最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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6/21/2017

いったい何のため?誰のため?加計学園、共謀罪、安倍政権の止まらない暴走




安倍政権の暴走と腐敗が厄介なのは、安倍晋三本人にいわゆる普通でいう私利私欲がほとんど見えないところだ。

森友学園、そして加計学園との不透明な関係をめぐる相次ぐ疑惑にしても、安倍自身が贈収賄に問われるわけではないし、カジノ法案の強行採決でも、今国会に突然持ち出した「共謀罪の構成要件を厳しくした(ことになってない)テロ等準備罪」でも、彼自身が利権や利得、恣意的に用いられる権限を確保できるわけでもない。

安倍晋三が執着しているのは単に、「いちばんエラい人」の地位にあること、そのことで周囲に褒めてもらえ、尊敬されたいだけのようにしか見えない。

強行採決を連発した問題法案も、ただこれまで自民党が断念して来た立法を自分の政権は成し遂げたのだ、と言いたいだけなのかも知れない(ただしカジノ法案だけは別で、あれは明らかにトランプのアメリカへの媚び売り)。

森友学園のいわゆる「安倍晋三記念小学校」でも、8億の国有地値引きが安倍たち政治家にキックバックされたわけではない。ほんとうに総理の権力でただ自分が理想とする小学校を作りたかっただけ、そのために資金繰りの苦しいところをカバーしてあげたかっただけのようだが、ならばなぜそれまで幼稚園経営しかしていない、弱小の、たぶんに風変わりで、採算性や経営の継続性に疑問符がつくような学校法人に頼ったのかも、わけが分からない。そんなところにやらせるから8億円の優遇が必要になったのだろうし、自分が教育勅語の暗唱とか、ああいう教育方針を理想としているなら、堂々と政策でやればよかったではないか?

第一次政権の時には教育基本法を改正(?)したではないか。 
なぜ教育勅語を理想とする教育が日本に必要だと考えるなら、自らの政策として提起しなかったのか? 反対が多いと思うのなら、粘り強く誠実に、丁寧に説明して訴えるのが政治家の最大の仕事だということが、どうもこの人にはまったく理解できていないらしい。

加計学園の獣医学部は、今治市に37億円相当の市有地を無償譲渡されているし、国家戦略特区が通ればさらに市と愛媛県から100億規模の補助金が動くとされている(ただし愛媛県に詳細の話は一切いっていないし、県もなにも約束していない)が、これらの補助金だって安倍が横領できるわけではもちろんなく、金銭的に得するのは加計孝太郎サンと、安倍と加計双方につらなる日本会議人脈の土建屋等々だけだ。

安倍サン本人はこのオトモダチ連中にひたすら尽くすためだけに、行政を私物化して官僚相手に権力を奮い、恫喝さえ繰り返しているのが、このスキャンダルの本質的な構図なのだから頭を抱えさせられる。

森友学園スキャンダルも加計学園問題も、いったいなんのために安倍さんはこんなことをやったのか?

そうでなくとも加計学園の獣医学部の新設は、相当に無理がある計画だ。その推進に深く関与して「総理の意向」だと文科省に迫ったらしい内閣府の藤原審議官すら、その実現性にはかなり疑問も持っていたことが分かっている。学生が集まるのか、という共通した懸念は、今治市議会からも出ていた。

昨年10月21日付けのメモでは文科省に激しく迫っていたことが記されている萩生田官房副長官も、同じ10月の上旬の段階では、平成30年4月開学は無理ではないか、と疑問を呈していたはずだ(10/7付けメモ。文科省調査では未確認)。

だいたい、閣議決定された獣医学部新設の要件である、既存の獣医学部では対応できない高度な最先端の研究教育なんて、はっきり言えば三流大学でしかない岡山理科大に出来るとは、誰も思っていない。それどころか教員がちゃんと揃いカリキュラムが組めるのかさえ不安がある学部計画を最終的に認可するのは、獣医学部なら獣医学の専門家を中心とする委員が揃った審査会だ。

なのに安倍の意向を忠実に実践したいらしい地方創生大臣の山本幸三は日本の獣医師業界を侮辱中傷までしている。安倍の周囲からも獣医師会を抵抗勢力だ、既得権だと、名指しで中傷する言説も後を絶たない。ここまで反発を買っても、それでも審査会が公正な審査を心がけようにも、計画自体が元から認可を出せるような代物でもないのだ。

