えられない愚か者であることが、明らかになってしまう。

つまり亡くなったと報告されている拉致被害者が実は生きていたなんてことは、普通に考えてあり得ない。気持ちの問題では認めたくない、あまりに辛いことでも、ご家族の多く(例えばお孫さんに会った横田さん夫妻や、田口八重子さんの兄の飯塚さんや忘れ形見の息子さん)は「やはり死んでいるだろう」と分かっていてもそれを口に出来ないだけだ。

改めて死亡が確認されても、安倍氏はまた「北朝鮮が噓を言っている」で逃げ通す算段だからこそ、ああも自慢げにこの件を発表出来たのだと推察できるが(だから政府高官が「茶番は承知の上」などと言い張るわけである)、だからこの人は本当に後先の計算が出来ないというか頭が悪いというか…。

政権の問題があると必ず変な殺人事件が起きて報道から隠されることが繰り返されるなど、妙に運がいいのと、そうでなくともメディアが一生懸命プロテクトしているから維持出来ている政権だと言うことが、この人にだけはまったく自覚出来ないらしい(たとえば菅長官はそこは分かっているから、あえて今回も泥を被る役を引き受けたのだろう)。

前回に北朝鮮が日本と再調査で合意しながら立ち消えになったのは金正日政権の時だ。今回は金正恩の政権で、事情がまったく異なるし、この政権は説得力のある再調査結果を出さなければ自国の立場が悪くなるだけであると承知の上で、それなりの準備や覚悟をしてこの「再調査」を出して来ている。

しかも金正恩がより慎重に準備して交渉戦略を練れるように、一年以上準備期間を与えてしまったのが、安倍晋三の政権が逃げ続けて来たことなのだから、まったくもう…。

だから「噓だ」とは言わせないだけの報告を出して来るだろうし、もし実は金正日政権下で殺害された事実があればその事実を認め、既に菅長官が会見でさんざん匂わせたように、これまで拉致被害者とされていなかった人たちが「拉致だった」と認めて謝罪すれば、北側の報告内容が噓だと決めつけることは極めて困難になる。

なにしろ、そこまで認めてしまえば、北側には噓をつく理由が一切なくなるし、殺害などの事実を認めれば、それは北側の現政権の誠意とみなされる。

安倍晋三が自慢げに吹聴した「拉致再調査」が、彼にとってとんだ地雷になる可能性は高い。彼が国民に期待させているような結果は絶対に出て来ないし、しかも北側はこれ以上日本側に「そんなの噓だ」とは言わせないカードも出せる立場にあるのだ。

ただかなり高度に大人の外交を続ける金正恩(巧いといえば巧かったにせよ父の代のアクロバティックな自爆スレスレ綱渡り瀬戸際とはレベルが違う)にも、大きな誤算はひとつあるように見えてならない。

金正恩が日本との関係改善に積極的な理由のひとつは、今の韓国のパク・クネ政権では南北関係の改善が望めない、せいぜい「お互いに侮辱合戦はもうやめよう」と呼びかけるくらいしか出来ていないからでもあろう。

そのパク・クネの韓国は日本との関係も悪化している。金正恩政権はそのパク大統領を「馬鹿だ」と思っているだろうし(そして実際に馬鹿なんだし)、日韓関係の悪化の一因が韓国大統領の愚かさにあると思っていることは充分に推測できる。

だがだとしたら、金正恩政権は一点、肝心なところで状況を読み誤っている。日韓関係がここまで悪化しているのは、安倍晋三がその愚かなパク・クネ以上の、お話にならない、なにも分かっていない、常識の通じない愚かな政権だからなのだ。

北朝鮮が今度出して来るであろう報告の内容が普通に考えれば噓だとは決して言えそうにない内容であっても、安倍晋三だったらそれでも「噓だ」と言い張るに違いない。かくして北朝鮮の期待している日朝関係の改善、今必要な経済成長のための交流の拡大も、在日朝鮮人の地位向上や人権の擁護も、すべて期待はずれに終わるだろう。

残る問題は、果たして我々日本国民が、安倍晋三がそこまで愚かであり、日本政府が歴史問題だけでなく、本来なら日本にとって圧倒的に有利な外交カードになるはずの拉致問題についてすら外交上の大きな誤りばかり繰り返して来たことに、気づけるかどうかだと思う。

よく考えて見れば、日本との関係改善は新政権下で新しい国をめざし経済成長を必要としている北朝鮮にとって重要なだけでなく、日本にとって悪いことはなにもないのだが。

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