最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

2/21/2008

いったいこの国は何を守っているのか?PART2

またも防衛関係の不祥事だ。なにしろ最新鋭の自衛艦が事故で漁船を撃沈してしまっただけでもおおごとなのだが、事情が多少は分かって来るに連れて、まず「普通絶対にあり得ないだろ、そんなの?」と耳を疑うような人為的ミスだった疑いが濃厚になって来た。だいたい自衛艦が漁船を目視した時間が事故当日の昨日では2分前で慌てて減速したが間に合わず、という話だったのが実は12分前にはいったん見えていて、その約10分後の午前4時に見張り要員の交代があり、その数分後に事故が起っているということになるようだ。つまり「引き継ぎをちゃんとやってなかったんじゃないの?」というのがまず呆れるし、日本近海に入って漁船などがかなり多く航行する海域に入ったというのに、自動操舵のままだったということを、防衛省がしぶしぶ発表した。はぁ…?

防衛省の発表する事実関係がコロコロ変わるのも気になる。つまり、この期に及んでなんとか責任回避をするために情報をちゃんと上に上げていないとしか思えないでしょう? 責任逃れがお役人の習い性であるのはその通りながら、曲がりなりにも軍隊である。兵器を扱い、有事ともなれば武力を行使する、それだけに最大級の規律が要求され、常に自分たちの命も他人の命もリスクにかけている自衛官が並のお役人と同じ感覚というのはさすがに困る。防衛大臣の石破クンは必死に怒ってみせているが、結局たるみきって組織防衛にしか興味がない海千山千の将校さんたちに手玉にとられているようにしか見えず、与党のなかからも「そういう問題じゃないだろ」と笹川一族や先代の防衛大臣の小池から突っ込まれている始末だ。いかに石破クンが安全保障の専門家を気取ってみたところで、しょせんはただの軍事オタク。この際「能力不足」でとりあえず更迭した方が石破クンにとってもいいような気がする。

それにつけても海上自衛隊にとくに不祥事が多いのはなんなのだろう? ついこないだも隊員が勝手に(規則違反で)持ち込んだ電気器具が元で艦橋が火事になった事件とか、あろうことか私物のパソコンに一応最高軍事機密であるはずのイージス艦のデータをコピーして漏洩しちゃったとか、鬼の鉄拳制裁が名物だった帝国陸軍、帝国海軍に較べてずいぶんのどかなのは人権上は進歩なのかも知れないが、そんなたるんだ人々に巨大な艦船というそれだけだってかなり責任重大な代物、一歩間違えれば人殺しの道具を任せておいて大丈夫なのだろうか?

もっとも、「たるんでいる」のは我が自衛隊だけではない。イラク戦争のときには米軍のミサイルが過って友軍の英国のヘリコプターを撃墜してしまったとか、結婚式をゲリラの集会と間違って空爆して虐殺してしまったとか、ジュネーヴ条約をこっそり破って捕虜を虐待するのは昔からとはいえ全裸にした男性捕虜に人間ピラミッドを作らせて女性憲兵が記念写真を撮っているとか、いくらなんでもあり得ないでしょうという珍事が続いている。(ちなみにそのアブ・グレイブ刑務所事件に取材したエロール・モリス監督の新作ドキュメンタリー『SOP Standard Operation Procedures』が先日のベルリン映画祭でドキュメンタリーとしてはもしかしたら初の審査員特別賞を受賞しているので、早く見たいものだ。)

沖縄では基地在住の全軍人に外出禁止令が出たらしいが、なんでもここのところ頻発した事件の犯人はどれも基地外に居住している米軍兵らしい。少女暴行事件の犯人も下士官らしいが…って、一般兵士でももちろん問題なのだが、下士官が? なんだか全世界的に軍人サンの質が低下しているんじゃないかと怖くなって来るのは、思い過ごしだろうか?

2/12/2008

いったいこの国は何を守っているのか?

沖縄でまた起った米兵による日本人少女暴行事件で、「遺憾の意」を表明しに(謝罪に来るのが筋だと思うが…)沖縄県知事を訪問した米四軍調整官が、日本側への捜査協力について「Okinawa City Police」と言っていた。おひおひ、相手は沖縄県警だから「prefecture」だろうが。そのぐらいちゃんと調べてから来いって。沖縄を馬鹿にしてるんだろうか? というか、日本の法制度・警察制度や行政機構の基礎すら勉強しないで駐留軍の、それも日本との交渉・調整任務をやってるんですか? アメリカ人ってホント、傲慢だわ。

それにしてもいい加減にして欲しい。タテマエ上米軍は日米安保条約にのっとって日本とその国民を守るために駐留しているはずなのだが、まあ実際に「守る」状態になったことがなかったのはラッキーだとありがたく思うべきだとしても、守ったことなんて皆無の代わりに、危害を加えてばかりである。いったいなんのために米軍が日本にいなければならないのか、わざわざ日本人の土地を提供して、2700億円の思いやり予算を日本人の税金で毎年払って、米軍の軍人によって脅かされているのは日本人の側ではないか。

政府の反応も腹立たしい。「遺憾に思う」「日米関係に悪影響が出るのではないかと憂慮する」って、それってアメリカ側がとりあえず言う台詞だろうが。「激しい憤りを憶える」くらい言っていい。非は全面的に向こうにあるのに、国会答弁でも防止策についてさえ抽象的であいまいなことを言うだけである。「軍人の綱紀粛正を米軍に厳重に要求する」くらいのことは、当然言うべきシチュエーションではないか。

一昨日の岩国市長選挙にしても、艦載機移転受け入れ派の市長候補にわざわざ衆議院議員を辞職させた候補者をたてるとか、いったい何を考えているのかよく分からない我がニッポン国政府である。それまで岩国市に対して政府が行い続けたイヤがらせの下品さに至っては言語道断だし。国が今後の補助金を事実上の担保として保証することを約束して市庁舎を新築させておいて(ってのもかなり、国交省あたりからの圧力である可能性が大)、艦載機移転を受け入れなければ補助金を切る。メチャクチャやなぁ。まあ道路特定財源を守れという署名を全国の自治体首長から集めたのも、要するにこういう仕掛けで脅しをかけているのに過ぎないのだが。