国家戦略特区の審査に提出された計画もたった2ページだったそうで、一応はもっともらしく最先端っぽいことを列挙してみたら、MERS(中近東呼吸器症候群)をMARS(惑星の火星)と書き間違えて国会で問いつめられるお粗末さだった。

「行政が歪められた」という文科省の前次官・前川喜平氏の告発に反論したかったのなら、安倍政権はこの獣医学部計画がいかに素晴らしいもので、新設の要件ももちろん満たして、最先端の施設を揃え、気鋭の研究者や臨床医が教育に当たるものだとでも示せば、「総理のオトモダチだから優遇された」という疑惑は払拭できたはずだ。なのにその肝心の反論は一切ない…というか、出来ない。

だいたい、そんな獣医学の最先端の「ライフサイエンス」や「人獣共通感染症」研究なら…というか、これはどちらも獣医学の専門ではなく、医学部や生物学、遺伝子工学、情報工学の最先端を横断する分野だなのだが、だからこそ新設の獣医学部で対応するよりは、既存の獣医学部のなかでもトップクラスの医学部や理学部を持つ、たとえば旧帝大系の国立大や、北里大などの理系で超一流の私大にやらせた方が、どう考えても政策として合理的だ。そうした超エリートの研究成果なら、そのまま日本の「成長戦略」として売り出し得るのだし、ならば「国家戦略」にもふさわしかっただろう。

だいたい獣医師の需給の問題がどうやったら「国家戦略」に当たるのかからして意味が分からない。安倍氏にはぜひ説明して欲しいが(和牛の輸出を増やす、とか言い出すならまるで「風が吹けば桶屋が儲かる」だし、対EUのEPA交渉でも、畜産分野でかなりの妥協をすると流れだ)、確かに家畜医に関しては慢性的な不足が東北や北海道では深刻だとされる。

ならば新設する獣医学部はとくに家畜の専門医の養成に重点をおいたカリキュラムを提案すれば、まだ国家戦略特区として通す理由にもなるだろう。

だがそれを言った瞬間に軍配が上がるのは、今回の疑惑で不透明な手段で応募できないようにされた京都産業大の方だ。ここの計画の目玉のひとつは、京都府内の酪農地帯に設置して、地元の牧場と連携して実際に牛を診る実習がたっぷり出来ることだった。

一方、加計学園の計画はどうかと言えば、先述の、文科省が公表した、常磐高等教育局長と萩生田光一官房副長官とのやりとり(2016年10月21日付け)をまとめた部署内共有のメモには、驚くべきことが記されている。

愛媛県は、ハイレベルな獣医師を養成されてもうれしくない、既存の獣医師も育成してほしい、と言っているので、2層構造にする 
「ハイレベルな教授陣」とはどういう人がいるのか、普通の獣医師しか育成できませんでした、となると問題。特区でやるべきと納得されるような光るものでないと。できなかったではすまない

(同メモの全文はこちら

「誰が言ったか」以前に、まずミもフタもなく、あられもなく、「加計ありき」そのもの…どころの話では済まない。

加計孝太郎氏が獣医学部を新設したがっているから「国家戦略特区」に獣医学部を含め、政策として実行するにはさすがにそれが許容される条件がつくのは当たり前なのだが、加計学園の計画はおよそそんなレベルにない。さてどうしてあげたらいいのかと、と政府で解決策を話し合って知恵を探してあげようとしている、それを結局は文科省に丸投げしたがっているわけだ。

いったいどこまでサービスがいいんだ安倍政権?

萩生田氏は自分は一切なにも言っていないかのような印象操作を必死に言い張っているが(実際には、一部に自分が言っていないことが紛れ込んでいると主張しているだけで、その先をねじ曲げて文書全体が噓であるかのように言い募っている)、こんなのは「誰が言ったか」の問題ではない。安倍政権自体の「政治主導」のいい加減な不透明性こそが問われてしまう。

ちなみに前川喜平氏はこのメモと、面談の中身は承知していないという。メモで提案されているように常磐局長が加計学園の関係者がその後会ったのかどうかも、「報告を受けていませんから知りません。その頃には大臣・副大臣と直接やりとりしていたようです」というわけで、なんのことはない、かなり粘り強く抵抗しようとした前川氏は、次官つまり事務方のトップだというのに、この案件で蚊帳の外に追い出されていたのだ。 
省庁のガバナンスとしてあり得ない珍事だ。いったい誰の意向でこんな異常事態が強行されたのかといえば、まあ答えはほの分かり切っていて二、三人に絞られるし、誰かの「忖度」でもない。 
二、三人というか、安倍首相、菅官房長官、和泉首相補佐官の直接的な意向だろう。

