最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

2/21/2011

『暗殺の森』〜憧れの都市としての巴里/煉獄としてのパリ

ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺の森』

承前。

『暗殺の森』の冒頭、ホテルの窓からはジャン・ルノワール監督の『人生は我らのもの』を上映する映画館のネオン・サインが見える。

つまり時代は1937年、フランス人民戦線内閣の年だ。

もっとも、オルセー駅のそばに映画館はないし、夜明け直前にネオンサインも奇妙だし、映画題名がネオンになってるのはもっと変だし…つまりはこの人民戦線政権のパリは、映画の幻想であり、主人公の憧れ、「ありえなかったもうひとつの自分」の幻影を映画が共有するものだ。

『暗殺の森』オープニング・タイトル

夜明けのオルセー駅前で、主人公クレリチは部下のマンガニェッロの運転する車に乗る。パリで展開する屋外シーンは、ほとんどがこの同じ色調の、夜明け直後か日没直前の、青い光のなかで展開する。

『暗殺の森』のマジックアワー撮影

昼と夜のはざまの、曖昧な時間だ。いわゆるマジックアワー撮影だが、この映画でそれは、単に美的なフェティシズムではない。

主人公は常にこの光と闇のあいだの煉獄の状態、善悪の狭間、善悪の彼岸にある。それがファシズムであると同時に、その訪れる人民戦線のパリもまた、その合わせ鏡に過ぎないのかも知れない。

クレリチとマンガニェッロの自動車は、オルセー駅から車はビルアーケム橋を渡り、トロカデロ宮の前を通る。

 ビルアーケム橋

これは実はかなりおかしい。オルセー駅はセーヌ左岸、トロカデロの向こうにエッフェル塔が見えるのは右岸なのに、車はなぜか橋を右岸から左岸に走っているのだ。幻想・迷宮のパリ、青い光の煉獄。

同じ橋と同じ地理的な逆転の詐術を、ベルトルッチは『暗殺の森』の次作『ラストタンゴ・イン・パリ』の冒頭でも繰り返している。再びビルアーケム橋を進む向きとセーヌの右岸と左岸を逆転させ、さらにご丁寧にエッフェル塔をオプチカル処理で消してまでいる。

『ラストタンゴ・イン・パリ』のビルアーケム橋


パリに到着し、教授宅を訪ねると、そこにはこの前にファシスト秘密組織の指令を受ける際に娼婦として登場していたドミニク・サンダが、今度は教授の娘…ではなく妻として現れる。

人民戦線のパリの性的な自由と、ファシストの性的な頽廃。その曖昧で危うい境界が、彼女によって体現されているかのように。

アンナ(ドミニク・サンダ)

クワドリ教授と娘のように若い妻のアンナ(サンダは当時まだ10代)の関係は、クレリチにとっては母と自分より若い愛人で運転手で麻薬売人のアルベリの関係と合わせ鏡のように見えるはずだ。

さらに少年の彼と性交を持ったリーノも、運転手だった。

ちなみに教授宅に電話をかけるときの番号は、当時のゴダールの電話番号。ベルトルッチは憧れの対象だったゴダールへのエディプス的な感情の発露だと笑っているが、人民戦線とファシズム、教授の若い妻と母の若い愛人という文脈で見ると、もっと複雑に錯綜した意味が、そこには見いだせるかも知れない。


マルチェロ・クレリチ(ジャン=ルイ・トランティヤン)

『暗殺の森』において、エディプス的なもの、反発するものは常に自分自身の合わせ鏡でもあるのだ。

それはクレリチにとってそうであるだけでなく、ベルトルッチにとってもそうなのかも知れない。この映画の反ファシズムは、決して単純な左右対立ではないのである。

反発するものは、同時に性的・官能的に魅了され誘惑されるものでもある。パリの表象する憧れと自由を、クレリチは受け入れることも拒絶することも出来ず、ただ逃げるしかない。

