最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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4/09/2008

「こうなることは十分に予想できていたはずだ」

あるいは「なぜそんなことするのか、なにを考えているのか分からない」日記、なんだかこのブログはしばらく、このどっちかに改名した方がよさそうな雰囲気になって来た。なんだかいかにもエラソーで恐縮で、好きな言葉ではないのだが、でも素人目に見てもそうとしか思えないことが多過ぎるでしょう、最近。

今日は日本政府のことでなく(って日銀副総裁人事はやっぱり民主党が蹴っちゃうようで、なんで蹴られるようなことを言っちゃうのか福田さんもなにを考えているのか分からない、というのは昨日書いた通り)、我が隣国中国のことである。胡錦擣政権もほんと、なにを考えているのか分からない。自国の立場を悪い方、悪い方へ、北京五輪が成功しないように骨を折っているようにしか見えないのだ。

日本ではまだなにが原因なのかよく分からない、パリやロンドンもヒステリックだ、欧米の人権外交はアジア人への人種差別じゃないか、と思っている人も多いようで、聖火リレーが予定されている長野も「けしからん」みたいな反応のようだ。「意見があるのは分かるが、オリンピックは平和の祭典だから、ぶちこわすのはよくない」みたいな。だが旧東欧圏が真っ先に国家代表の開会式欠席を表明したのや、英国の性格の悪いので有名な皇太子はまだおなじみの反共で中国が嫌いみたいな匂いはあるものの、イギリス全体でもフランスでもアメリカでも、むしろ国内の、それもどっちかと言えば左翼やリベラル派の突き上げが激しく、政府としてはそれを無視するわけにもいかない、というニュアンスが大きい。北京大学での講演で首相が批判的な演説をしたオーストラリアは左派政権だし、フランスは右派政権が中国政府に批判的な見解を出しているが、あれぐらい言わないと政権がますます不人気になるからだし、もっともおおっぴらに運動しているのは社会党で人権派、同性愛をカミングアウトしてバリバリのリベラル派であるパリ市長だ。もっとも、こうなるとフランスとイギリスでどっちが人権をより重視しているのかの競争みたいにも見えて来たが。

日本では歴史教科書と靖国の恨み(?)で中国が嫌いな自民党極右反中国派とか、それこそ小林よしのり辺りしかとりあげないのが常のチベット問題(江戸の仇を長崎で討つみたいな話が、マッチョ保守の方々はお好きなようで)だが、ここへ来て大手のなかではどっちかというとリベラル、左派である朝日・毎日、テレ朝、TBSのうち、とくに毎日/TBS系がかなり明確にチベット支持、中国批判を打ち出して来ている。ことなかれ主義NHKですら無視できず、中国より報道も控えめになりつつある。それでも「北京市民の怒りの声」をわざわざ報道するのは、おべっか使っているようにしか思えないのだけど。朝日だって以前に較べれば少しは進歩しているのだけど、しかしやはり解説委員などに中華人民共和国への幻想というか無自覚な服従から逃れられない人も多いようで…。

日本でこの問題が無視されて来たのには理由がある。まず政府が「靖国その他」の中国との衝突材料を抱えているなかで、これを持ち出して本格的な論争になるのを恐れることなかれ主義。経済界にしても日中関係を悪化させると商売に響くので、中国が確実にヒステリックに猛反発するこの問題は、いわば鬼門みたいなものだ。もうひとつは、最近はかなり改善されているにせよ、大手マスコミの多くが北京支局を閉鎖させられることを恐れていたから、というわけで要は事なかれ主義なわけだが。ダライ・ラマ14世はじつは仏教団体などの招きでけっこう来日しているのだが、彼の来日がニュースになったり、ニュースでなくても電波にのったのは3回に1回くらいがせいぜいという感じだ。それこそ90年代半ば、ということはダライ・ラマがノーベル平和賞を受賞した後になるはずだが、その来日の際にはワイドショーのレポーターがオウムの麻原の写真を突きつけて「この男を知ってますか?」と詰問していたりで、ダライ・ラマ14世が先進国の知識人から尊敬されているほとんど唯一の宗教指導者であること(たいがい欧米の知識人は無神論だから宗教指導者には否定的)なんて、ほとんど知られていないわけだ。