しかも政府自民党が岩国市長選にここまで肩入れしたのは、今年の大統領選挙で民主党が勝てば、ブッシュ政権の米軍再編がどうなるか分からないから(というか、クリントンでもオバマでも、まず見直しになる)、その前にやってしまおうということらしい。倒錯とはこのことである。それならどうなるか分からないから、今のところ格好だけは合わせておきながらも様子見をするのが、ごく普通の政治的判断というものである。だって見直されたら、税金の無駄遣いになるだけでしょうに。

沖縄の事件への対応にしてもそうだ。少々不謹慎な話で申し訳ないが、こういうときに激しく怒って対応すれば(で、こっちがどれだけ起ろうが向こうは文句を言えないのだから、そういうときこそ激怒しておけば)、再編にからむ経済的負担の議論でも、地位協定の改定でも、交渉が日本側にとって有利に進むのだ。いったいなにを怖がって、こうもアメリカさんに対して及び腰になる必要があるのだろう? この国は独立国じゃないんでしょうか?

2/06/2008

ドキュメンタリー映画の可能性…今の日本における限界

フォトジャーナリスト、広河隆一氏がかれこれ40年近くものあいだこつこつとパレスティナ問題を取材して来た際に撮影したフッテージを編集したドキュメンタリー『ナクバ』を見た。たとえばマグナムの重鎮レイモン・ドパルドン御大がなかなか優れた映画作家だったりもするし、広河隆一氏はとてもパワフルな写真を撮るジャーナリストでもあるし、パレスティナ問題に関心を持ったのが社会主義に憧れてイスラエルのキブツに行ったのが始まり、というのもおもしろそうだ。

しかし、その期待はいきなり、やたらと荘重ぶった音楽と広河氏の写真(ムービーでなく)に説明過多の字幕で構成された退屈極まりない冒頭のモンタージュであっさりと裏切られた。もったいぶったイスラエル独立戦争をめぐる多分に薄っぺらな説明のあと、自分がキブツに憧れてイスラエルに行き、キブツに参加してヘブライ語まで学んだことが、そのキブツを再訪して住人に再会する過程で説明されるのも、「こんなものは監督自身のナレーションでなきゃだめだろうが!」と言うところが延々と説明過多かつ自意識過剰もはなはだしくナルシスティックに「私は」が繰り返される字幕と、ほとんどなんの魅力もないビデオで続く。レバノン戦争時にパレスティナ難民キャンプで起った虐殺を発見してしまった、広河氏の有名な8ミリ映像も、そんななかではなんだかまったく平板に見える。レバノンで撮ったシークエンスは、武装闘争に身を投じたパレスティナ難民について、ステレオタイプ以上のなにも語っていない。だいたい撮られてる対象の顔が作り笑いでこわばってるんだもん。

40分くらいして「逃げ出してやろうか」と正直退屈しきったところで、ラビンとアラファトの和平交渉中に極右宗教的ユダヤ人がヘブロンで起こした虐殺事件をめぐり、ヘブロンやその周辺入植地に住む右派ユダヤ人に取材するシークエンスが始まる。ここは相当に面白い。膨大なフッテージを映画にまとめるのを引き受けたプロデューサーが安岡卓治であり、安岡といえば森達也の『A』のプロデューサーだったことを思い起こさせる−−つまり、まるで森と安岡が撮ったオウムの人々の雰囲気なのだ。イスラエル右派の危険さが彼らの愚かしさに他ならないことを実に映画的に、一見ナイーブかつ中立、ただ興味本位に撮っているように見える映像のなかに、不条理喜劇のように浮かび上がらせるのは秀逸だ。一方でイスラエルの占領政策に批判的な発言をするイスラエルの左派インテリたちや、広河の旧友であるキブツの人々が、見るからにヨーロッパ系のユダヤ人なのに対して、ここで出て来る右派ユダヤ人たちがどう見ても中近東系、ケパをかぶってなければアラブ人にしか見えないのが痛々しい。ここにユダヤ人国家としてのイスラエルの矛盾と失敗が浮かび上がる…というのは残念ながら「ユダヤ人国家」イスラエルにある程度の興味や知識がある人間にとってだけのことで、このシークエンスの素晴らしさが際立つのはそれまでの絶望的な退屈さに対してあまりにも異質だから、というだけでどこにも進展も展開もしない。

ところがそこに続けて、映画の雰囲気が突然変わるのだ。48年の戦争当時に破壊され、教会を囲んで廃墟が静かに自然のなかにたたずんでいるかつてのパレスティナの村を、その村の住人であったという、ポロシャツ姿の上品な老人が案内して見せてくれるシークエンスが始まり、とたんに画面が映画的豊穣さに包まれる。なんと美しく、なんとも深いシーンだろう? これこそ歴史を扱うドキュメンタリーの醍醐味だ。小高い丘の上から一面の豊かな森を見下ろす老人は、「ここは昔、ずっと畑だったんだよ」と語る、その彼に素早くパンして慌ててズームバックするのは技術的に言えばNGかも知れないが、そこにこの光景をキャメラに納める興奮と、老人が微笑みの影に秘めた悲しみへの共感、広河隆一のドキュメンタリー作家としての才能のすべてが凝縮されている。

それだけにこれまでの構成がよく分からない。広河隆一がジャーナリストとしてどのような過去を持っているのか、どのような功績があるのか、この映画に興味を持つ人ならそれくらいの知識は事前に持っているだろうし、イスラエルの建国とパレスティナのディアスポラが48年に起ったことも知らずにこの映画を見る人なんておらんやろうし、そんなどうでもいい説明と薄っぺらで言い訳めいた政治的なスタンスの表明にそれまで40分を費やして、どうするつもりなのだろう? 誰だって退屈するんじゃないか? 我々は政治をやってるんじゃなくて、映画をやってるはずなんだが。