閣議決定を経た要件に対応できていない加計学園の計画について無理矢理に辻褄を合わせる手段すら思いついていないことをそのまま文科省の官僚に丸投げしてその頭を悩まさせながら、一方で「国家戦略特区」なのにその目的に反する県の要望を聞き入れるような会話まで交わされている。これでは日本の「成長戦略」のための「特区」ではなく、むしろ(こう言っては悪いが)僻地で経済が伸び悩む地方の県を保護する新たな規制を作っているような話だ。

それが悪い、というのではもちろんない。むしろ必要な支援策に属するものにすらなり得る。ただしそれなら「構造改革」「規制緩和」で経済成長を促す新自由主義的な政策とはむしろ真逆な、社会民主主義的な施策のはずだ。

愛媛県の産業振興や、タオル製造のブランド化だけは成功したものの、従来の工業中心の産業構造が過疎高齢化もあって衰退している今治市への救済処置的な政策的援助なら、必要だ。だがそれは「成長戦略」のための「構造改革」で「岩盤規制」を打ち破るのとは、まったく異なった、むしろ正反対の政策的方向性になる。

それに少子化で全国で大学経営が苦しい現状があるのに、「学園都市構想」が有効だとも思えない。

まだ学力的にもトップクラスの有名校とか個性的な教育が売りになるブランド性があればいいが、こう言っては悪いが「たかが岡山理科大」ではそれも無理で、「そもそも学生が集まるのか?」という当然の疑問が出て来ると、途端に「学歴差別だ」「一生懸命やってるじゃないか」と、妙に浅薄な情緒論が飛び出すのも、安倍政権とその熱烈支持層の常だ。

加計学園・岡山理科大の獣医学部構想は、どう見てもごく一部の関係者以外には誰の利益にもならない計画で、「国家戦略」とは真逆に国民や日本経済にはなんのメリットもない。

愛媛県にとっても今治市にとっても、同じ労力と金をかけるならより実効性のある振興策を検討するのも、トップダウン政治主導の「国家戦略特区」ならせめてそれくらいは政府が考えなければならないはずだ。

これではこの安倍政権の売り物政策のひとつだったはずのものが、完全に羊頭狗肉と化す。

しかも、そのごく一部の利益を得る関係者に、安倍晋三首相自身が含まれるカラクリも想像がつかないのだ。萩生田氏ならば落選中に加計学園系列の千葉科学大学に客員教授として雇ってもらって救われたらしいが、それだってそんなにたいした金額でもない。

では安倍さん達はいったい誰のためにこんな無理な、自分達でその政策的な正当性を説明すらできない計画をゴリ押ししたのかといえば…安倍さんが「腹心の友」の加計孝太郎さんのために尽くす、純情な友情物語くらいしか、動機が思い当たらない。

厄介なのは私的なレベルなら「腹心の友」にひたすら尽くした熱く麗しい友情になることでも、行政府の長(「立法府の」ではない、念のため)には許されない政治の私物化、行政の公平性を著しく損なう「えこひいき」になってしまうことに、安倍にもその周辺にも、熱烈な支持層にもまったく理解できていないらしいことだ。

いやむしろ、彼らは「日本でいちばんえらい人」の友人であったり味方である自分達が「反日」の「敵」よりも優遇されて当然だ、と信じて疑わないでいる。

昨年暮れのプーチン露大統領来日時にも安倍の誇示したい「首脳どうしの信頼関係」や「外交成果」を言われるがままにテレビで垂れ流したジャーナリストの山口敬之がレイプを警視庁にもみ消してもらった疑惑も、「日本のため」に首相に尽くして来た山口氏がそんな訴えで逮捕されることこそ彼らには許し難いことで、被害者の若手ジャーナリストの詩織さんこそ「反日」のハニートラップだということになるらしい。

