
原節子が9月に亡くなっていたことを、親族が先頃公表した。二ヶ月以上黙っていたのは、本人が「騒ぎにしないで欲しい」と言い遺していたからだという、いかにも原節子らしい終わり方だった。42歳での突然の引退は、いろいろ憶測しても始らないと思う。
とはいえ、いろいろ言いたくなるのが人情というもので、東京新聞のコラムでは『東京物語』で原演ずる紀子が言う「いいんです。あたし、歳とらないことに決めてますから」と言う台詞を引用していた。http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015112702000171.html
だが『東京物語』の、このもっとも恐ろしく哀しい台詞のひとつが、ただ「永遠の処女」で42歳の美しさの絶頂で引退した原節子を修辞する言葉としてしか受け取られなくなったのだとしたら、確かに文字通り「戦後は終わった」のだ。
夫・昌二が出征したまま帰って来ない8年間、ずっと平山家の嫁であり続けて来た紀子と、息子が戦死したのかどうかすら分からない平山夫妻にとって、戦争が終わって8年のあいだ、時間は止まっているのだ。紀子が「あたし、歳とらないことに決めてますから」と言うのは、彼女の時間が止まっていることを示す言葉なのであり、平山夫妻が気を揉むのは、自分達はいいがまだ若い彼女を、この止まった時間のなかに留めたままでいいのだろうか、ということである。
『東京物語』の家族が崩壊するのは、次男と共に時間が止まったままの父母、そして紀子と、生活を続けなければならない長男、長女、三男の進み行く戦後日本の時間が、根本的に相容れないものであるからだ。と、同時に、空襲で焼け野原になったのがたった8年で大東京として復興していた東京を、その繁栄の裏にひっそりと戦争の傷を隠し続け、その両者が断絶を抱えながら共生している都市として、小津は映し出す。『東京物語』はそんな1953年だからこそ成立する日本の慎ましい肖像であり自画像であることをひっそり、分かるものにだけは分かるように秘めやかにあり続けているからこそ、普遍的な家族の物語として永遠に輝くのだ。
そして母とみは死に、父周吉は紀子に形見としてその時計を与える。もう紀子の時間が止まったままではいけない、と残酷な宣告を、最大のやさしさで伝えるために。
1945年8月15日から始る侯孝賢の『悲情城市』では、中心となる林家の四兄弟のうち、次男が日本の軍人としてルソン島に行っていて、そこから帰って来ていないままだ。これは侯の小津への密やかなオマージュなのかも知れない。
いや、『悲情城市』は1980年代の民主化でやっと台湾史のもっとも困難で残酷な時代(日本植民地から中華民国に復帰してから本土を追われた中華民国政府が台湾に移るまでの四年間)を語れるようになった侯孝賢たち台湾の映画人にとっての『東京物語』なのかも知れない。その四年間に始った苦難と戒厳令の時代が終わった時、それを忘れないため、語るために作られたのが『悲情城市』なのだから。
小津安二郎『麦秋』 |
侯孝賢『悲情城市』 |
台湾の人たちは、その暗黒の歴史が終わった時に、この映画と、『クーリンチェ少年殺人事件』(エドワード・ヤン)という二本の映画が産まれて幸運だったと思う。もちろんこの二本の映画が台湾で多くの人が見て来た作品では必ずしもないことも事実なのだが、それでも台湾の人々が自分達の複雑な歴史を見つめられているからこそ、今や東アジアでもっとも民主主義が定着している国になったのは間違いないはずだ。
それならわが日本はどうなのか、ということになる。原節子は10代で1930年代にデビューし、日独合作の『新しき土』(1937)で彼女を見たアメリカの大プロデューサー、デイヴィッド・O・セルズニックがアメリカに招いて世界的スターにする、と野心を燃やしたという伝説がある。それは日中戦争でどんどん日米関係が悪化するなかであり得ない夢となったが、原が文字通り国民的大スターとなったのは戦後、大柄で目鼻立ちのくっきりした、ある意味日本人離れした原節子の健康的な美しさが、新しい民主主義の時代を象徴するものにもなったからだ。
今井正監督『青い山脈』 |
黒澤明監督『わが青春に悔いなし』 |
原節子はなぜ1962年に引退したのか?高度成長が始った日本において、既に占領が終わって新日本が始った1953年の時点で時が止まっていた紀子のような存在の、居場所はどんどんなくなって行った。戦後まもなくの平和と民主主義への歓迎すら、経済復興のなかで次第に色あせて行った。
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成瀬巳喜男監督『山の音』 |
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黒澤明監督『白痴』 |
それにしても今から見ると、原節子の絶頂期だった1949年から引退までの時代、日本映画は現代なぞよりもずっと女性の人格を尊重し、女性をきちんと人間として見る映画になっている。これも皮肉だ。
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小津安二郎『秋日和』 |
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