この廃墟の村のシーンで映画を始めれば、それだけで広河隆一がどんな人間なのかは十分に伝わり、故郷を追われたパレスティナ人の悲劇の本質も静かに凝縮される。48年のデイルアシンから2002年のジェニンに至る何度かの虐殺や抵抗運動、今なお繰り返される暴力の応酬なら、今更言われなくても我々は十分に知っている。知らなくても、老人が故郷を追われ、豊かな田園だった故郷が廃墟と森と化してしまったしまったことだけで、観客は確実にこの映画に引き込まれるはずだ。だいたい題名の「ナクバ」は48年のことだし、宣伝コピーだって48年にさかのぼって衝突の原因を探るみたいなことをうたい文句にしている。だったら48年から始めればいいだろうに。

さらに不満が募るのが、冒頭の40分間からうける広河隆一という人の人柄が、はっきり言って傲慢で鈍感で典型的な高所大所の「ジャーナリスト様」にどうしても思えてしまっていたことだ。正直、日本語では極めて不自然にしか読めない「私は」という字幕の繰り返しに、「あなたのことなんてどうだっていいから素敵なパレスティナ人を見せてくれ!」(で、ちなみにパレスティナ人という民族にはとても奥が深くて素敵な人が、とくに一定年齢以上には多い)と怒鳴るか逃げ出したくなるほどである。「だいたい48年はどうしたんだ!」

ところが本当の広河隆一は、この故郷の廃墟を歩く老人をこうもシンプルかつ美しく撮っていることから確実なように、感受性の深さと人の痛みへの静かな共感、そして他者への敬意に満ちあふれた人のはずなのだ。こんなものが撮れる人が傲慢で鈍感であるわけがないし、いわゆる我がニッポンのジャーナリスト様たちにありがちな、虫酸が走るような高所大所の偽善性などかけらも持っていないはずだ。その慈しみとイノセンスは、ヘブロンのかなりおっかないユダヤ教右派の人々を撮るときのまなざしにも通じ、またそこには他者の悲劇や愚かさの応酬を撮るときの、自分が当事者でないからこその慎みも感じられる。

とても残念なことに、その広河隆一という恐らくは素晴らしくやさしく慎み深い人柄、当事者のためにも悲劇を悲劇で終わらせてはいけないという良心は、この映画のなかでは散漫にしか感じられない。その美徳を覆い隠すように、同じ人間として問題意識を共有する勇気を持てない人々が「著名なフォトジャーナリスト」広河隆一センセイのご高説をカリスマとして受け取って安易に同化した気分になるためとしか思えない、皮層な割には説明過多なくせに、本当にパレスティナ人の悲劇を知りたいと思う真面目な観客にとっては不親切でしかない、どうでもいいギミックに繰り返し中絶される。

それにしてもこの音楽のひどさ、音声についての感受性の欠如はなんとかならないものか。アラビア語が話されるときの、その言葉のリズミカルな音楽性にくらべて、ハッタリだけの電子音で作られたセンチメンタルな音楽はなんと陳腐なのだろう? 破壊されたパレスティナ人の村を通り抜けていたであろう風の音への感受性など、どこにもないのだろうか? アラビア語のパレスティナ方言の響きと、パレスティナ、現イスラエルの、名前は変わっても悠久にそこにある大地、その自然の風景の変遷にこそ、パレスティナのディアスポラの根源があるはずなのだが。何人かのパレスティナ人が流暢なヘブライ語で話していることに、事態の複雑さの一方で和平への希望もあるはずなのだが。


ライラ「敵の言葉を理解するのはとても大事なことだと思うの。パレスティナ人がヘブライ語を喋るのと違ってイスラエル人がアラビア語をしゃべれないのは残念だわ。もし彼らがアラビア語を理解したら、ものごとは変わるはずよ」

   『フリーゾーン』、アモス・ギタイ、(2005)



少なくとも10年以上に渡って撮られたビデオ映像が、それぞれにいつの時期なのかの言及がかなり欠けているのも、あまりに安易だ。少なくとも暴力的な衝突を撮ったシーンは、せめて新聞の国際面程度には背景知識がある観客が混乱しないように、何年のことかくらいは言及すべきだし、ビデオ映像に写真家としての広河の作品を挿入するのは、なまじ写真が力強いだけに、映画として非常に節操なく見える。写真と映画の根本的な“見られ方”の違いを考慮しないでスチルを使ってしまっている結果、「なんじゃこりゃ? 『インファナル・アフェア』じゃあるまいし」。

その似たような映像の延々とした積み重ねの無節操にセンチメンタルな重複なかで、廃墟の故郷を歩く老人であるとかの一人一人の人間の姿はあっけなくかき消され、心から感じなければならない人間の悲劇であるはずものは、「暴力の応酬が繰り返されて悲しい」といった程度の安易な結論−−つまりはパレスティナ、イスラエル双方にただ戦争をやっている人たちだというだけのレッテルを貼付けるだけの部外者の傲慢さを満足させるだけのものに成り下がってしまう。

だいたい欲張りすぎ、詰め込み過ぎているのだ。欲張りすぎている結果として、この映画の本当の力である数々の証言の重みと、それを語っている人々の顔の素晴らしさが上映時間の配分でも軽んじられてしまっているのももったいない。ほとんど知られていない虐殺事件の証言の資料的価値の大きさはもちろんだが、そこに生存者の息子までがインティファーダを体験するまでは父親の作り話だと思っていた、というような告白まで入って来るとき、生き残った人々の過去と記憶と、不在の歴史的記録とそのすべてを記録する広河隆一のキャメラが、優れて映画的なフュージョンをそこに浮かび上がらせる…というか、残念ながら総体で言えば、浮かび上がらせていたはずだとしか言えない。語っている人の顔よりも証言の情報量だけに重きを置いた構成では、故郷の廃墟を歩く老人の奇跡的なシーンのように映画でしか表現できない「なにか」は浮かび上がってこない。これはジャーナリズムかも知れないが、映画ではない。もっといえば、「映画」になりえたはずのものが、ただのプロパガンダのインフォマーシャルに成り下がり、人間であったものは、「美しい犠牲者」のステレオタイプへと矮小化されていく。