さすがにこの3月からのチベットへの弾圧と、チベット人の暴動は、今までのことなかれ主義で見て見ぬ振りでは済まなくなって来ているようだが、それでも聖火リレーのことばかり報道されると、なぜここまで反発があるのかは今ひとつ伝わっていないのかも知れない。だが「平和の祭典を妨害するとはけしからん」という人には、人命と人種差別と一民族の存亡と、聖火リレーという形式の、どっちが「平和」にとって大事なのか考えて頂きたい。他民族を押さえつけてその文化を奪い、人々を踏みつけにし、その民族宗教の最高指導者どころか活き仏様を誹謗中傷するだけでなく、僧侶にその誹謗中傷文書を「愛国教育」として暗唱するよう強制することのどこが「平和」で「調和」なのか。建前上は信教の自由を尊重すると表明しつつ、「国家への反逆者」であるダライ・ラマの肖像や写真は飾ってはいけないって、ダライ・ラマは教義上、ただの指導者ではなく、観音菩薩の転生なのだから、これじゃ江戸時代の踏み絵みたいなものだ。

1951年に始まった中華人民共和国のチベット進駐、というかはっきり言って占領は、一説には死者100万人の死者を超えるとまで言われる(駐日ダライ・ラマ法王代表部の出している数字は累計120万)。正確な数字は、なにしろ死者数を把握して公的な記録を作っているのが弾圧をしている側なのだから分からないが。世界で最も高い位置を走る鉄道として話題になったラサへの鉄道の開通とともに、「チベットのよりよい経済発展」と称して、漢民族の移民を政府は奨励している。結果として、ラサの人口35万のうち、25万人が今や漢民族、毛沢東時代に人民解放軍は「チベット少数民族の要請で」チベットに進駐したのだが、今やチベット人は首都では本当にチベット“少数民族”になってしまった。数の上だけではない。チベット人は実態としては強制で、自分たちの土地を「売り」(国が地上げ屋をやってるようなもんだ)、一等地は政府の施設になったり漢民族の会社や商店になり、鉄道の開通で重要な産業となった観光でも、利潤はおもに漢民族に流れる。どうも相当に埋蔵量があるらしい地下資源についても、大規模な開発が計画されているらしく、ダライ・ラマが自然破壊を懸念する声明を出している。中国政府が世界遺産に申請して観光資源として有効活用中のポタラ宮は、あれはダライ・ラマの住居ですよ、元をただせば。

1951年の人民解放軍の進駐当初は第二次大戦の数年後でどこの大国からも無視されて承認もされず、いったんは中国政府との協調を目指しながら(一時は全人代にも出席している)もそれが叶わず、命まで狙われてダライ・ラマは1959年にインドに亡命。それから30年近く地道に非暴力主義と平和主義でチベットの独立…ではなくあくまで本格的な自治を訴え続け、80年代の末にやっとノーベル平和賞などで国際的な認知が高まったわけで(それと前後して、ラサで大規模な弾圧と暴動があった)、90年代からは先述の通り仏教団体の招聘で来日も何度かしているのだが、これが欧米だと来訪すればちゃんとニュースになり、さてその国の首脳が会うのか会わないのかが焦点になるという状況が20年くらい続いている。つまりみんな知っているし、良心的な活動家やジャーナリスト、芸術家ほど注目している。それにだいたいの状況を知っていれば、やはりこりゃひどいと思う。日本では10数年前には「諸君」とかにしか書いてないことだったとしても。

