最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

12/19/2009

慶應大学で講演と『フェンス』上映




慶應大学(日吉)で、横浜の寿町に拠点をもうけてドキュメンタリーを撮る実習をやるそうで、その準備のためのワークショップを、というわけで12月22日(火)に当方の最新作『フェンス 第一部 失楽園 第二部 断絶された地層』(2008)を特別に先行上映し、「ドキュメンタリーの作法」について学生さん向けの講演をやることになりました。

10月の山形国際ドキュメンタリー映画祭での国内初上映以来、首都圏では初の上映になります。学内でのイベントですが、別に非公開でもなく、この機会によろしかったらご覧下さい。





日吉映像フォーラム
第一回ドキュメンタリー・ワークショップ
『フェンス』上映と藤原敏史監督に訊く


本ワークショップでは、ドキュメンタリー作品の製作を目標として、ドキュメンタリーというアクチュアルなメディアについて理論的および実践的に学習していきます。初回は、気鋭の若手監督藤原敏史氏の『フェンス』(2009年山形国際ドキュメンタリー映画祭出品作品)を上映し、藤原敏史監督と映画批評家の杉原賢彦氏をゲストに迎え、逗子市の池子米軍基地問題を扱った上映作品について徹底的に議論します。

上映作品
『フェンス 第一部 失楽園 第二部 断絶された地層』  
  製作 安岡フィルムズ 羅針盤映画 製作協力 逗子市
  プロデューサー 安岡卓治 藤原敏史
  撮影 大津幸四郎
  音響監督 久保田幸雄
  監督/編集 藤原敏史
2008年 日本 第一部83分、第二部84分 デジタル(HD) カラー (DVD上映)

米海軍池子家族住宅を取り囲むフェンスそのものを執拗に撮り続けていくことによって、その存在の物質性を強く印象づけると同時に、そこに生きる人々の記憶の諸相を丁寧に記録することによって、フェンスの横断する森の生命力に比するものを人々の語りのなかから紡ぎだしていく、詩的なドキュメンタリー作品。 
「藤原監督はとても自然にインタビュアーとして画面に映っていますし、何より特徴的だと思ったのは、何の気負いもない少し不器用なくらいのナレーションが入っていることなんです。そうした作家の等身大の身体性みたいなものによって、世界と真摯に向き合っていく。それがおばあさんたちの本当に魅力的なインタビューを際立たせていているように感じました。3時間あるのに長さを感じさせない、というよりも、時間を追うごとに彼女たちの語りが、藤原さんとの関係性においてたしかに輝きを増していくんですね。不器用さとないまぜの作家の真摯さみたいなものを、大津幸四郎さんの構えた画面のそこかしこから感じられるんです。いくつもの質の異なる時間軸が交差する中で、ひとつの場所についての物語が思考され語られていく。硬派なテーマなのに、観客を選ばない作りの映画になっています。」  萩野亮、「ドキュメンタリー映画の最前線メールマガジンneoneo」2009.12.1号 




監督ステートメント
作った人間としては、これを在日米軍をめぐる政治的な映画としては見てもらいたくない。この二部作は失われてもはや見ることのできない“ニッポンのふるさと”をめぐる、記憶することと、見られないことについてのものであり、僕自身が池子と直接関係のない人間であるにも関わらず、自分の極めてパーソナルな思いが、我々が見せるものと見せないもののすべてに、滲み出ていればいいと思う。

藤原敏史、2009年8月


ゲスト
藤原敏史(映画作家)
杉原賢彦(映画批評家、本学講師)

司会
佐藤元状(法学部)

日時:12月22日(火) 16時30分開場/16時45分開演(終了は20時を予定しています。)
場所:慶應義塾大学日吉キャンパス 独立館D404教室
主催:慶應義塾大学教養研究センター