決してイスラエルを一方的に悪者にしないという配慮から、広河氏の友人である左派知識人や反戦運動家、さらには庶民ならではの叡智をしっかり見せてくれるタクシーの運ちゃんも登場する。運ちゃんの「もうどうしようもない」という発言は、衝突する大文字の歴史に巻き込まれて正直ウンザリしている彼らの気持ちを、雄弁に語っている。一方でハイファ大学の名物歴史学者イラン・パペの、48年に起ったのは「民族浄化だ」という断言もあり、広河のかつての反戦運動の同志だった平和運動家の「67年の勝利でイスラエルは変わった」という言葉も重い…はずなのだが、その意味を深く考えさせてくれる構成になっておらず、ただの皮層な政治的バランスへの配慮にしかなっていないので、残念ながらあっというまに忘れてしまう。

「民族浄化」発言はイラン・パペの持論の出発点のための挑発に過ぎず、初期のイスラエル建国を担った左派シオニスト(その最後の輝きが、イツハーク・ラビンでもあったのだろう)がいかに自分たちでも気がつかないままにシオニズム思想の限界点と矛盾の奴隷となって、彼らの理想主義が本来決して許容するはずもなかったはずのことをやってしまったのか、その見事な分析が本来ならその後に続いていたのだろうが…。で、その分析は、実は我々の世界がなおそこに乗っ取って成立しているところの「国民国家」主体の民主主義という理想そのものの矛盾にも通じ、この映画をパレスティナ=イスラエルという固有の体験から戦争の世紀であった 20世紀そのものに通じる普遍的な批評性にも達したはずなのだが。

(っていうか、パペ教授の論法ってたいていそうだから−−とここでも、知ってる人にしか意味がないシーンになってしまっている。映画的貧困以外のなにものでもない)

映画でしか表現できない「なにか」とはなんだろう? ことドキュメンタリーの場合、人間がそこに生きていることの複雑さ、ユーモア、人間らしさ、そして悲しみ、生活のテクスチュア、そういったもののすべてがひとつのフレーム、ひとつのカット、そのカットの積み重ねのなかに「人生」の映画的時間を浮かび上がらせるとき、私たちはパレスティナ人ならパレスティナ人の老人たちを、「被害者」とか「パレスティナ人」とかの既定の枠を超えた人間として見て、彼らの命を感じ、その背負った死や苦しみの記憶を受け止める。彼らをヒステリックな怒りと正義の側でありたい我々の自己願望のための手段として消費するのでなく、彼らからなにか人として大切なことを学ぶ。そして広河がとくに48年をめぐる証言を撮っているとき、その奇跡の瞬間は、すばらしく魅力的なかつての村人たちであった老人たちはもちろん、かつてデイルアシンの村があった場所で証言する元パルマハの老人など、「加害者」のイスラエル側で直接に「加害者」であった当人たちとのあいだにもあるし、いささかぞっとすることながらデイルアシンの虐殺を行ったイングンの元兵士の老人とのあいだにもある。その奇跡とも思える映画的な、ドキュメンタリー的な瞬間をもっと大事に出来なかったのだろうか? そこにはテレビや新聞でうんざりするほど見ている暴力的な衝突からは見えてこない、真の悲劇の根を読み解く鍵があるはずなのだが。

なんだかとってももったいない、貴重なフッテージの可能性を生かしきれずに、映画になりきれていないこの『ナクバ』を見ながら、思い出したのはゴダール様の、ちょうど広河隆一がキブツの社会主義に憧れた青年だった頃のお言葉である。


<ラジオニュース>米軍も多大な戦死者を出しましたが、ヴェトコン側も115人戦死しました。
アンナ・カリーナ「無名って恐ろしいわね」
J.P.ベルモンド「なんだって?」
アンナ・カリーナ「ゲリラが115人戦死ってだけでは、一人一人のことはなにも分からないままよ。妻や子どもがいたのかしら? 演劇よりも映画が好きだったのかしら? まるで分からない。ただ115人死んだというだけ」

    『気狂いピエロ』ジャン=リュック・ゴダール、(1965)



これだけ「一人一人のことが分かる」繊細なフッテージが撮られていながら、『ナクバ』は結果として70万人以上が難民になったということ以上にはほとんどなにも分からない映画にならざるを得なかったのはなぜなのだろうか?

ちょっと乱暴な決めつけかも知れないが、その理由は広河隆一のせいでも、安岡卓治のせいでもない。彼らに映画的感性とか真の人間性が欠けているからとか、このフッテージの真価が分かってないからとかでもないはずだ。そうではなくて、映画を作るにはそれなりにお金がかかり、こういう映画の場合下手すると公開・配給するときにもっとお金がかかる。映画界の実態は暴虐なる古典的資本主義へとかなり逆行しているから、映画館という不動産資本を持っている劇場が搾取し、そこに搾取される配給が倒産するわけにも行かずに今度は映画を作っている側を搾取して経済的な無理をしわ寄せし…とマルクスが分析したそのまんまに労働者=職人=映画作家が搾取されるヒエラルキーがあり、映画製作という第二次産業の労働者の側には公的助成がほとんどなく、テレビがドキュメンタリー映画に出資することもないこの国では、劇場とか想定される観客層のイージーなマーケティング理論の資本の論理に屈服しないと、ドキュメンタリー映画は成立できない。

それだけでも十分につかれる話なのだが、考えるだに恐ろしいことに、たとえば『ナクバ』に想定される観客は、ドキュメンタリー映画など求めていないのだ。もっと言えば「ドキュメンタリー映画」の観客が、映画もドキュメンタリーも求めていないと、少なくともドキュメンタリー映画に関わっている人々の大半が、映画業界が、劇場も配給も宣伝も、そう思い込んでいる。その彼ら自身が、ただ 「115人死んだというだけ」以上のことは、分かりたいとも思っていない。そこを考えるのは商売の邪魔だと思い込んでいる。実を言えば彼ら自身が、観客一人一人などについてはなにも分かろうともせず、「1000人」とかの数字でしか考えられない想像力の欠如の、延長でしかないのだが(だからなんでもかんでもとりあえず「愛」とかつけるんでしょうね)。

