最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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11/13/2007

英国発:「テロとの戦争」というパラノイア

まずはこの写真にご注目。北イングランドのかつての鉄鋼都市・シェフィールドの交通標識なのだが、柱が妙に上に伸びて、その先が曲がって下を向いているのは、先端に監視カメラが仕込まれているからなのだ。こんな標識が町じゅうに立ってるのだから至極気持ち悪いのだが、最近イギリスは市街に監視カメラが配置されている数が世界一だかなんだか、なんだそうである。

まあ「テロとの戦争」の名の下に行われた主にアメリカのアフガニスタンやイラクの侵略戦争で、アメリカ最大の同盟国は大英帝国である。もっとも熱心に同盟をアピールしたがってるのはその実わが日本帝国なのかも知れないが、幸いにして憲法上の制約のおかげで(この憲法を“押し付けて”くれたことをアメリカさんに我々は感謝してもいいくらいだ)直接軍事的に関わってるわけでなく、イギリスに較べれば国際社会ではずっと目立たないで済んでいる。一方イギリスはブレア首相の時代にずいぶん派手かつ無節操に「テロとの戦争」などとわめいてしまった上に、元々イラクもアフガニスタンも大英帝国の植民地支配で困らされた国々だし、内戦がたえないのだって英国が主導権を握って決めた、わざと平和になりにくい国境線の引き方がそもそも悪い、という見解も多くの専門家が指摘するところである。そりゃ英国がイスラム過激派のテロリストに狙われても当然といえば当然で、2005年の夏にはロンドンの地下鉄とバスが攻撃されてかなりの被害が出ている。というわけで「テロ警戒」。

あとサッチャー/メイジャー政権の大失政で、元々かなりの階級社会の英国で労働者階級がズタズタにされた上に、これまたサッチャー政権で教育に妙な競争原理を持ち込んだせいで労働者階級の子どもがまともに教育も受けられず、これまたサッチャー/メイジャーが産業空洞化の対策をまったくとらなかったから産業空洞化----ことシェフィールドは産業革命の時代から鉄鋼産業の都市として栄えて来て、今は産業空洞化で落ちぶれつつある、そのなんとも暗い気分が町中に漂ってすさんで陰鬱な街でもある----、というわけで日本でも問題になったNEET(ニート)ってのも英国が故郷ですね、ハイ。日本のNEETと違って引きこもったり渋谷で遊んでる程度では済まないわけで、若者の不満で都市部の治安悪化、それを防ぐために監視カメラ、というわけなのだろう。

…と書いていて、本当にバカバカしくなって来る。それで治安が悪くなったから監視カメラ・システムに税金を注ぎ込んだ上、監視されっぱなしという不愉快な生活を強いられる。

イギリスを旅行してもっと不愉快なのは、空港のセキュリティである。厳重さではアメリカと同じくらいだと思うし、日本だってそれなりに厳重なのだが、我がニッポン民族はとくにサービス業での気配りと、様々な手続きを迅速にこなす手際のよさでは傑出しているので、成田空港でそんなに困らされることはない。アメリカのセキュリティは無愛想だが、仕事は早い。それに較べて英国人というのはとにかく手際が悪いというか無駄が多いというか…。とにかくダラダラとやたら時間がかかるのである。その上ヒースロー空港では、空港の搭乗セキュリティ圏から出ることがないので普通の空港ならノーチェックの乗り継ぎですら、セキュリティ・チェックが入るのである。かくして乗り継ぎのときでも、飛行機から降りたとたんに1時間もセキュリティの列で待たされることはザラなのだ。

ちょっと脱線してしまうが、その上確か今年から、イギリスでは一切の公共の屋内での喫煙が禁止になった。だからヒースロー空港では喫煙所がない。ヒースローで乗り継ぐときには、乗り継ぎの案内は無視していったん空港から出てしまいましょう。しかもヒースローから飛行機に乗る際のセキュリティ、つまり出発ロビーから搭乗口に向かうセキュリティの方が、乗り継ぎよりはまだ空いている場合の方が多いのだから。やんなっちゃいます。

「テロとの戦争」で頑張っている人々は、ものの見事にビン・ラディンの思惑にはまってるんじゃないか。9/11事件で数千人の犠牲者を出すことに成功しようが、その程度でアメリカやイギリスという植民地主義大国を倒せるなどと、彼らが思っているはずがない。だが「テロとの戦争」は、確実に我々のまともな生活を阻害してくれているのだ。ビン・ラディンが直接手を下すのでなく、「テロリズム」の脅しによって我々の政府をパラノイアに陥れ、その罠にみごとにはまった間抜けな政府が「セキュリティ」の名において我々の日々の生活にいろいろと些細な、しかし積み重なれば明らかに我々の気分にイヤ〜な影響を及ぼして落ち着きや冷静さを失わせるイヤがらせを、他ならぬ自分たちの市民に与え続けさせるために。