12/14/2009

さすがに腹が立って来た

9月の政権交代以来、マスコミの報道が次第におかしくなって来ている。最近となるともう、ある種の意向が働いての露骨な印象操作の偏向報道としか思えない。

まず「日米関係最大の懸案」ということに半ば捏造の偏向報道の連日連発で持ち上げられてしまった普天間問題。この騒ぎ自体がある意味マスコミ報道が作ったもの、それを報道させているのは日々リークに余念がない外務省と防衛省の官僚なのだろうという推測くらいはすぐ着くのだが、報道する側の態度がこれまたいくらなんでもひどすぎる。

アメリカと対立することはアメリカのご機嫌を損じることになるのでいけないから、日米合意通りに辺野古沖に基地を移転するよう鳩山政権が決断すべき、という主張だけでも、いったいどこの国のマスコミかと呆れてしまうわけだが、先日驚いたのは「鳩山政権は日米同盟と社民党との連立のどっちが大切なのか?」と“アメリカの高官”とやらが不快感を表明したという報道。

そもそも論として、アメリカ政府関係者がそんなことを言い出したらさすがに「露骨な内政干渉」「アメリカの単独覇権主義はオバマ政権になっても変わってない」という批判が噴出して当然だろうに、そんな論調はまるでなし。

それにしても冷戦が終わって20年、アメリカ以外の先進資本主義国では社会民主主義系の政権が出来るのもごく当たり前になった現代に、「社民党」つまりSocialismが党名に入ってる旧・社会党だからってアレルギー発揮してる“アメリカの高官”ってどこの馬鹿かよ、と呆れて聞いていたら、なんと出て来たのはアーミテージ元国務省副長官と、グリーン元大統領補佐官…?

…って、オバマ政権じゃなくて政権交代で失職してるブッシュ政権の高官じゃないか。せめて「元高官」と言えよな。こりゃ悪質な虚偽報道に限りなく近いよ、こうなると。

さらに驚いたのが、その発言の場が見るからに日本で行われたシンポジウムだったのに、主催者が誰かもまるで報じられない。あからさまに日米安保関連の利権に関わってるような団体が開いた会なのだろうが、防衛省の次官がそういう利権にまつわる汚職で逮捕されたのも記憶に新しいというのに、いたいどういう報道だよ。だいたいアーミテージなんていわゆる「共和党系親日派」、俗にいう「日米安保で食ってる連中」の代表格なのは日米外交を報じるにあたっての常識だろうに。

ホワイトハウス報道官が、自らはあえてアメリカ側の立場を発言せず、記者からの質問でやっと「我々にも立場がありますよ。以前に決まった合意があるので、それが立場です」と単に事務的に応じたことも、英語で聞いてればことさら特筆すべき発言でないのに、字幕と解説であたかも重大発言のように歪められて報道される。

訊かれたから答えただけ、自分から言ったわけではないという単なる事実、さらにはオバマ政権にとって普天間問題なんて日米政権においてさして重要な問題とみなしてすらいない現実は、決して報道されない。COP15で米政権がその問題で日米首脳会談を希望されても困ると言ったのだって、地球温暖化対策にアメリカも参加させることが重要な政権課題なんだから、そこでそんな話を持ち出されるても困るというだけの話だ。

オバマ来日の少し前に、沖縄で米兵によるひき逃げ事件があった。大統領来日前に非常に微妙な立場の司令官がわざわざ謝罪と捜査への協力を表明に当該の市の市長を訪問したことすらちゃんと報道しないのは毎度おなじみの風景ながら、そんな態度だからオバマが日本に24時間弱だけ滞在して中国に行っちゃったとたんに、アメリカ側は捜査協力すら渋り出すのもある意味、当たり前である。日本国民の命が奪われてる事件なんだから、首脳会談でアメリカ側に詰め寄るよう求めるのは日本の論壇として当たり前のことだろうに。

いったいなんなんだよ、と思ったら、今度は中国副主席来日で天皇が会うことになったことについて、宮内庁長官の下らん発言、というか倒錯としか思えない越権発言を針小棒大にとりあげ、「一ヶ月前」とかいう誰も知らないルール…ですらない、宮内庁のごく最近できた内規に過ぎないことをめぐって大騒ぎするのがこれまたおかしい。