しかし本当に我々が作っている映画を必要としてくれている観客は、明らかに「ただ115人死んだというだけ」では満足しない、「一人一人のこと」を分かりたい、「妻や子どもがいたのかしら? 演劇よりも映画が好きだったのかしら?」を知りたい、そういことこそを求めているはずなのだ。そしてそうした人々の数は、我々「映画業界」「ドキュメンタリー業界」が思っているよりも、ずっと多いはずだ。なぜそう確信できるのか? だって「一人一人のこと」を分かりたい、「妻や子どもがいたのかしら? 演劇よりも映画が好きだったのかしら?」を知りたいのは、人間として本来、あまりにも普通のことなのだから。だいたい「妻や子どもがいたのかしら? 演劇よりも映画が好きだったのかしら?」に興味も持てなくて、映画なんて見ようと思うわけがないのだから。

で、あまりにも普通の、人間として当たり前の本来の他者への好奇心と興味と愛と優しさと慎ましさをまだ持っている大多数の人にとって、『ナクバ』は「著名なフォトジャーナリスト」広河隆一センセイのご高説をカリスマとして受け取って安易に同化した気分になるためにこの映画を見る人たちにとってのように興奮できるものではない。でも広河隆一という人が撮った、人間として当たり前の本来の他者への好奇心と興味と愛と優しさと慎ましさの瞬間は、必ずそこに見いだすことだろう。パレスティナのじいさんたちの話し上手に感動しながら、いかに苦難が人間をかえって豊かにもし得るか、我々の人間性に秘められた巨大な可能性を感じ取るだろう。「このじいさんは本当に偉い!」と思える瞬間がいくつもあるだけ、それだけでも見る価値は十分にある。

1/21/2008

地方の文化を考える(東京から見えること)


「東京から見えること」というわけで写真は東京の風景にしました。いろいろウザい街ながら、やっぱりこうやって見ると凄いですね。こんなとんでもない都市は世界でも滅多にありません。真似なんてやりようがないだろうし。

さて昨日は飯塚さんの映画『映画の都、ふたたび』を、映画による日本人論、現代日本社会論として出色の傑作として取り上げたのだが、より普遍的なコミュニティ論としての飯塚さんの映画のおもしろさは別として、文化における東京一極集中の現状に対して地方からどう文化を育てて行くのかということを考える上でも、もちろん示唆に富む映画だった。

その意味でも映画のなかで東京事務局が出て来ないのはちょっと残念なのだが、その不在故にかえって地方文化の現状の問題がいろいろ浮かび上がって来る映画になっていると思う。当事者にとっては公平性に欠けるといった不満が出て来るとは思いつつも、だから「山形国際ドキュメンタリー映画祭」という固有の問題だけの映画として捉えないで、もっと広い視野で考えてみたい。どっちにしろ映画を見ただけの感想だということは、まずお断りしておかなければならない。その上で耳障りなことも書くかも知れないが、あくまで映画というそれ自体はフィクションの体系のなかに見えたことだとご了承ください。

…と書いているところで、国会中継で自民党の伊吹幹事長が世にも奇妙な代表質問をやっている。一瞬、野党の代表質問かと思いましたよ、コレ。だって批判ばっかりじゃないですか--ただし野党・民主党の主張に対する。それも論理的に破綻した言いがかりのような、あっというまに反論されるような内容を、代表質問は党代表の質問に対して内閣が応えるという形式なのを悪用し、つまり野党は反論できないシステムを利用して。「肝心の質問はどうなったんだ?」と思うのは言うまでもないが、それ以上にまず姑息でみっともない。民主党・鳩山幹事長のすさまじい政府批判にあふれた代表質問の時以上に福田総理大臣が居心地悪そうな顔をしているのがなんだかおかしい。伊吹さんはこういう卑劣でみっともない態度が、かえって自民党への支持を落としかねないことに思いが寄らないのだろうか? これに拍手喝采している自民党議員って…。しかも、肝心の福田さんの答弁は、自民党の皆さん、ほとんど聴いてませんね。

閑話休題。『映画の都、ふたたび』でどうしても気になるのは、10数年も映画祭をやっていながら、山形のとくに行政が映画祭の中身となると「プロである東京」におんぶにだっこで、そのことになんの疑問もなく、映画祭専属スタッフの「専門員」(それって映画のプロってことでしょ?)として市に雇用されていた民間人に、「映画のことは東京に任せて、君たちは事務屋に徹しろ」と言い続けることだ。それも「文化振興課」の課長だとか、映画祭の運営に関する会議に出席している役人なのだから、文化行政を担っている人たちのはずなのに--それも市民の税金を使って、市民の税金で給料をもらってるんでしょ? あなたたちだって「プロ」のはずでしょう?

だいたい不思議なのは、「映画のプロ」にもいろいろあるにせよ、我々作っている側はいわば職人で、やってることの大半は非常に地道な、事務的とは言わないが技術的ないわば手作業だし、配給業務ならば事務ができなければ仕事になりません。プロデューサーにせよ配給会社にせよ、会計決算だとかがきちんとしていなければ、税務署の監査は入るし業務上横領で告発だってされかねない。いみじくもあくまでボランティアのスタンスで映画祭を支えて来た桝谷さんが言っているが、「経営」という視点というか、お金を集めて帳尻を合わせてくらいのことは仕事であれば誰でも考えなければいけない話であって、そんなに特別な話ではない。