チベット問題は国際的に十分に認知されているというのに、3月10日のラサ動乱記念日に僧侶がデモを起こしたことになぜ発砲するのか、理解に苦しむ。ちなみにラサの暴動が報道されたのは3月14日で、中国側は報道官制をちゃんとしいたつもりで「ダライ集団の陰謀に扇動された一部暴徒が」と毎度おなじみの、今や誰も真面目に信じないコメントと共に、チベット人の漢民族商店襲撃などのみの映像を流したのだが、3月10日にデモがあったりするであろうこと専門家や事情通であればだいたい思いつくことであり、なのに14日に暴動が起ったということだけが報道されれば、その4日間になにがあったのか、中国政府はなにを隠しているのかは、だいたい想像がついてしまう。

それに鉄道開通で観光産業に大幅に力を入れていれば、今時の観光客が世界最高峰レベルの山々の美しい風光明媚なチベットと、ポタラ宮を初めとする歴史的建造物、日本だとNHKの『シルクロード』ですっかり有名になった五体倒地やマニ車などの敬虔なチベット仏教徒の祈りを見に来るのに、キャメラを持っていないわけがないでしょう。いまや携帯電話でも写真や映像がとれる時代なのだから。なのに観光客に口止めして外国人ジャーナリストを制限すれば大丈夫だろうと言わんばかりに、当局側が発砲したことを否定し続け、出国した観光客の撮ったビデオでそれが暴露されてしまう。しょうがないから外国人ジャーナリストを入れながら、「危険だから」と当局側が随行した(というか監視した)ツアー取材のみ。あげくの果てにそれでも命を賭して真相を訴える僧侶を撮影されてしまえば、余計な隠しごとをしようとすればするほど、中国側がいかにひどいことをやったのかという印象は世界に広まる。それを「分離派」だの「ダライ集団の陰謀」と必死に報道したって、かえって逆効果にしかならない。

一方でダライ・ラマ側は、意図的かどうかはともかく、というか意図するまでもなく、最良のメディア戦略を実行できる−−つまり、正直であること。実際、ダライ・ラマが暴動を扇動するなんてそもそも現実的に不可能なんだし、ダライ・ラマ自身が非暴力主義を貫いているんだからそんなことしたら損するだけだし、現にチベット人にも自制を呼びかけているし、しかもダライ・ラマがその信条を貫けば貫くほど世界中で尊敬を集めていくのだから(で、今回の騒動に対する対処でますます好印象アップなのだから)、中国側にその意味では勝ち目はない。とっとと方針転換する意外に逃げるところはないというのが、どう考えたっていちばん安全で確実に北京オリンピックを成功させる手段だろうに。

それどころかもっと恐ろしい自滅のシナリオが待っている。チベット問題はダライ・ラマの人徳もあって注目を集めているが、中国は他にも少数民族問題を多々抱えている。9/11以来、チベット以上に気を遣わざるを得ないのが、人口的にははるかに多い回族やウイグル人、つまりイスラム教徒だ。ロンドンとパリに較べていわゆる西側や日本ではあまり報道はされていないが、その前のトルコでも聖火リレーに相当な抗議があった。それをわざわざ、聖火をエベレストを超えさせてラサを通した後、少数民族自治区も軒並み通過させながら、第二次大戦中と国共内戦中の八路軍の「聖地」をくまなく廻るという露骨な国家主義丸出しの聖火リレーで起こりうる反発は、パリやロンドンの比ではない。それを強権的に押さえ込みながらなおかつ世界に向けて誇らしく国威発揚の写真や映像を流し続けることが、本当にできると思っているのだろうか? それがどれだけ危険なことか、気がついているのだろうか? オリンピックを強行することで中国がバラバラになる危険すらはらんでいることに、なぜ気がつかないのだろう?