 『暗殺の森』、「青い煉獄」であるパリの花売り娘は、
インターナショナルを歌う


魅了される自分を拒絶し、そのコンプレックスから逃避しようとすればするほど、主人公は日中でも夜でもない青い光の迷宮のなか、その誘惑そのものに囚われて行くのだ。

それこそが『暗殺の森』における同性愛であり、主人公がその誘惑から逃れようとするのは官能そのものの拒絶だ。

性的な官能から逃避するなら幼児に戻るしかないから、クレリチは彼にとってマッチョ的父権の象徴となる部下のマンガニェッロの車から、駄々っ子のように振る舞って降りる。


だが、その行為がそのまま、クレリチを子どもの頃の同性愛体験の記憶に誘ってしまう。

逃げ続けるしかないとファシズムという体制に同化しようとも、「自分自身」からは決して逃れられない。


彼にとって教授の暗殺とは父殺しである(だからベルトルッチは、電話番号がゴダールのそれだったのだと笑う)と同時に、自分殺しなのである。彼がアンナと寝るのは、父を否認するエディプス的行為であると同時に、父と寝ることでもあり、自分と寝ることでもある。

だから『暗殺の森』における性的な頽廃と性的な自由の境界は、実は人民戦線とファシスト、反ファシズムとファシズムの境界と同様、極度に曖昧である。


クレリチが耐え切れずファシズムに走るのは、その自分自身の曖昧さから逃げるためなのかも知れない。

その曖昧なる境界がもっともはっきり現れるのが、タンゴのシーンだ。クレリチは女二人のタンゴを「やめさせましょう」と言う。教授は「いいじゃないか、美しい」と微笑む。

『暗殺の森』より、タンゴ

受け入れるか、拒絶するか、ただそれだけの違い。

だがそれはクレリチにとって自分を受け入れられるか、自分が自分であることを拒絶しそこから逃避するかの違いに他ならないが故に、決定的だ。だから彼は自分を殺すために教授とアンナを殺すしかない。


このダンスのシーンは、この映画でもっとも自由と平等と官能が発露される場面だ。

たとえばブルジョワジーのドレス姿の二人の女と、他の人々の多くは労働者階級の普段着姿。しかし彼女達は場違いではまったくなく、その場のスターになるのだが、それは彼女たちが階級的に上位にあるからではなく、ただ単に美しく官能的だからである。

そして二人が先導して、すべての人が手をつなぎ輪になって踊るユートピア的な瞬間が一瞬具現するが、クレリチだけはそこに属せない。これまで暗殺を躊躇していたクレリチが最終的に決意するのは、楽しげに踊る人々の輪の中心に取り込まれてしまったその瞬間なのだろう。


クレリチの暗殺の決意は、だからこそ倒錯的であり、実のところ逃避でしかない。

これはクローゼットなゲイであるから「普通」「平凡」「健全」に所属する居場所を求めていた彼が、自分が「普通の人々」には決して属せないと自覚した瞬間であり、 自分がファシズムに求めていたものが決して得られないのだと思ってしまった瞬間でもある。

そのファシストであるための指令の実行を決意する一方で、クレリチはそうなりたいと思った憧れの父的存在であるクワドリ教授を、だからこそ殺す決意をしているのだ。


しかしクレリチにとっての「普通」「健全」も、ファシズムへの埋没も、暗殺の決意すら、自分が逃げ切れない自分自身からの逃避に過ぎない。

だから彼は暗殺の途上でも、駄々っ子として振る舞ってしまうのだろう。

『暗殺の森』の複雑に錯綜する時系列上、この暗殺の決意からすら逃げてしまうクレリチとそのトラウマのフラッシュバックは、映画ではこのずっと前に既に見せられている。蛇が自身の尾を呑むようなこの映画の時間構造は、そのまま主人公自身のあり方なのだ。

この映画は間違った自分探しの物語であり、ファシズムはその究極の逃避先でしかない。なにが間違っているって、自分を否認することで自分の居場所を探したり望んだりしたところで、自分から逃げることはとうてい適わない。そんなこと最初から無理に決まっているのだし。

そしてそれは、今の日本と日本人の現状にも、あまりにも似通っている。


クレリチが自分自身から逃げ続ける男である以上、暗殺すら彼にはけっきょくは出来ない。自分を棄て、自分から逃避し続ける人間は、自分ではなにも出来ないのだ。

『暗殺の森』は最後に、ムッソリーニの失脚とファシズム政権崩壊の夜のクレリチを見せる。彼はイタロと共に街に出て、少年時代に自分と性交を持った運転手のリーノと出会い、大声で「こいつはファシストだ!」と叫ぶ。