それを文化行政を担う公務員が事務屋であることにプライドを賭けられても、市民としてはちょっと困ってしまう。 だっていくら役所となるといろいろ煩雑な書類が必要になるのかも知れないとはいえ(ってそれが煩雑でより人件費を食うとすれば、公金の税金なんだから経費の無駄だとかの問題になりません?)、民間だってみんなやってることでしょう? なにがそう違うのかよく分からないんですけど、なのに民間からの「専門員」が「公金を使うことの重み」とかの反省の弁を言わなければ許されないのだから。民間会社の金だって杜撰な会計なんてことやったらまずいんですよ。いや税金の重みは感じてもらわなければ確かに困るのだが、それって会計監査の問題というより「なんに使うのか」を我々市民は見ているんだし、つまり価値のある映画祭を作りあげるのが仕事であるはずだ。それが「東京は映画のプロだから」って中身を任せていいもんじゃないでしょう? それだったら「矢野さんは優れたディレクターだから」と言うべきところだが、どうもそういう意味で言ってるのではないらしい。「東京のプロ」にはなにも言えないから自分のところの専門員に八つ当たりしてるみたいに見えてしまう(あくまで映画を見た限りのはなしで、たまたまそう写っただけなのかも知れないが)。

山形国際ドキュメンタリー映画祭は公平に言って世界に冠たる映画祭だと思う。それも権威主義でなく、新しい映画の流れに敏感で新進の映画作家を世界に先駆けて評価もして来たし、スペシャルイヴェントでも独創的な切り口のプログラミングで注目されて来た。山形がここ10数年、日本どころか世界にドキュメンタリー映画の文化を発信して来たことは客観的な事実なのだと思う。その文化は山形の文化であり、少しは地元としてプライドを持ってもいい。仮にプログラミングの実態を東京事務局が担って来たとしても、その人材を選び雇って信頼し、映画祭を維持して来たのは山形市と山形市民であるはずだ。矢野和之さんというディレクターに世界でも有数の映画祭を作らせたのは山形であり、矢野和之さんが作って来たのは山形の文化であり、山形市役所も山形のスタッフも、それを共に作って来たはずだ。ところが『映画の都、ふたたび』を見ていると、どんどんそういうプライドを人々が失っていく、あるいは失わされていくように見えるし、10数年この映画祭を作って来た矢野和之さんがよそ者として排除されえいるような感覚がつきまとう。住んでるところが違ったって、10数年やってれば仲間でしょう? というか、矢野さんがやって来たことが山形の文化になっていなければ、なんのための映画祭だったのだろう? 『映画の都、ふたたび』の見せるコミュニティの崩壊は重苦しい。しかしなんらかのコミュニティの存在しないところに、文化なんて成り立つのだろうか?

そろそろ20年にもなるのに、未だに東京と山形の違いという単純に地理上の形式を山形の側が思い込んでいるようでは、まずいんじゃないかとどうしても思ってしまう。名実共に山形の映画祭にするために事務局の企画運営機能を山形に移していくというのもひとつの正当な考え方だとは思う。しかしなかなか東京でないと人脈などで困るところがあるのは現実だろう。映画の業界があまりに東京一極中心なのは現実だし、でもそうはいっても、インターネットの世の中になれば事情は変わって来るのではないだろうか? 地理的には確かに東京、山形で分かれて映画祭を準備することになるにしても、10数年もやっていればもう少し一体感というか、精神的なつながりがあってもいいのではないか? 少なくとも、「東京は映画のプロだから」と言って切り離しているのではやはりちょっとおかしい。せめて参勤交代の時代の藩みたいな感覚ぐらいは生まれなかったのだろうか? それを外注業者扱いというのは…。一方で、10数年もやっているのだから、システム的にも外注業者の立場にならないように組織を変えておかなかったのかというのも気になるし、そこで今度は硬直した「行政」と「民間」の区分けが見えて来てしまい、そっちもそっちで暗澹とした気分になる。ならばNPOというのは形式の問題に過ぎないのか?

失礼を承知で言ってしまえば、どうしても自分たちを田舎の小都市と卑下するコンプレックスが感じられてしまってしょうがないのだ。今更「東京」で「プロ」という話でもないでしょう。山形の映画祭だから山形出身でないと、というのも狭量なナシュナリズムならぬリージョナリズムに他ならず、そんなんじゃ地方から文化を発信して中央集権状況を解消するなんてことにはとてもなりそうにない。そうでなくて「山形映画祭の矢野和之だから」であるべき話であって、それはディレクターの個性であり個人の能力のはずだ。といって東京の人間がこういうことを言っても説得力がないのはじゅうじゅう承知だが…。でもなんだか、地方都市の文化アイデンティティという点でもものすごいポテンシャルを持った文化事業を、その価値を自覚できずに無駄にして、どんどん骨抜きにしているようにも思えてしまう。それも紛れもない地方都市の文化事業を。

昨年に山形国際ドキュメンタリー映画祭に行ったとき、「山形と映画」という企画シリーズをやっていて、なにしろ滅多に見る機会がない映画を見られてありがたかったのだが、でも「山形と映画」っていうのもアレだし、いちばんおもしろかったのが主演女優が山形出身というだけの『東京行進曲』でしたから、なんだかなぁ…。

1/20/2008

飯塚俊男さんの『映画の都、ふたたび』

昨日、飯塚俊男さんの『映画の都、ふたたび』をやっと拝見し、引き続き行われた「山形国際ドキュメンタリー映画祭はどこへ行くのか」というシンポジウムにも立ち会った。正直言うと、このプログラムの立て方はちょっともったいなかった気がする。飯塚さんが自分のデビュー作であった『映画の都』と、その対象であった山形国際ドキュメンタリー映画祭に熱い思いがあるのはよく分かるし、表層上は映画祭の危機を撮った映画であるのだから、映画祭の未来を語るのも一見必然的な流れには見える。でもあまりに予定調和過ぎるし、実は映画をその対象の枠内に押し込めて、映画を映画として見させない仕掛けになってしまってはいなかったか?