小沢が激怒したのは、悪いけど小沢サンが全面的に正しいです。そんな宮内庁の言い分を正しいかのように報道するのは、「統帥権の独立」をタテに出来た旧大日本帝国憲法の欠陥を、今度は成文法ですらない曖昧さで正当化するのに等しい暴論に過ぎない。こうなると「天皇は象徴」とだけで曖昧にあえてすませた日本国憲法がかえってヤバかったのかな、とすら思えて来る。

この一連の報道における言外の言は、小沢訪中団への批判も含めて、要するにアメリカとの関係を悪くして中国と仲良くやるのはけしからん、っていう奇妙な理屈なのだろう、典型的な霞ヶ関の発想として。

当の政権内では防衛大臣が完全に防衛省の役人とそれを取り巻く利権グループに取り込まれ、岡田外務大臣も日米安保にからむ密約問題を調査させながら、それとこの問題をちゃんと連動させられないのだから情けない。

バカな宮内庁長官は「天皇陛下は中立でなければいけない」って、内規をいいわけにしてその実中国の要人だから天皇に会わせないって言うんじゃ、それこそ典型的な政治利用じゃないか。

そもそも天皇が外国要人に会う「皇室外交」自体が、天皇の政治利用に他ならない。だからこそ国際親善程度にその役割を限定すべきであり、国際親善なら隣国の要人に会うのがなにが悪いんだか。ただの表敬訪問にしかならんだろ、どうせ。断る方こそ日中関係を犠牲にして日本を米国の属国にしておきたい連中の政治的スタントじゃないか。

日本の国益を考えるなら、どちらも重要な外交パートナーであり、どちらの国にとっても日本との関係が重要なのだから、そのあいだで絶妙なバランスをとるのは当然の話。とくに鳩山政権は日米安保の見直し・再定義を重要な政策課題にしている以上、多少はアメリカを焦らせるのは当然やらなければいけないことだ。

オバマのアジア歴訪の際のアメリカの新聞報道でも見てみればいい。アメリカはアメリカで日本が中国との関係を密接にし、そこでアメリカが取り残されることを極度に警戒している論調が目白押しだった。だからこそアメリカが日本との良好の関係のために妥協するように導くのも、当然の外交戦略に決まってるだろうに。一方で中国は日本にとってもアメリカにとっても最大の貿易相手国なんだぜ? まったく利害というものが考えられないのかよ、日本の「政治」の専門家さんたちは。

アメリカ側が一応強気のポーズをとるのは、これまでの日米関係で自民党政権と霞ヶ関は常に外圧、というかアメリカの圧力に弱かったからなのと、外交交渉である以上最初は強気のポーズをとるのが常識だからに過ぎない。

また今回の場合は日米安保の見直し・再定義がその先にあるからこそ、強気にしないと足下を見られるネタ、つまり日米安保のなかで密約を日本に強制した過去や、辺野古沖への移転自体がアメリカの国内法にひっかかる可能性があるから。あとアメリカ側の一部勢力として、つまり例の日米安保で食ってる連中んとって、当然ながら安保の再定義をアメリカ有利にやりたいから。「おもいやり予算」ですら事業仕分けの対象になるのだから、その点ではアメリカ、というか「親日派」の利害は確かに脅かされているし、国防総省を中心にそういう勢力はまだ残ってるわけで、なにしろホストネーション・サポートがここまで手厚い同盟国/米軍駐留国は他にないんだし、自衛隊の装備でもアメリカ企業がボロもうけしている一方で、日本の先端技術の力が米軍の兵力維持にも重要な役割は果たしているわけで…というのが在日米軍を維持したいアメリカ側の最大の戦略的理由、「アメリカが日本を守ってくれる」って、いったいどこから守るの? ってのがアメリカ側の現実的な本音なんだが…。

そんな事情はマスコミだって「専門家」なんだし分かってるはず、それを相手の政治情勢を冷静に分析もせずに(できるはずなのに)、ただひたすらここまでびびっていて、いったいどうするだろう?

