最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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8/09/2009

神戸・14年後〜祖母の家の痕跡を訪ねて

祖母のお気に入りの甥だったてんぷら屋のおじさん。

震災から14年後にやっと本格的に訪ねた神戸の写真(スライドショーはこちら)です。あまりに変わってしまっていて、「確かここだよな」とは思うものの、確証が持てない。今は通りの向かい側に店を移した(以前は祖父母の邸宅の倉を借りていた)おじさんの天ぷら屋さんを見つけてやっと、「あそこですよね」「そうやで」と判明した次第。

かつて祖父母の家、天理教東神戸分教会のあった場所は、半倒壊した教会を別の場所に再建する費用を出すために叔父達が売却し、マンションが建っている。あまりに変わってしまったので、地図上は「ここだ」と思ってもなかなか自信が持てないのもしょうがない。

おじさんは三つ歳下の従兄弟である父のことを、今でも「尊信ちゃん」と呼ぶ。

子どもの頃からスーパー優等生で、祖父母の期待を一身に背負って東京の大学に行き、一部上場企業、それも港町神戸では大変なステータスになる大手船舶会社に入り、重役に子会社の会長までやった父のことを「昔からお勉強ができたから」と敬意を隠さない。

いやその父が定年で身体も悪いので一日中なかば引きこもり的に本を読んでるだけで困ったもんだと話したら、「いや尊信ちゃんは偉いなぁ、昔から勉強熱心だったからなぁ」というわけなのだが、今でも元気に現役で、おいしいてんぷらを揚げているいるおじさんとどっちが偉いのか、息子にはよく分からなくもなってくる。

少なくとも、こうなるとおじさんたちの老後にもなってない老後の方が、人生は楽しんでいそうだ。


もっとも、こんなこと書いているとおじさんからは「やっぱりお父さんにそっくりやな。難しいこと考えるもんや」と言われてしまうのかもしれないけど(汗)。まったくの無駄かも知れない考えなのに。

それにしてもかつてにぎやかな商店街だった通りの様子もまったく変わってしまい、おじさん、おばさん以外には、近所の人もそこに明治時代築のけっこう大きなお屋敷があって、それが天理教の教会でもあったことを、まったく憶えていない…。

別に震災後とか最近越して来た人でもなく、たしかに僕が子供だったころ、20年30年前からあった店、何十年とこの中山手に住んでいる人たちのはずなのに、壊れてしまった街と一緒に、その記憶までなくなってしまったのだろうか。

あるいは地震であまりに変わってしまった街、なくなってしまった風景のことは、忘れないと生きていけないのだろうか。

記憶とは、そういうものなのかも知れない。

てんぷら・コロッケのかわむら商店。とっても美味しいので関西方面の人は一度行って見て下さい。トアロードより一本西の、中山手通。

父の母校、北野小学校の、戦前の昭和モダニズムの洗練されまくった建物が震災を生き延びているのには感動。今は学校は廃校になり、「北野工房のまち」として地元手工業のプロモーション施設になっています。

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