そろそろ4本目が完成する僕の長編のフィルモグラフィのうち、一本は劇映画のメイキングであり、もう一本はドキュメンタリー映画監督の肖像、どっちも「映画について」のドキュメンタリー映画だ。テレビ用の作品だとさらに3本、やはり映画や映画監督がらみのドキュメンタリーがあるのだから「お前が言うな」と言われそうだが、はっきり言えば「映画についての映画」というのはまずつまらない。映画への愛情とか熱意とかを画面の前面に押し出された日には「勝手にしろ」と言いたくなる。だいたい好きでなきゃできない、というか「好きだ」とか「愛」とかの上っ面の美辞麗句を超えられないようではいい映画なんてできないだろうし、自分の愛だのを観客に共有するように強いるのは手前勝手すぎて、ほとんどポルノグラフィめいた猥褻さにさえ陥りかねない。本気で映画への愛についての映画をやって成功させた人は、ゴダールくらいしかいないかも知れない(『映画史』)。あとはアルトマンの『タナー・オン・タナー』(『タナー'88』の続編)かな? そのどちらの天才も、「映画への愛」に対して、いつも以上に厳しく冷徹な目線を向けている。

飯塚さんの映画は、決して映画についての映画に留まっていないし、実を言えば「映画についての映画」なのは表面上そうであるだけだ。そもそもこれは映画祭という組織運営についての映画であり、それがただ「映画祭への熱意」などだけでは済まないことをはっきりと映し出している。旧県庁の時計塔の整備から始まることで「時」をまず印象づけるこの映画は、18年前の第一回映画祭を撮った『映画の都』の、未使用ラッシュも含めた抜粋を織り交ぜながら、映画はそこに流れた10数年の歳月を見逃しはしない。皮肉にも10回を数える映画祭で、立ち上げの時と現在の危機の時の主人公たちがほとんど同じであることに、彼らにとっても10数年の歳月が流れたことが胸に沁みる。その歳月で彼らがどう変わったのか、変わらないのかは、見ていて正直辛くなるものでもあった。

『映画の都、ふたたび』を映画祭についての映画として見るのなら、興味を持つのは映画祭関係者だけだろうし、「人ごとではない」と身につまされる程度の映画で終わってしまうかもしれない。実際、上映会に集まっていたのはそういう人がほとんどだったのだろうが、そういう映画としてだけ見るのはとてもつまらなく、もったいなく思える。まず日本のドキュメンタリーとしてなによりもこの映画がおもしろいのは、地方自治体の職員、いわばお役人が堂々と発言している数少ない、もしかしたら初めての映画だということだ。なにしろ自治体職員も官僚も、まず取材に応じてくれませんし、内輪の会議なんて撮らせませんから。まして内輪の会議で彼らがどういうことを言い、どう行動するか、そのドラマチックさの迫真性はそんじょそこらの劇映画が足下に及ぶところではない。

それも役人VS役人ではなく、映画祭のスタッフである嘱託職員はいわば民間人で、その彼らが、役人と向き合う会議なのだ。当事者は大変だろうが、映画としてはスリリングで怖く、そして映画的に抜群に面白い。、もちろん台詞の内容自体は、ほとんど重要ではない。言葉のカードを用いて民間人を吊るし上げ、潰すことで自分たちの「偉さ」を再確認せずにはいられないその姿が、映画には浮かび上がる。人間は与えられた状況のなかで自分の役割を演じることでサバイバルし、あるいは自分に与えられた状況のなかで自分を誇示し権力を振るうことで自己アイデンティティを再確認する。こと日本人の組織に属することを第一に考えてしまう国民性、それがどれほど残酷なことにもなりうるかが、これほどリアルに撮られた映画も珍しい。リアルなのは当たり前か。ドキュメタリーなんだから。

いやまあ、見ていてあまり気持ちのいいものではないにせよ、映画による日本人論、現代日本社会論としてとにかく秀逸だ。だからこれを「映画祭についての映画」としてだけ見るのは、あまりにもったいない。もっと凄いのは2007年4月を持って市役所から独立し、NPOつまり民間になった映画祭事務局のなかに、市役所的なパワーゲームの論理が伝染していく怖さだ。市役所側に会計監査の不備をネタにいじめられ、反省の弁を述べながら感極まって涙を流すというお約束どおりにやらなければならない“儀式”を捉えた会議シーンは飯塚さんがこの映画で撮ったなかでも最高の瞬間のひとつだが、その屈辱まで味あわされた彼女が結局クビを切られる(嘘だろ!)、それも引導を渡すのはNPO側だという、その会議をあえて字幕で処理し、その理由を明確にはしないという判断と、夜中に窓越しに、事務所にポツンと座った彼女を撮ったロングショットは、本当に凄いし見事に映画的で、恐ろしく残酷だ。

社会的にも、いわゆる「民営化」に、どれだけ机上の空論とは異なったドロドロの現実があるか、とても勉強になる。一方で思い出したのが、昨年大騒ぎになった安倍総理大臣の辞任劇だ。ほんの一年前にあそこまで持ち上げていた「戦後生まれの若い首相」をよってたかって引きずりおろした自民党は、そりゃ安倍さん自身が無能過ぎたのがいちばん悪いとはいえ、ちょっと見ていて気持ちのいいものではなかった。もうちょっとやりようがあったんじゃないか。

その彼女の去った実行委員会事務局は、一見平和を取り戻したように見える。だがここまでものごとをこじらせてしまった結果の亀裂は、もはや補完しようもなくそこにある(安倍辞任のあと、自民党がバラバラになっているように)。彼女のことは象徴的な一事件に過ぎず、さまざまな亀裂が、この映画祭のために集まった人たちのコミュニティを切り裂いているであろうことは、新事務所のシーンの妙に居心地が悪かったり、不安定だったりするキャメラワークににじみ出ているし、民間NPOになったとたんに、逆に映画祭が官僚化して組織保全で硬直化してしまうとう矛盾。

それでも映画祭は開催されなければいけないのだが、この2007年の空気感は、10数年前の『映画の都』の映像のなかのそれとは、なにかが決定的に違っている。そこに『映画の都』から、89年の映画祭で来日したジョン・ジョスト監督のインタビューが挿入される。ジョストはそこで,アメリカ人に決定的に欠如していて日本社会にはある美徳を語っている。日本人は互いを思いやり、共同体を大事にする、という。その日本的コミュニティのしなやかさは、2007年の飯塚さんのキャメラが一生懸命探しても、もはやどこにも、空気感のなかにさえ存在していない。我々は過去10数年に日本社会がどれだけ野蛮化し、日本人が人としての本来の力を失ってしまったかを見せつけられ、唖然とするしかない。ほとんど同じ人たちが、10数年の時を経ただけで、本人たは変わらずいい人たちに見えるのに、そこに失われたものは決定的だ。