オバマ政権にしてみれば、アフガン問題や地球温暖化対策と、大統領本人の悲願である核軍縮での方が、よほど日本の協力を求めているのに、民主党政権だってもっとはっきりと「国際協調路線」を打ち出すべきなのだが、その辺りがかなり情けない。

鳩山さんもボンボンの強みで「そりゃ原案どおりなら誰も苦労する必要はないわけで」というわけで、これだけマスコミやらなにやらがわーわー騒ごうがどこ吹く風な態度を貫けるのはたいしたもんだが、自分の内閣をうまく制御できてないのはさすがに困る。

北沢防衛大臣がまったくのダメ大臣で、民主党次世代の期待の星だったはずの岡田さんも外務官僚相手に悪戦苦闘中だからって、肝心なのは彼らが鳩山さんの大臣なのだということ、外交である以上海外から見えるのは、日本で見るのと違って一人一人の大臣ではなく、あくまで鳩山政権、鳩山首相の判断に見えてしまうのだから。

オバマ政権もこの点についてはとくにイライラするし、それはある意味当たり前のことである。そんなところで弱みと取られることを見せてしまっては、外交はやってられない。

やっぱり小沢が首相になった方がよかったのかね。もっとも、だからこそ霞ヶ関官僚機構は、政権交代の前に小沢政権の芽だけは潰そうとしたわけなんだが。

11/17/2009

実は元特攻隊員、田英夫氏死去


前参議院議員で、その前にはベトナム戦争中に西側メディアで初めてハノイに入って取材(同時期に「メディア」ではなく政治映画でヨリス・イヴェンスと妻のマルセリーヌ・ロリダン、ロバート・クレイマーらのニューズリールや、後では女優のジェーン・フォンダなんかもハノイ入りしているが)、自民政権の圧力でキャスターを辞めさせられると今度は参議院議員選挙に立候補、社会党、社会民主連合、社民党で計6期を努めた田英夫さんがさる13日に亡くなっていたことが分かった。

「特攻隊」の生き残りについてのドキュメンタリー企画が数年前からあって、ぜひ一度お話を撮影させて頂きたかったのだが、こちらの出資がなかなか集まらず、田さんのご健康状態もあって実現せぬままでした。冥福をお祈りします。

11/16/2009

お天道さまありがとう



宗教とか神仏なんてまったく信じませんけど、ときどきこういうことが起るときは起るんだなぁ。

ただの自然現象の偶然に過ぎないんだけど。

ちなみに最後に右にパンするところで分かるように、人工照明は一切使ってません(見りゃわかるようにその場所がない)。もっとも、これだけの効果を人工的にやるならかなりの規模の照明部が必要だし、それだけカネかけても決してここまでキレイにはならないわけで。

11/10/2009

Robert Kramer (6/22/1939-11/10/1999)

ベルリンの壁崩壊二十周年の翌日は、ロバート・クレイマーの没後十周年だった。


http://www.windwalk.net/afterlife/sortie.htm

12年前にとったロング・インタビューがまだウェブ上で読めるようになっているので、今だからこそあらためて、ぜひ読んで頂きたい。


この惑星で、 生き延びるために トーキョー=ヤマガタ、ロバート・クレイマー インタビュー
Chapt.1, Chapt.2
Chapt.3, Chapt.4, Chapt.5




この20世紀の終わりに、本当に難しいことは、自分の考えで考えることだ。あらゆることが既存のチャンネルにあてはめれ、一般論で言えば、皆のために経済的な利益を生ずる方向へと収斂されてしまう。だからもしその外側にありたければ、極めて狡猾でなくてはならない。現在ある社会構造を避けて回り道を覚えなくてはならないし、誰が同盟者なのかを見極めなくてはいけない。

