最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

4/21/2009

大阪で即興演出の劇映画を撮ろうと考えています

実家の方で家族が入院したりでドタバタしていて放置していた項目をやっと更新です。先日ここで書いたように、大阪で拙作『ぼくらはもう帰れない』を上映しに行ったわけですが、なんだか好評だったようで三年前の映画だというのに賞までもらっちゃったらしい。

英語だと「Film Junky Award」となるのが、なんだか気に入ってます(笑)。以前にペサロ映画祭で「未来の映画」最優秀賞というのをもらっていてこっちはなんだかカッコよかったですが、「junky」ってのもね(^^;。大麻騒ぎぐらいで俳優をやっている息子を「役者を辞めさせる」とまで言い出す俳優の父親がいるこの日本のご時勢で。中村俊太っていう役者さん、サスペンスもののドラマのゲストくらいでしか見たことないけど、悪くなかったんだけどなぁ…。かなりもったいない…。使いようによっては、父親のような人気スターにはならないだろうが、俳優としては父親よりもずっとよくなる可能性も持ってそうな気もするんだけど…。

だいたい大麻をやったからお客の前に出る資格がないなんて言うなら…



このドキュメンタリー映画の主役たちも監督もどうする?

70年代とは時代が違うと言われればそうなのかも知れないけれど、それでもこの渾身の大傑作に至ってはコカインの過剰摂取で本気で死にかけたあとの、リハビリから生まれた映画だったんだが…。ドラッグに手を出すようなレベルなら、踏み越えちゃったからダメというのではなく、どう踏み越えたことをふまえて戻って来るかだと思うが。



そりゃやらないで済むならやらない方がいいものではあるけど、過ちや文字通り地獄を見たことも含めて、すべて背負い込むことからどう表現に生かしていくのかこそが問われるのが、表現者という稼業なわけであって、他人を怪我させたとかそういうことなら話は別だが、麻薬というのは自分を傷つけることだし、自己破壊の衝動みたいなことに敏感であるのは、表現者としてかなり避けられないことだろうに。

閑話休題。大阪の映画ファンの皆さんに衝撃を与えた(?)という『ぼくらはもう帰れない』の、その勢いというわけでもないのですが、この方向性の集団即興による実験的なフィクション映画の試みを大阪でやってみたらどうなるだろう? 大阪に滞在中からろいろ考えたり、人と話したりしていたわけですが、なんだか本当にやる方向になって来ました。

というわけでトップ写真は、たとえばこんな構図で撮れるよね、という見本のつもりで、フレーミングは1:1.85サイズのワイドスクリーン。ちょっと小さ過ぎるかも知れませんが、クリックすると大きくなりまして、そうすると右下に人物が映っているのが分かるはず。『ぼくらはもう帰れない』のとき以上に街並という風景のなかでどう人物を動かすのか、そのアーバンスケープを見せる映画にもしようとは考えています。そういう現代の大阪の街というものを、考えてみたら映画ではめったにみたことがないので。

…と思ったら、そういえば『ぼくらはもう帰れない』も、東京をこういうふうに生々しく撮った映画は珍しい、と言われたような気もするが、まあいいや。もう3年前に完成させた映画だし、撮影なんてあの郵政総選挙とかやってた頃(そこで当時わが地元の東京一区から出馬していた海江田万里氏の選挙演説なんてのも聞こえるわけです)だから、もう忘れた…。

ちなみに上の写真は、4月11日付けのブログでも終わりの方で取り上げた、大阪証券取引所のはす向かい、淀屋橋駅付近で発見した昭和初期モダニズム建築っぽいビル。

大阪証券取引所前。高層ビル化するにあたって、昔の建物のデザインを下のファサードだけはコピーして「伝統」を感じさせようという、その分かり易い発想がなぜかこんなキッチュな風景に。

右の写真もやはりどうも戦前のモダニズム建築がそのまま、当時はたぶん三菱銀行の支店だったのが今では三菱東京UFJ銀行の支店になっているのだろう。場所は大阪の天神さんの近く、アーケード商店街が終わったちょっと先です。

こういう建物がときどきなんの脈絡もなく…って一見ごちゃごちゃに見えながらそれなりに街並に脈絡があるのが東京だったり、多くの地方都市も東京の縮小コピー的な雰囲気があるのだが、大阪って街並の脈絡みたいなものをなんとかブチ壊そう、建物のひとつひとつが自己主張している感覚すらあって、脈絡もなく、ときには周囲から断絶するように存在している気がする。なにしろJR大阪駅/阪急・阪神などなどの梅田駅、つまり大阪の鉄道網の中心ターミナルの方を高速道路に向こうに臨んだら、なぜかビルのなかに観覧車が堂々とそびえ立っているのには驚いた。しかも真っ赤に塗られた観覧車(下の写真)!

しかもこの写真の向かって右手の方が、空襲で焼けなかったのでけっこう昔ながらの狭い路地や町家がかなり残っていたりする中崎町だから、極度に異質なものが極度に近接して存在していたりするわけである。まあそんなことをおもしろがっているのはよそ者の特権みたいなもので、そこに暮らしている人にとっては日常の普通の風景なのだろうけれど、ではそういう日常のなかで人間はどうそこに無意識に反応し、あるいは順応して、この空間的な文脈のなかでどういう行動をするのだろう?

