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2/10/2009

イーストウッドはどえらい映画を作った


12月のアメリカ限定公開時(1月に入って拡大公開中)に見てもいないのにこのブログで取り上げたクリント・イーストウッド監督主演最新作『グラン・トリノ』をやっと見ることができた。


《予告編(アメリカ版)》

日本公開は4月25日だそうで、もう少しお待ち下さい。イーストウッド本人も歌ってる主題歌だけはこちらで買えますが。



ちなみに予告編を見るとインーストウッドの師匠格でもあったドン・シーゲルの『ラスト・シューティスト』を思わせるアクション映画のように思われそうだが、実は全然違う。これは老いることと同時にもしかしたらアメリカの崩壊、さらには暴力と戦争というアメリカ史に取り憑いて来た呪いについての哲学的な考察の映画であると同時に、爽やかな新鮮さみなぎるインディペンデント映画であると同時に正統派アメリカ映画でもあり、“死” の匂いも濃厚なのに軽やかなコメディであり、厳しい現実を反映しながらも無骨だが真摯なやさしさに満ちた人間讃歌であり、最後には希望にすら満ちあふれている。

映画的に驚愕させられるのは、これだけ対極ともいそうな相反する性格が、常に同時に、一本の映画のなかでこれだけ異なったものであり続ける神業だ。時にドラマチックで時にコメディ的なのでも、時にアメリカ的フィクション映画で時にネオレアリズモ映画なのでもなく、映画の全体が一貫して、いわばホークス的かつロッセリーニ的なのだ。いったいどうやったらこんなことができるんだろう?

いやもう、なんでこういうことが出来るんだろう? これはもう「才能」とかそういうレベルを超えた問題であり、御歳78歳の亀の甲より年の功というのなら、歳をとるのも悪くはないわい、と思うしかないのかも知れない。明らかに少なくともミスティック・リバー以来の傑作であり、個人的には『真夜中のサバナ』(ムラの多い失敗作かも知れないけれどメチャクチャ映画的に面白いのは確か)以来もっとも興味深いイーストウッド作品であり、もしかしたら『許されざる者』以来の傑作、最高傑作の部類に入るかもしれない。

フィクションの物語とそれが撮影される現実の場・キャメラの前の現実の関係性について、『真夜中のサバナ』にその萌芽というか実験はすでに見られたし、『ミスティック・リバー』におけるボストンの空気感もある意味その流れに整理できるかも知れないにせよ、『グラン・トリノ』のかつての中産階級自動車労働者街転じて移民スラムになったデトロイトの撮り方、本物のモン族に出演させるというわけで素人ばかりをキャスティングして見せる演出は、ここまでやっちゃうと明らかに新境地だ。80近くなって新境地を開拓してしまう、新境地でありながらこれまでイーストウッドが取り組んで来たさまざまなテーマの集大成としても見ることができて、しかもおまけで俳優としては堂々たるコメディ演技でこちらでも新境地を見せてしまうのだから、1930年生まれは恐るべし。

    

こういうのが純粋に年の功の問題だとしたら、あと40年オレも頑張ろうっと(笑)。そうか監督だけでなくて俳優もか…。そういえばスコセッシ御大の新作のオーディションをナゼか受けるハメになったんだっけ…。以前にも遊びの端役ならバルベ・シュローデルの映画で京都府警の刑事兼通訳役とかはやりましたが、スコセッシ新作は「こんな大役、しかも超難役は絶対にムリ」と思い込んでたけれど、もっと本気でやるべきだったのかも…。

もっとも、成熟した老人になるのって、優れた映画作家になるのよりももっとハードルは高いのかも…。どっちが大事かといえば究極的には成熟した優れた老人になる方がよっぽど大切なことなんだろう…とかそういうことも考えてしまう。逆に言えば『グラン・トリノ』が傑作なのは、たぶんただイーストウッドが傑出した監督だからとか映画監督の才能とか、すでにそういう問題ではない。

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