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5/30/2014

こんな醜い妥協の産物なら、新国立競技場は建てるべきではない


2020年東京五輪に合せて新しく建て替えられることになった国立競技場は、国際コンペで選ばれたザハ・ハディドの案がずいぶんと物議を醸して来た。


なおコンペが行われた経緯はほとんど国民に知らされず、気がついたときにはこのバグダット出身の女性建築家の途方もないデザインに決まっていて、そこでやっと周辺住民の反対などが始まるというのは、相変わらずのニッポンの風景ではある。

未だに「日本の国立競技場なのになぜ外人が」という話すら出て来るのも困るわけだが(だから国際公募でコンペやってるんだからそうなりますって)、ザハ案に決まってからその計画が建築予定地の現況からすればあまりに大き過ぎることが初めて問題になるは、神宮外苑は風致地区でありこんな巨大建造物は違法ではないか、あるいは今の敷地を大幅にはみ出して幹線道路にかかってしまい渋滞まで危惧され始める、というのではコンペの運営自体がよく分からない。


さらに総工費1300億円の予定がザハ案は試算では3000億はかかりそうだということになり、大幅なデザイン変更が余儀なくされるのでは、という経緯を、僕自身はザハ案にあまり感心しなかったので多分に白けて見て来たわけだが、それでも建築費を抑え、大きさの面でも環境に配慮したという新しい最終案の中身には唖然としてしまった。




「代々木の森にこんなSFチックな宇宙船が降り立ったみたいなのは」と言うのがザハ案に対する僕の最初の素直な感想であった。


ところがいざ最終計画が発表され、並べて見せられた今では、元の設計がいかに美しかったか、とすら思えて来てしまう。

いやまあ、これでは比較すれば誰だってそう思うでしょう。

安藤忠雄が審査委員長を勤めたというコンペでザハ・ハディトの案が選ばれたのは、立地の問題や美的な趣味では反対もしたくとも、評価されたこと自体は理解出来ないことではない。

元のデザインの大きな特徴である、縦方向にスタジアムを横断する流線型の曲線の構造物こそがミソであるのに対し、最終案のデザインは、この曲線になんの魅力も美しさもなく、曲線という記号性のみ踏襲されているようにしか見えない。

建築家に言わせれば、元のデザインは「スタジアムではない、橋」なのだそうで、つまり二つの曲線は単なる美観上の要素ではなかった。

それ自体が自立する、いわば橋のような単一アーチ構造物を二つ並べて、スタジアム自体は普通に地面から柱と壁で上に積み上げられ支えられるのではなく、この二つの曲線から吊り下げられることになるのが、新国立競技場の建築的な最大の特徴だった。


この斬新な構造のアイディアこそがこの案が評価された最大の理由であろうし、国際コンペで公共建築のデザインを公募するというのは、こうやって新しい建築の在り方を切り開くチャンスを建築界に与える、という役割もある文化事業でもある。

と同時に、単なる装飾でなく構造上の必然だからこそ、元のザハ・ハディド案の二つの巨大曲線はこうもシャープで躍動感のある力学的なカーブを描いていたのである。まさにこのフォルムは、建物の本質、その設計の根幹から産み出されたものだったのだ。

口の悪い建築関係者のなかには、安藤忠雄が理工系の建築学科の出身ではないから構造計算が苦手だからこれを選んでしまったのだと言う人すらいたようだが、無論女性建築家でしかもアメリカ人でもヨーロッパ人でもないことの政治的な利点もあったにせよ、安藤だってなによりもこの構造のおもしろさに着目して評価したのだと思う。 
ただ確かに、構造計算のプロではない安藤忠雄の弱点もあるとしたら、土木の専門家でもなければこれが実際の施工でどれだけ難しいのか気がつきにくかった、ということはあるかも知れない。

いや「こんな巨大アーチ本当に作れるの?」というくらい、現代の建築土木技術の最先端に挑戦するような代物なのだ。だがそういう新しいチャレンジのため、建築史の新たな一頁を切り開くためにも、こういう巨大公共建築の公募はあるのでもある。

64年の東京オリンピックの全体像をデザインしたのは丹下健三で、今でも20世紀の名建築、丹下の代表作のひとつとされている代々木の国立体育館は、屋根を支える構造の斬新さが世界の建築界をあっと言わせ、戦後に復興した日本の建築水準の高さを世界に見せつけた。