飯塚さんが、あるいは見ている僕自身が、過去を美化し過ぎているのかもしれない。それにしたって30代半ばのいわば大人とはいえ、年齢的にはいちばん若く、今後も成長していく可能性を秘めた女性を、ここまで孤独に追い込みいじめる場所に、もはやジョストの言っていたような美徳なんて信じようがなくなる。それも「いじめている」という自覚も、悪意も、たぶん当事者たちにはないのだ。むしろ申し訳ないと思っている風情さえ、飯塚さんの映像は映している。その彼女もまた、この一件で本来持っていた誠実さや純粋さをどこかで失ってしまったようにも見えた。

飯塚さんは元々はNPO化という「映画祭の危機」を耳にして、映画祭を守るためにこの映画を撮り始めたのだろう。だがドキュメンタリーのキャメラという機械が捉えたのは、原因がどこにあったにせよ、映画祭を中心にしたしなやかなコミュニティが結局は自己崩壊していく姿だった。そして飯塚さんはそれを、やたらと悪い面をあげつらったり悪役を作ったりはせず、あくまで対象への愛情を失わず、かといってお涙ちょうだいに持ち込みかねないところをギリギリでセーブし、非常に優れたドキュメンタリー映画を作り上げたと思う。この映画に出て来るお役人さんたちだって、決して悪い人たちには見えない。ただ共同体としての機能を失って冷たい制度となった組織のなかで、きちんと自分たちの役割を演じているようにしか見えない。

僕自身はその2007年の映画祭には作品ゲストとして参加しただけでから、実際の内情はぜんぜん分からないし、それは一応は知人ではある当事者たちの問題だから僕が口出しすべきことでもないだろう。憶測するに、当事者からすればいろいろ不満もある作品かも知れない(「こんなもんじゃなかった」とか「あの人のいいところだけ見せている」とか)。まったく内情を知らない僕ですら映画祭の中身をほとんど作っているように見える東京事務局、この10数年山形国際ドキュメタリー映画祭の質を維持し、世界でもっともおもしろい映画祭のひとつにしてきたディレクターの矢野和之さんがまったく出てこないのは気になった。なにしろ映画祭の期間中には矢野さんが今回で辞めるという憶測や噂が飛び交い、僕自身がテレビの取材に応じて「映画祭は優れたディレクターなしには成り立たない」と言っていたのだから。もっとも、この映画が映し出していることが現実なのであれば、矢野和之さんの10数年間の功績を心から讃える同時に、「本当にご苦労様でした。もうやめた方がいいかも知れませんね」とも正直思ってしまった。10数年も映画祭を続けて来た、それもドキュメンタリー映画祭を続けて来た結果がこうなるのなら、それはちょっと虚しい気もする。ドキュメンタリーは本来、どんなに残酷な映画でもその根底には人間への信頼があり、その信頼をこそ優れた映画は、究極的には伝えているはずなのだから。

でもまあ、故・佐藤真さんが繰り返し指摘していたように、映画として完成されたとき、ドキュメンタリーは現実にキャメラを向けていても作家の視線と思考を通して構築されたフィクションなのだ。だから山形国際ドキュメタリー映画祭がこれまでの功績をきちんと引き継いで継続することを願うのとはまったく別次元のこととして、この『映画の都、ふたたび』は日本における共同体の美徳の崩壊を見事に表現した作品として絶賛したいと思う。そして、だからこそ「映画祭なんて興味ない」と言わずに、というよりも映画祭のことは忘れて、日本人なら見るべき映画だと思うし、日本社会を知りたい人にはぜひみてほしい傑作だと思う。

とはいえ、本当の内情については知らないし口出ししないと言いつつ、気になったことが一つある。山形国際ドキュメタリー映画祭の危機的な状況、NPO化というのは、てっきり財政的な問題なのだろうと思っていた。それはそれで、我々には困ることだとはいえ、公金であり市民の税金なのだから、たとえば市議会で問題にでもなれば、文化というものが地域共同体のアイデンティティにとってどれだけ重要なのかでも論ずる以外に、「人はパンのみにて生きるにあらず」とでも強弁する以外に、どうしようもない。だが『映画の都、ふたたび』を見ても、その後のシンポジウムを聞いても、実はぜんぜんそういうことではないみたいなのだ。そのどういう政治の力学が働いているのかがまったく見えてこないところが、飯塚さんの映画のもっとも怖いところなのかも知れない。

とにかく映画では全く出てこないし、シンポジウムでもなんだか奥歯にものの挟まったような感じで避けられているので判断しようもないのだが、東京事務局の役割縮小というのも、行政の組織上はいわば外注業者扱いで、財政逼迫のなかでかつ映画祭がNPO化すれば、外注の外注という形式上の問題を巧く処理できないとか、地方分権の流れのなかで文化の東京一極集中を解消すべきという政治的な正当性の流れからも、東京の事務局が実質上作っている映画祭というのも建前上は…といった問題は想定して来た(し、それはそれでまっとうな議論ではある)。だからこそこの10数年、矢野和之さんと一緒に映画祭を作って来た山形の人たちが、もっと矢野和之さんを自分たちの大切な仲間として認識できないのか、東京に拠点があっても、映画祭を通じて山形の文化を育てて来たのは矢野さんじゃないかとか、仮に引退するにしたって「映画のプロだから」と上辺だけ持ち上げておいてその実外注業者扱いというのもないだろうし、「東京はプロだから」と20年やっていながらの残酷な甘えというのもちょっと怖い。その精神を引き継ぐのもまたコミュニティ、共同体の役割ではないか、それも優れた映画を信じることで結ばれたコミュニティなのだから、とか…いやその共同体が自己崩壊していることを映したのが、この映画なのか。とにかく怖いものを見てしまったなあ。その怖さが表面化するのでなく、じんわりとにじみ出て来るのが凄い。