現代の映画作りで最重要な問題は、時間だ。なぜなら時間はそのまま金であり、だから自分のやりたい仕事をするのに必要な時間をどう確保するかが問題になるのだ。例えば『ディーゼル』のときの問題のひとつは、私がこのことにまったく気づいていなかったことだ。だから、撮影が終了したとき、題材の3分の1が未撮影だった。プロデューサーが残りも撮らせてくれると期待していたが、プロデューサーにしてみれば、そんなことは一瞬だって考えることがなく、結局映画はその部分が欠けたまま無理やりつなぎ合わせることになった。こんなことは二度と起こらない。自分をどう守ったらいいか、ずっとよく学んでいるからだ。一定額のお金があるとき、その二倍かかる映画を想像することは非常によくない考えで、始終時間との戦いに悩まされることになる。

例えば、今ではほとんど映画をうちのビデオで編集する、ビデオで編集を初めて、フィルムで完成させるのだ。理由のひとつは、私自身の給料は映画一本当たりのものだから、自宅でやっている限り、製作会社の出費になる編集者や編集設備を使わないので、好きなだけ時間をかけても構わないのだ。だから自分が映画をコントロールできていると感じてから初めて、実際の編集過程に入れるのだ。そう言うと、ビデオで編集なんて絶対にできないという人に遭遇する。それに対する私の答えは、確かにビデオで編集するのはフィルムで編集するのとは違う。だがビデオで編集することで、膨大なフィルムの中から何が必要で何が要らないかを見極め、必要なぶんだけラッシュをプリントすればいいのかを決めることができるのだ。これで金の節約になるだけでなく、製作会社から何週間遅れている、何カ月遅れていると催促される苦痛から解放されることができるのだ。例えば『ルート1』のような大きな映画の場合、私は3、4カ月はひとりでビデオで編集し、そのあいだに映画を理解することができたから、実際の編集に強い立場で入ることができた。

私にとって映画作りのイメージというのは、戦争なんだ。あるいはサムライのイメージ、軍隊の演習のイメージだ。自分を守らなくてはいけない。攻撃態勢でなくてはならず、さらに自分を守らなくてはいけない。一本の映画にどれだけ時間がかかるかを把握しなくてはいけない。今はよく、同じ連中と組むようになっているが、彼らは私のやり方を知っている。だから撮影スケジュールを見て、私がこれでいけるだろうと思っても、彼らが「いや無理だよ。君ならこの倍の時間が必要だ」と言ってくれる。私も「OK、君の言うとおりだ」というわけで、別のやり方を探すことになる。こうしたことすべてが、生き残りの戦略なのだ。




私は自分の傷つきやすさを感じて、生き延びるために立ち上がるような人間の方にずっと関心があるんだ。自分を守るために立ち上がる人。それは我々の大部分がこの世界でおかれている状況でもある--極端に、傷つけられる立場にあることだ。この世界は個人個人の欲求にいちいち心を配ってくれる場所ではなく、人間はただ定まった男である在り方、女である在り方にあてはまって生きるように求められているが、それは一人一人の本当の体験にとって正直なこととは言えない。たとえば父親の役割を要求されてるある人の、その内面が崩壊しつつあることだって少なくない。だから私の映画の人物たちが傷つきやすいというのは真実だ。彼らは「俺は知らない」と言ってしまう立場におかれているし、自分の置かれた状況のなかでどう行動したら分からないように準備されている。その代わりこの彼ら、いわばささやか人間たちは、ただその分だけより正直に生きようとしているのだ。

私は服従なんて信じない、子供の親の支配に対する服従とか。

これはときには、弱さに見えることもある。だが私の描く人物たちは傷つきやすいかもしれないが、弱者とは程遠い。そして自分たちの持つ力の多くを注いで、自分自身の尊厳を守ろうとしている。基本的にまったく尊厳とは無関係のこの世界のなかでね。