国立代々木体育館、遠景にはやはり丹下健三設計の東京都庁と東京パーク・ハイアットホテル、および丹下事務所で息子の丹下憲孝の手がけた東京モード学園

この屋根の美しい、ユニークな曲線もまた、実は建物の構造そのものと密接に結びついているからこそ産まれたものだ。巨大な室内空間を実現する屋根を支えているのが、屋根の曲線構造それ自体なのだ。

と同時に、これが発表された時には当時の建築施工の業界は頭を抱えたのだろうし、施工技術が追いつかず、比較的最近まで雨漏りなどの問題が絶えなかった。
国立競技場
ザハ・ハディドの元デザインの特徴であり美点であると同時に欠点ともなりかねない2本の巨大なカーブの最大の問題は、湾曲の頂点でかなりの高さになり、端が今の国立競技場の敷地を大きくはみ出して幹線道路すらまたいでしまうことである。

これが「短くすればいいじゃないか」で済む話ではないのは、もうお分かりだろう。なにしろこのカーブの長さが、8万人を収容できる開閉屋根付きのスタジアムという巨大構造物の全体を支えている…というか、吊り下げているのである。短くしたり湾曲の度合いを変えてしまうだけで、その強度は維持出来なくなる。幹線道路をまたがないで今の敷地内になるべく納めるのなら、スタジアム部分の重さを減らす、つまり規模を小さくするしかない…

…と、このデザインが国際コンペで選ばれている以上は、誰もがそう考えるはずだ。スタジアム自体がこの二つの曲線から吊り下げられることが設計コンセプトの要であり、それはさすがに無視できない。無視したらこの案を選ぶ意味がない。

そこへ国立競技場を管理する文科省傘下の独立行政法人日本スポーツ振興センター…というか要するに文科省が出して来た、総工費を1700億に抑えたという最終計画が、ザハ・ハディドの当初案以上に、それも今度はただ悪い意味で、我々の度肝を抜くべき代物であるのは、改めてその全体イメージを見るだけでもうお分かりだろう。

大きな曲線二本がスタジアムを縦方向に貫く見た目だけは踏襲されているものの、元のデザインにあった流線型の躍動感がまるでない、寸詰まりで単調で、力強さのかけらも感じさせないことには一目で気づく。

これでは当初構想が骨抜きどころか、まるで別物だ。

元の設計案の仕掛けを知っていれば、なぜこんなに無粋でかっこ悪いのか、理由は明白になるだろう。

最終案の二つのカーブは、ただスタジアムの上に張り付いた屋根の支えでしかなく、スタジアム本体はごく当たり前に壁と柱で支えられた平凡な構造に、安易な装飾性をゴテゴテと付け加えただけの代物だ。二つの曲線に至っては屋根を支えるだけなら大きさが桁外れな以外はとくに斬新でもないし、鈍重で平板で寸詰まりにしか見えず、建物をかえって醜くしている(それでも前代未聞の大きさで金額は相当なものだ)。

なぜこうなってしまったのか?ザハ・ハディドの元の構想を生かしながら、幹線道路にまではみ出てしまう問題を解消するには、全体の規模を縮小するしかなかったはずだ。

ならば観客収容8万人が本当に必要なのか、ということも建築費や維持費の問題からして検討されてしかるべきなのが、文科省はオリンピック招致の際に8万人規模の屋根付き競技場を建てるとアピールしてしまったとかで、そこは譲れないらしい。

8万の観衆を集める巨大イベントの需要がそんなにあるのか?

独立行政法人JSCの側では、採算を合せるため年12回のコンサート使用も予定しているとか…って、そんな大人気のミュージシャンがそんなにいるとも思えないし(月イチでジャニーズ事務所専属になるとか?)、だいたいこれ「国立競技場」でしょう?教育スポーツ行政の一貫じゃないの?

2020年オリンピック開会式だって、そこまで観客が集まるかは怪しいのではないか?ここまで無様な建築をただ8万人収容と屋根付きだけで強行し、文化的に意味がないどころか妥協の産物に落ちぶれるだけでなく、将来すぐに無用の長物になりはしないか?