日常の空間や時間というのは、そこにずっといる当事者は気がつきもしないはずだが、アーバンスケープでも田園風景でも、その生存空間というものはやはりどこかで、そこに生きる人間に反響しているはずのものであって、『ぼくらはもう帰れない』でも今回でも、そこをちゃんと捉えたい、撮影の現場をただの背景に終わらせないことが即興という方法論、その場で作って行くことのひとつの大きな動機でもあります。さらに場所だけでなく、そこにいる他の、周囲の人間ともどう反応しあうのか? 人間というのはあらゆる意味で、決して一人で生存し行動しているものではないので、映画のなかだって人間のアクションとはただその人物から一方的に出て来るわけでなく、アクションとは常にリアクションでもある。

実はここまで街並の、というか建物ひとつひとつの自己主張が激しいと、人物たちの背景としてしっくり来るように、映画の展開の邪魔にならない程度にはちょっと大人しくしてもらわなければ、普通に考えると本当は困るわけで。映画とは一方で、最後には一本の作品にまとまらなくてはいけないわけで、この風景まとまることを拒絶しているかのような風景を、その風景の意思みたいなものをちゃんと反映させながら、それでも映画として成立するよう、見ていて目が疲れない程度にどうまとめていけるのかといのは、演出としては大変な挑戦にはなると思う。

『ぼくらはもう帰れない』補正前の生の撮影素材(画面下)と補正してフィルムに焼いたコマ(画面上)。約30%の脱色加工、フジの400のネガ、アグファのポジに、フィルム段階でシアン+1、など。

『ぼくらはもう〜』の東京の場合は、広告が多かったりで色がそれなりに派手なのを除くと、高さであるとかはそれなりの範疇に収まっているところが多いので実はそんなに大変でなく、比較的オーソドックスに撮ってあとは色がうるさすぎるのを脱色したりしただけ(上の写真参照)できれいに行ったのだが、こういう大阪の風景となるとどう撮っていいのか、大阪にいるあいだじゅう外を歩けば考えていたようなわけである。いや難しいよね、と思いながら工夫を考えるのがけっこう楽しかったりもする。

左は福島駅からABCホールに向かう途中、つまりもうちょっと行けば高層ビル街になるのだが、高層ビルの近くに低層の住宅や焦点があるのは東京でもおなじみの風景で外国人なんかは驚くわけだが、東京だとまだ建物の高さを都市計画法や建築基準法でその地区・場所に許される高さにだいたい合わせて建てるので、なんだかんだでそのブロック内では高さが揃って、その同じ高さの低層建築の向こうに高層がそびえるみたいな風景になるのだが、大阪になると見て下さい、この見事なまでの、あっぱれな不統一ぶり。

映画というメディアは、いつもみていて今さら気がつかないことを気づかせる力を持っているものでもあり(…と、ちょっとジガ・ヴェルトフっぽくなって来てしまったかな? まあでもヴェルトフの理論を裏返しにして逆から言えば、要するに「キャメラはしょせん機械ですから」という台詞が『ぼくらはもう帰れない』にもあったんだよなぁ)。だから建物をどう撮るかの工夫だけでなく、こういう風景の前や下、あるいはそのなかで展開する映画の人物たちの生というものが、もう少し自己主張があったりドラマチックだったりした方が、おもしろい映画として成立するように考えている。またたぶんその方が大阪の「リアル」に少しでも近づけるのかもしれない。

興味をお持ちの方はコメント欄に書き込んで下さると助かります。こちらで承認しないと公開はされませんので、メルアドなどを知らせて頂いても大丈夫です。その希望を明記して下されば、拝見したあとコメントの方は削除して、こちらから連絡しますのでよろしく。また企画書の方も近々にまとめて、こちらにリンクを貼ってダウロードできるようにする他、開店休業状態の当ページ別館を活用することにします。

いくら大阪だからってさすがに、この写真みたいに分かり易く、観光的かつ表層的に “大阪っぽい” 映画には、さすがに絶対にする気はありませんけど(笑)。

ノー・コメント…。

藤田まことがこの手つきだと、串カツの串でブスッと盆の窪あたりをやられちゃいそうで、安心して食ったり飲んだり出来ないんじゃないかと…。


むしろこういうアーケード商店街(下の写真)の方が、大阪という街にとって象徴的に思える。いや東京にないから珍しい(まあ中野プロードウェイへのアーケード街くらいしか知らないんですよね)というのではなく、この歩道部分へ店舗と看板が徐々にせり出して行って来てる、この周囲と競う自己主張のずうずうしさ(失礼!)と、あくまで商店街の枠内で自己主張を競って商いの場として成立させていることの、微妙なバランス感覚が。商売が最優先される意思が、独特の合理性をもってこういう具体的な形を生み出している、とでもいうような…。


註)なおこの項目は翌日のエントリーに続きます。

1 件のコメント:

  1. 山田哲弥4/23/2009

    お久しぶりです。

    『ぼくらはもう帰れない』
    ザ・ストーカーの山田です。
    いつもブログ拝見してます。

    今度の舞台は大阪ですか、いいですね。なかなか面白そうで。
    自分は大阪に行ったことが全くないんで…一体どんな街なのか…。

    微力ながら、お手伝いさせていただければと思います。
    役者でなくとも、何かご協力できることがありましたら
    ご連絡下されば、仕事が空く限りで馳せ参じますよ。

    どうぞよろしく。



    山田哲弥
    tetsuya_yamada@mac.com

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