私は多くの映画に、本当の"人物"を見いだせない。見えるのは図式だ。ただ現在ある階級構造を甘受すること、性的役割分担をそのまま甘受すること。そうしたものを何か別のやり方で再定義しようという努力を映画のなかに見いだせないのだ。これは大ざっぱに言ってハリウッド映画と、我々の生きる世界との関係にも言えることだろう。炎の壁をくぐり、交通事故でも切り抜ける人々--さて現実には、私には交通事故や自然災害、暴力で傷つく人間しか見えない。これは実は、私がドキュメンタリーとフィクションの違いについて悩んでいることでもある。リアリティとフィクションの違いは、物語り形式を取るか取らないかに関わらず、現実の世界の在り方についてか、そうではないかだと思う。ドキュメンタリーでもまったく我々の生きる現実と無関係なものを作ることができるし、実際いつもテレビでやっているのがそれだ。

一方で、世界は大変急速に変化している。人々はいまや、伝統的な家族とは異なった様々な人間関係のなかに生きているのだ。たとえば日本では、テレビで見ていることと、実際の街で見ていることの違いは驚くほどだ。連続ドラマや、東京を映した映像にでさえ、実際に私が見ることとのあいだになんの関係を見いだせない。




シネマとは特別なものだ。ムーヴィーとは違う。我々の知っていた映画はまた、我々がどういう考え方をするか、世界をどう分析するかと関係があった。そしてあの手の大きな映画がまず絶対やらないのは、世界を分析することだ。世界について何か言ってはいるかもしれないが、基本的に最も強烈な印象だけを混ぜ合わせているだけだ。たとえば"愛"はこうした複雑な宇宙ではない、だれも愛のディテールにまで入って行く暇がないから、愛は"電撃"ということになる。暴力とはこういうものだ、権力とはああいうものだ、というように、単純なゲームのように将棋のコマを動かしていく----これは分析じゃない。そして人々は生活のなかで、分析をしようという忍耐をどんどん失って来ている。読書は減ってマンガを見るだけになり、テレビもまた分析とはなんの関係もない、 ただニュースや連続メロドラマ、ときたま映画を混ぜ合わせた自己満足的な映像の流れに過ぎない。その意味で、世界を理解することという映画本来の投企は、すでに死んでしまっている。

Q それでもあなたは、この世界をよりよく理解するために映画を作り続けている。

まだ作ろうとしているし、続けて行くつもりだ。自分はそのやり方を知っているし、自分の全能力を注ぎ込んでも、それをやり続ける立場を守って行くつもりだ。そして何が起こるかを見極める。それがこの人生をつかってなすべきことだからだ。まさにウォーク・ザ・ウォーク(笑)、人生の歩みを歩くことだ。

Q あなたの映画の一本一本が、映画の表現の上でも、世界に対する考え方の点でも、新しいこと、別のことへの挑戦になっているのではないでしょうか。それはあなたが常に今、現実の世界との関係のなかで映画を作っている以上、当然そうなるしかないことではあるのですが。

この世界で、誰であろうと人に、何か違うことをやって欲しいと思う人間はほとんどいない。"違うこと"とは普通--そして何よりも私の場合は絶対に--自分が何をするのか正確に、前もって言えないことだ。どのような物語になるか、どの程度の量のフィルムを使うかさえね。ああした映画は途方もないギャンブルなんだ。

ボブ・ディランの歌詞に「ハイウェイはギャンブラーのためだ、チャンスに賭ける者の」とかいうのがあった。後半は「偶然から手に入れられるものは全てを手に入れろ」だったかな。すべてがこの問題、どう歩いて行ったらいいかを模索すること、簡単ではない状況の中で生きるための別の道を探ることについて展開する。

人生は楽ではない。リスクはたくさんあり、まだ若くて、自分のキャリアが何であるか定まっていない者にとって、これは決して容易なことではない。若いということは、年上の人達のなかで自分のキャリアを切り開くことが深刻に限定されるということだ。だが君が自分のなりたいような人間になりたいと思ったら、そのリスクは受けて立たねばならない。
これが私が、本当に語りたかったことだ。