僕は実は丹下健三だってそんなに好きではない…というのは高校生くらいの時に東京都庁の新築コンペというトラウマがあり、そこで選ばれたのが今もみなさんご存知の、恐らく丹下の最悪の作品であろうあの都庁だ。
当時めきめき頭角を表していた磯崎新の都庁コンペ案がとても美しいものだったのが、なんでも巨匠・丹下によれば「パリのノートルダム寺院へのオマージュ」という(って地方行政のお役所ですよ、なぜ教会?)あの意味不明の二つの塔である。


とはいえそれでも、大人になれば丹下の国立代々木体育館や広島平和記念資料館がすごい傑作であることは認めざるを得ないし、丹下は第二次大戦後の世界に衝撃を与えた天才建築家であると同時に、64年東京オリンピックをひとつの契機とした丹下の東京都市計画の構想は、日本のひとつの時代を象徴するものでもある。

日本政府ではなくフランス政府が、ル・コルビュジェの国立西洋美術館を世界遺産に申請しているが、高度成長の時代の始まりに天才丹下が構想した一連の東京オリンピック関連建築物もまたそう申請されるべき価値がある、とも言えるのである。

国立代々木体育館ほど凄いとは思わないにしても、国立競技場もまたそうした日本の過去の、輝いた歴史の記念碑なのだ。それを取り壊して新しいものを建てるなら、それにふさわしいだけの建築でなければならないはずだ。

国立代々木体育館建設現場の丹下健三
好き嫌いやコンセプトについての意見の相違はいくらでもあるにせよ、ザハ・ハディドには新たな建築を目指す強烈な意志もあり、当初案にはそれだけの構想も目指したものだとは言えるものがあった。

いや僕らが「こんな宇宙船みたいなの」と思ってしまったのは頭が古いだけなのかも知れない。少なくとも言えるのが、彼女の発想自体が、64年の丹下の国立体育館がそうであったような建築構造の新たな挑戦、スタジアム建築として前代未聞の斬新なものだったということだ。

だが最終的に発表された案は、原案を形だけは踏襲したつもりでいても、中身はまるで別の平凡なもの、それも無駄な装飾があるだけで平凡どころか出来の悪い建築でしかない。

それもそうなってしまった経緯は、いかに今の日本の行政がだらしなくなってしまったかの象徴みたいな話である。

なにしろ案が発表されてやっと批判が起こった中には違法の可能性すら含まれ、都市計画の観点では無茶苦茶で建築費が大き過ぎると叩かれ、付け焼き刃の対応で、しかし「屋根付き競技場で収容人員8万人」というなぜか文科省が拘るIOC相手の見栄というか媚ばかりを最優先した結果の、どうしようもない妥協の産物でしかない。

今からでも遅くはない。

こんな珍妙な妥協の産物なら、8万人の収容人員が必要かどうか(オリンピックでさえ競技本番でガラガラに見えてしまいはしないか)も含め、いったんこれは白紙に戻し、今や日本の戦後の歩みが刻まれた歴史的建造物である現状の国立競技場を生かし、改修する形にした方が、まだ先進国・文化国家としての日本の体面は立つのではないか?

それに昨今の国際オリンピック委員会の方針である「無駄遣いはしない、設備はなるべく新設はせず、大会終了後も有益に使い続けること」にも合致する。

1936年のベルリン・オリンピックのスタジアムは未だ現役だ。ロサンゼルスのオリンピック・スタジアムは1932年と84年の二度の大会で使用された。

丹下の名作を中心とする代々木と外苑の東京オリンピックに関する建築群が、56年の時を経て二度の五輪大会をホストするのは、併せて世界遺産にでも登録申請でもすれば、むしろセールスポイントにだってなる。

ザハ・ハディド氏本人がこの最終案にどこまで関われたのか、彼女が納得しているのかは知らない。それは巨大コミッションを受注しながらそれを取り消されるのは、気鋭の女性建築家にとっても大きな損失にはなる。

とはいえここまで自分の構想を骨抜きにされた、見るからに醜悪な代物に自分の名を冠されることの方が、アーティストとしての彼女にとって不名誉であり、もうほとんど許し難い侮辱にも見えて来てしまうのである。

そして同時に、こんなひどく無教養な妥協と化した新国立競技場を建ててしまえば、それはこの国にとって不名誉であり恥さらしにしかならない。

まったく、「愛国心」を称揚し民族の歴史だ伝統だと言いたがる割には、なぜ今の内閣はこうも歴史を軽視しながら新しい創造も殺す、世界に日本の恥を晒すようなことばかりやるのだろう?

1 件のコメント:

  1. 匿名1/07/2017

    なぜ古い国立競技場をつぶしたのか?
    立派なレガシーなのに?
    壊して建てて、また壊して建てる。 愚かな人間!

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