この事件は密室内の合意の有無が争点になる微妙な準強姦罪になるが、それでも被害者の証言に悪質性を見て取った所轄署が緻密な捜査で証拠を積み重ね、裁判所が逮捕令状の発行に踏み切ったという客観的な現実と、法があくまで公正に執行されるべき社会の根本倫理は、彼らにはどうでもいいことなのだ。

これは「テロ等準備罪」と偽装された、実際にはテロとまったく関係なさそうな罪でも共謀に基づく準備段階で処罰するからには「共謀罪」以外のなにものでもない、正式には「組織犯罪処罰法改正案」についても言える。

強行採決の参院本会議では野党の反対討論に「共謀罪で逮捕してやるぞ」という野次が与党席から飛んだ。

安倍を取り囲む人たちはこの法にそんな欲望とファンタジーを投影しているし、安倍政権はそんな周囲の人々の願望を満たすために、この新法を強行することを自らの使命として課していたのだ。

安倍がいきなり今年の憲法記念日に合わせて打ち出した「改憲案」も、同じような不可思議な、妙に感情的で薄っぺらに情緒的な動機ばかりが見える。

憲法9条2項の戦力不保持・交戦権否定の条項を変えるという元々の自民党草案なら、多くの国民にとっては賛成はできないし「改悪」にしかならないにせよ、「改憲」することの意味はある。既存の自衛隊の憲法上の制約を変えて日本の安全保障を強化し軍事力を拡大することには、確かにつながるからだ。

「改憲」によって国と社会の有り様がどう変わるのかなら、国民的な議論の価値は確かにある。だが安倍の満を持してのはずの改憲提案は、まったくそうではない。安倍の言う通りに9条の1項2項はそのまま、つまり今の憲法上の制約と同じ限定をかけたまま「自衛隊」を書き加えたところで…

「現状維持ならどう憲法に書こうがただの無駄です。日本の安全保障が高まることは1ミリもない。自衛官の自信と誇りのためというセンチメンタルな情緒論しかよりどころはありません」長谷部恭男・早大名誉教授(憲法学)
http://digital.asahi.com/articles/ASK6L5QP6K6LUTFK00K.html?rm=1299 

…となってしまう。

だいたい安倍が改憲派の集会へのビデオメッセージや読売新聞のインタビューで述べた改憲の理由が、まさにそのセンチメンタルな情緒論で、憲法学者の一部が自衛隊を「違憲」という状況を変えたい、というだけの内容だった。

この安倍改憲案には、単に「改憲」をやった功績を自分のものにしたい、自民党の長年の悲願だった9条に手をつけることを自分は成し遂げたのだと言いたい、という安倍自身の願望も動機としては確かに見える。だから「改憲」ありきで、なにも変わらないのだから「自衛隊」を書き加えるくらいならいいだろう、という開き直りの理屈だ。そしてそんな子供染みた名誉欲以上には、安倍自身がこの改憲で得られるものはなにもなく、日本の将来を安倍の望む方向に変えること(「美しい国へ」ですか?)にもならない。

共謀罪もやはり自民党右派の「悲願」で、これまで再三廃案となってきたものだが、その強行の恩恵で巨大な捜査権力を手にするのも一部警察官僚であって安倍ではない。

むしろあまりに広範囲な罪状に適用されるこの新法は、逆に安倍の周囲や「味方」に対しても適用できてしまう内容になっている。

たとえば「組織的信用毀損罪」までがなぜか「テロ等」に含まれ対象犯罪になっているのがこの新法だが、自民党は「ネットサポーターズ・クラブ」とやらを組織していて、その会員を自称するネット・ユーザーはさかんに組織的・集団的に野党議員であるとか政権の批判者を「炎上」させようと嫌がらせや中傷を続けている。

その中傷や攻撃の中身は、たとえば加計学園問題で与党を追及する議員が獣医師会から政治献金を受けていると言った、そうしたいわゆる「ネトウヨ」の能力では得られそうにない情報を連呼していたり、一部のジャーナリストが官邸筋の情報として言及する噂を、それがテレビ等で発信される前から先取りしている。

こうした外形的な事実だけでも「自民党ネットサポーターズ・クラブ」の会員たちに自民党から情報が流され、その「炎上」騒ぎが組織的に特定個人や団体の信用を毀損する目的で共謀されたものであることが、容易に推測できてしまう。

いざ「共謀罪の要件を厳しくした(ことにまるでなっていない)テロ等準備罪」の適用第一号を全国の警察が競い合った場合、真っ先に目をつけられそうなのが自民党とその一部支持者、という冗談みたいなことも起こりかねないのが、この法の実際の中身なのだ。