新テロ特措法を強行採決するのに、与党はまたまた「国際社会の一員」という薄っぺらな美辞麗句を繰り返している。我々日本人はどういうコンプレックスからなのか、すぐに外国をお手本にしたがる癖があり、「国際社会の一員」とか「グローバルスタンダード」とか言った言葉とセットになった政策や方針を鵜呑みにしてしまう。だがたとえば、小泉政権が進め、安倍、そして福田にも引き継がれているいわゆる改革路線って、要するに今のイギリス社会がズタズタになっている原因を作ったサッチャリズムの焼き直しに過ぎない。「大きな政府、小さな政府」論争だと「小さな政府」が正解だとみんな思っているが、これもサッチャリズムと同時期のレーガン、ブッシュ父政権のアメリカで行われ続けた政策であり、クリントンの8年を経た後ブッシュ子政権でも再び壮大に復活し、そして今みごとに破綻している政治のあり方に他ならない。サブプライムローンの焦げ付きとか、「そもそもなんでそんな無茶な貸し付けをしたのか?」と呆れるしかないし、マイケル・ムーアの『シッコ』で壮大に暴露されている民間保険会社に頼った医療保険政策なんて、「そもそもそんなもん破綻するに決まってるじゃん」と、子どもでも分かるような話なのだ。原油価格の異常な高騰だって、貯蓄を軽んじ投機を奨励した結果、原油の取引や消費の実態とほとんど関係なく先物市場が肥大化してしまったせいだろうが。「小さな政府」のどこがいいんだか。資本主義が放置していれば破綻するシステムなのは、1929年にすでに人類は学習しているはずなのだし、しかもその1929年の大恐慌だって、マルクス先生がちゃんと予測してましたよ、その半世紀以上前に。

日本の硬直した官僚制度が日本社会の大きな足かせになっているのは確かだし、その意味での改革は必要だが、だからってイギリスやアメリカが見事に失敗してくれたのと同じタイプの方針を、その失敗から学びもせずに真似してどうしようというのだろう? 「テロとの戦争」だって同じだ。なにもアメリカ人やイギリス人と同じくらいバカになって「イスラムのテロ」に怯え続け、気がつけば自分たちの日々の生活の落ち着きや平穏を自分たちでメチャクチャにする必要がどこにあるのだろうか? しかもそれこそ、「テロリスト」が狙っていることに他ならない。我々は先進文明国だというのに、自分たちの生活ですら発展途上国のごく一部の不満分子の悪知恵に振り回されているのだ。これがバカバカしくなくてなんだと言うのだろう? 「テロとの戦争」というと勇敢に聞こえるがとんでもない、枯れ薄に怯えてジタバタあがいてパラノイアに陥っている臆病者でしかない。「テロ」に対して自分たちが守らなければならないものは本当はなんなのか、もう一度みんなでじっくり考えてみるべきじゃないのか? 本当に真面目に、かつ現実的に考えれば、今日本社会が盲目的にアメリカやイギリスの真似っこでやろうとしていることは、非常にバカバカしく思えて来る。

だいたい、少しは自信を持っていい。日本社会にはいろいろ問題があるし、こと文化だとかの面でいえば、僕らなどは国際映画祭などに行けばいちばん貧しいのは日本の監督で、その点では文化政策とかテレビ局の方針だとかでは、イギリスの方が優れているのは素直に認めよう。でもね、社会全体で見れば日本の方がイギリスなんぞにくらべれば、まだナンボかはマシな社会ですよ。

いや国および地方政府の文化政策とか、テレビ局の方針(イギリスではドキュメンタリー製作がとても盛んだが、これはBBCとチャンネル4が積極的にインディペンデントのドキュメンタリー作家の作品に出資しているからである)ではイギリスは確かに恵まれているけれど、そこで作られているドキュメンタリーの大半が…これは言っていいのかなぁ…いやはっきり言ってNHKを誰もクリエイティヴな場所としてはアテにしてない(それにNHKだって我々の映画に手を出そうとは、たぶん思っていない)けれど、日本のドキュメンタリーには、作品自体は映画的に優れたものが多いように思える。まあシェフィールドでのいわゆる“ニッポン代表”が土本典昭特集だったものですから、そりゃ『水俣 患者さんとその世界』や『ある機関助士』、『ドキュメント路上』に太刀打ちできるドキュメンタリーなんてそうあるはずもないのだけれど…。

でもそれ以前に…。以前BBCのドキュメンタリーのプロデューサーが東京で「海外で売れるドキュメンタリーの作り方」を偉そうに講義する場に立ち会ったことがある。お金を出して下さるのだからおとなしくしていようと思ったのだが、堪忍袋の緒が切れてつい言ってしまったひとことが「そんな最初の5分で映画の中身を全部バラしちゃうなんて、つまんないじゃん」。ガイジンさんにだってアホはいます。それもこの国でと同様に、自分に社会的地位があると思い込んでる連中に限って、アホが多い。アホに妥協しなきゃ食っていけないことを理解できない僕なんかも、別の意味ではアホなんでしょうが。

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