チベット仏教でダライ・ラマと並ぶ最高位の活仏のパンチェン・ラマは、指名権(というか、阿弥陀様の化身として転生した子どもを見抜く霊力とかそういうことなんでしょうね)を持つダライ・ラマ(こちらは観音様の化身)の見いだした生まれ変わりの少年が誘拐され、中国政府が指名した(って、なんで無神論共産党が活仏の転生を指名できるのかさっぱり分からない)少年が代わりに立てられ、本来の転生した少年の生死もすでに10年近く分からないままだ。そういうことまでやられても、ダライ・ラマとダラムサラの亡命政府はあくまで「独立」ではなく、中国の一部としてのより完全な自治を求めているだけだ。宗教指導者なのにリアリストでもあるダライ・ラマは、チベットの経済も中国との密接な関係なしには成り立たないし、独立して対立したらもっと大変なことになるのを危惧しているし、非暴力主義の観点からチベット自身が軍事力を持つことに否定的だからでもあるが、中国側からすれば落としどころの妥協点を準備してくれていることにもなるのに気がつかないのだろうか? これだけ痛めつけてもなお中国側への配慮さえ口にし、一定の正当性させ認め、理解を示すダライ・ラマの立派な態度は、立派すぎてますます腹が立つのかも知れないが、そんな見栄や感情であんな巨大で複雑な国家、統治なんてできないでしょうに。うわべだけ「平和と調和」といいながら力の誇示で世界の盟主を気取ろうにも、現代の世界はそういう時代を超えようとする努力が必要とされる時代だ。

今やダライ・ラマが自制と非暴力をチベット人側に呼びかけても、チベット自治区の外でのチベット人居住区をめぐる暴力的衝突は後を絶たない。元々制度上は実権をすでに手放しているダライ・ラマも、引退をほのめかしている。問題を平和裏に、極端な衝突なしに納めるには、ダライ・ラマと協力するしかいないのだが、それも時間の問題なのだ。中国側がほとんどオートマチックに、伝統的(?)に敵視している彼は、リアリスティックに考えれば中国側にとっても手のつけられないような大規模な反乱や独立戦争を防ぐ最後の切り札にもなっていることに早く気がつかないと、大変なことになる。今ならまだ、ダライ・ラマがいるうちに亡命政府との交渉を始めれば、どんなに不満でもチベットの民衆もその精神的指導力に納得して従う可能性は高い。北京政府は次のダライ・ラマを自分たちで指名すればチベット民族を押さえられると思っているようだが、逆に反発を呼ぶだけだ。現ダライ・ラマが尊敬を集めているのはもはやその教義上の格式だけでなく、本人の個性と人柄によるところが大きい。それ故に彼の訴える非暴力主義がチベット人にも説得力を持って来たのだが、今回の暴動などを見るとそれも限界に近い。今のダライ・ラマの人徳がなければ、より急進的な独立派、50年以上抑圧されて来たことの恨みと怒りの暴発を押さえられるのか?

オリンピックの前に、聖火をラサに通す前にそれを始めなければ、中華人民共和国の各地で民族暴動が勃発することすら想定しなければならないかも知れないし、そうなればチベットの怒りだってダライ・ラマの呼びかけでも抑えきれないだろうし、ことイスラム教徒の少数民族問題では、中近東で勃興するイスラミズムの浸透も懸念される。聖火リレーは文字通り松明を火薬庫に放り込むようなことになりかねないのだ。で、力で押さえきれると思うのは、考えが甘い。

そうでなくったって中国人の警護隊が聖火ランナーを囲み、自分の手で聖火を消している画が世界のテレビに流れるのは、青いジャージにグラサンのいかにも諜報部隊かSPみたいな警護隊の雰囲気とあいまって、まことに失笑モンであると同時におっかない。見た目だけでも極めて印象が悪く、「なにが平和と調和だ」と馬脚を世界のメディアに晒している上に、ゴリ押しに他国(あるいは実施場所の自治体)の警察権を侵害していることにもなりかねない。五輪組織委員会や政府発表もいかにも官僚的、というか軍隊的なキツさで、自分たちがどう見られるのかということにまったく無頓着な、こんなこと自分たちで企画しておいて、「平和と調和」ですから。結局市庁舎には到達しないで、パリ市長は皮肉な表情を浮かべていた。

とりあえず明日にはダライ・ラマが飛行機の乗り継ぎで成田に立ち寄るそうである。さて日本政府は戦々恐々としている模様だが…。そうそう、長野の聖火リレーは善光寺さんから始まるそうで、あそこは密教じゃなかったと思うけれど、仏教なんだし少しはなにか言ってもよさそうなものではある。

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