ちなみにこのことに遅ればせながら気づいたのか、政府では成立ギリギリになって、SNSのやりとりだけでは共謀の証拠にならない、という解釈を言い始めた。 
だがそう解釈する条文上の根拠は見当たらない上に、そういう限定された運用ならば現代もっとも危険視されるISIS(イスラム国)やアルカイーダ系のテロは対象外になってしまうので、元々既存の予備罪にほとんどなにも付け加えないこの新法は、ますますもってテロ防止にはなんの役にも立たなくなる。

警察の中枢・上層部はもちろん、当分は安倍に恩義を感じて安倍の敵を潰すためにもこの法律を使うことも考えているだろうが、いくら安倍やその熱烈支持層が「反日」と断じようが、野党と北朝鮮政府やら全共闘崩れのかつての革命集団との「共謀」なぞ立証できるわけもなく、野党議員を潰すことなぞ出来なしない。

だいたい、共謀罪の適用第一号が政治性を持つ団体や市民運動になれば、国連人権理事会の特別報告者から示された懸念が現実になってしまい、政府は激しく非難され、政権支持率も暴落するだろう。

安倍政権にしてみれば共謀罪を成立させた直接のメリットは実のところその程度しかないし、むしろこれまでも政敵潰しに協力してくれた彼ら(たとえば前川喜平氏にしてもなぜまったくプライバシーに属する夜の行動が官邸に把握されていたのか?台湾政府が蓮舫氏の台湾戸籍を破棄していなかったと調べたのは誰なのか?)に報いたいのと、安倍にとってより重要なのは、これまで自民党右派が念願しながら廃案になって来たものを自分は実現したのだ、という自己満足しか見当たらない。

これは特定秘密保護法でも、安保法制つまり集団的自衛権行使の合法化でも同じことだし、憲法改正こそその最たるものなのは、既に述べた通りだ。

自民党の先輩達ができなかったことを自分が実現したという、その先輩達への奉仕の献身と、彼らを超えたという自己満足だけが、彼をこうした強行手法へと突き動かしている。

だからどんなに腐敗していても、安倍本人には古典的な政治腐敗の動機である金銭欲などは、その無茶苦茶な政治の私物化の政策には関わっていない。

一方で、現行の刑法は、政治腐敗についてそうした古典的な私利私欲しか想定していない。

金銭欲に目がくらみ行政をねじ曲げれば犯罪だが、安倍が行政をねじ曲げる動機はある意味でとても「純粋」だ。オトモダチや自分を助けてくれた者たちへの恩返しは、個人の私的なレベルだけで見れば、うるわしい友情物語になる。

だから加計学園にせよ森友学園にせよ、これほどのスキャンダルでも、贈収賄がらみの刑事罰には問えない。

だがもちろん、安倍自身が贈収賄などの刑法犯には問われないことを持って「違法性はない」というのは詭弁だ。

安倍個人の法的な刑事の責任、というか犯罪は問えないからといって、行政府として法令と、憲法に根本的に違反していることに変わりはない。

ちなみに森友学園スキャンダルに至っては、動機はもうあまりに笑ってしまう子どもっぽさだった。要するに安倍は「安倍晋三記念小学校」ができることが嬉しくてしょうがなかった、その喜びを自分に与えてくれた籠池泰典氏(というか、その周囲の日本会議人脈)に恩義を感じて、一生懸命に助けてあげただけなのだ。夫人の安倍昭恵は幼稚園児の「安倍首相がんばれ」に感動して感涙してしまうほどナイーヴだったが、同じ子どもっぽさを安倍晋三も共有している。

安倍晋三内閣とは「ブタもおだてりゃ木に登る」政権なのだ。ブタは一生懸命に果物がいっぱいなった木に登り、下で自分をおだててくれるオトモダチのために一生懸命にその果物を落としてあげることに、無情の喜びを感じているのだろう。

そのために安倍が注ぎ込んでいる努力は途方もない。彼自身の損失だけで済むのならまあ身から出た錆というだけで別に構わないのだが、国会の審議時間が安倍のくだらない時間稼ぎの珍答弁で浪費され、行政の実務を担う官僚が振り回されるのは、国民的かつ国家的な、重大な損失になりかねない。

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