ここには大きな矛盾がある。私の映画は本当に若者達のためなのに、映画の形態は本当に若者達にとって分かりやすいものではない。この問題は私がずっと考えていることだが、その答えはまだ見つからない。私の映画はまだ若い世代、自分の人生について、自分の人生を変えること、自分の夢に生きることができるだろうか、など諸々の問題について真剣に考えている人々のためのものだ。だが一方で私は確実に年をとっていき、私の映画作りはある面で洗練されていっている。私の60年代70年代の映画は若者にとって取っ付きやすいものだったが、今ではその判断が見えない。

子供は親の世代が生きた経験を自分が生き直すべきなのか、すでに生きられた経験から何を学ぶことができるのか。普通、父と子の関係というのは、親父が「息子よ、俺の経験からいって、俺はこれこれこういうことを知っているから、お前はこうするべきだ」と始まる。だが私は、「我々がやってしまったことのこのひどい結末を見ろ」という立場にいる「お前は自分の道を自分で見つけなければならない」とね。同時に、私も私なりの経験があり、その知恵は伝えたい。だからこの関係にはまだ豊かな鉱脈があり、まだ私がその可能性を探り尽くしたとは思っていない。新しい映画でもまた始めようと思っている。

Q『マント』で息子的人物に当たる少年は、父親像にあたるあなたの人物よりも実は強いし、あなたたちが世界をめちゃくちゃにしたが、我々が戻ってくる、と言いますね。

まあね、それは・・・それは本当だと思う。これからがもう我々の世界ではなく、君たちの世界であることを期待している。ただしまだ確信は持てんがね(笑)。




この10年、ないし12年で世界は大きく変わったはずだが、実はなにも変わっていないのか…。12年前の「説教親父」の言葉は今でも十二分に有効に思える。

説教親父…と未だについ冗談めかして言ってしまうのには、上に一部を引用した4時間に及ぶインタビューというか大説教(笑)以外にもわけがある。

このときの来日の後、クレイマーは二本の日本で撮る企画を考え始めた。その一本は戦後間もなく広島に軍医として駐留した父のことからインスパイアされた『Ground Zero』というかなりの大作。もう一本がとてもパーソナルな製作規模で日本の若者の現実をドキュメンタリーとジャン・ジュネにインスパイアされた象徴的なフィクションのあいだのスレスレの一線上で撮ろうとする野心作『Lust For Life』。


実はこの企画のシノプシスで、初老の画家の「ユキオ」(もちろん三島を意識しての名前だと思うが)とはクレイマー自身のことであり、「The Boy」は僕がやることになっていて、二人がそれぞれにキャメラを持って二人の主観ショットだけの映画にする、という斬新というかめちゃくちゃなアイディアの映画だった(当時もスチル写真はやってたので、鍛えりゃムーヴィーも出来るだろうということらしい)。当時はまだ「自分は映画なんてまだまだ撮れるほど成長した人間ではない」と思っていて批評とインタビュー取材ばかりやっていたのが、まず「お前は映画批評なんて世界の動きから一歩引いた立場に居続けてはいけない」とかなんとかさんざん説教され…。って、でもすぐに「じゃあ頑張るわ」と言ってしまっていたわけなのだが。

1998年ごろにはずいぶんやりとりをして、時にはクレイマーから見て僕が言ったことの考えが足りないと思ったところを容赦なく、プリントアウトしたら5枚に及ぶ大長文で緻密に分析かつ指摘されたり。「説教親父」の面目躍如と言ったところだが、そんな体験が大変だけど面白過ぎて準備してたのが、ロバートがその遺作になった『平原の都市群』の編集中に突然倒れ、わずか一週間後に帰らぬ人になってしまったのが10年前の11月10日だった。

それから10年、世界は変わったのか? たぶん今みたいにSkypeとかあったら、長文の説教が届くよりももっと大変だったかも知れないけど…。でも『Lust For Life』が撮影にも入れなかったのは今もって心残りなことではある。

2001年の「ロバート・クレイマー特集」会場で、バール・フィリップスと筆者。バールはその後筆者のデビュー作『インディペンデンス』の音楽を担当。