続けて彼は、イタロを指差し、彼のことも「ファシストだ」と叫び、群衆のなかに盲人の、自分の助けを必要とする(=自分がその点で上位で居られる)友を見捨てる。

こうしてすべてを裏切ることで、彼はやっと自分から逃げ続けた旅から、自分から逃げ続けて来たその自分自身から、解放されるのだ。

赤旗を持った集団とすれ違った彼は、やっと個に、自分に戻ることができる。孤独を取り戻したクレリチは、コロッセウムの片隅で男達のセックスを横目で見ている。何も出来ないし、何もしない。

やっと病理の共同幻想から自分を取り戻したとき、彼は同性愛者としての自分としてそれを見ているはずだ。だがその自分はファシズムの病理によって喰い尽くされ、もはや自分で出来ることはなにもない。

教授とアンナの暗殺をただ目撃しかできなかった時以上に空虚な、このラストの主人公の顔こそが、『暗殺の森』の最も怖い瞬間なのかもしれない。

『暗殺の森』(1970年、ベルナルド・ベルトルッチ)は2/19日より京都みなみ会館、大阪シネヌーヴォで上映中。3月には横浜シネマ・ジャック&ベティでも上映。


この項目は『暗殺の森』その3・父殺しに続く

2/20/2011

自分から逃げる続けるために体制に順応する者たちの肖像〜ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺の森』

年末年始にイメージフォーラムから始まった『暗殺の森』のリバイバルが、この週末から京都みなみ会館と大阪シネヌーヴォに巡回しており、3月には横浜シネマ・ジャック&ベティでも上映される。

ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺の森 Il Conformista』(1970)

『暗殺の森』は現代日本でこそ極めてアクチュアルな映画だ。

原題は「体制順応者」。1937年のファシズム体制下のローマで、主人公マルチェロ・クレリチは「普通」「平凡」を求めてファシズム体制に自ら志願し、パリに派遣される。

クレリチの病んだ体制順応は、実はその順応しようとする体制の実態が「正常」でも「健全」でもなく(それどころか退廃し腐敗しており、最後には暴力・殺人に至る)、そこに順応することが自分にとってなんの解決にもならないことを百も承知で、それでもその体制の「普通」に身を投じ、順応してしまう。

病理だと分かっているのに、なぜその病理に自ら染まろうとするのか?

これは今の日本でそこらじゅうに見られる現象であり、たとえば率直に言ってしまうなら、奇しくも今上映されている現代の大阪の中産階級男性の多くが陥ってる現状でもあるようだ。

またローマ並みに歴史があって、しかし首都になれずに明治以降の中央集権化の行き着く先として、今や完全に東京に隷属しながらコンプレックスを溜め込み、かつ自分たちの歴史を差別対称に貶めて隠蔽している自分殺しの街になってしまっているのだから、ますます『暗殺の森』の状況に重なる。

しかしそれはただ、日本の現状の精神の悲惨が、こと大阪に凝縮されているのに過ぎないだろう。

晩年の黒木和雄監督にたびたび「今の日本は僕たちが少年時代の頃にそっくりですから、注意して下さいね」とさんざん言われたが、菅直人の時代の今、まさにこの映画とそっくりの状況に日本がなっている。

『暗殺の森』は「人並みの男でありたい」とのコンプレックスに囚われた男が自分を偽り見失ってファシストになる物語だ。

 『暗殺の森』あまりに象徴的な盲人たちの舞踏会

主人公マルチェロ・クレリチは、いわば「男らしくない」とみなされる人間だ。

少年時代に男性の運転手と性的な関係を持ってしまったことがトラウマとなっている彼は、様々なコンプレックスを抱えて自分を見失っている。

哲学の博士号を持つインテリであることすら、「男らしくない」点で彼のコンプレックスになりかねない。

こういう歪んだ自己逃避と体制順応の欲望に取り憑かれてしまう圧力は、こと大阪のような都市では非常に強い。向上心をまるで失った社会では、インテリであることは逆に排除される理由になる。うわべだけはマチズモを装いたがる地方都市では、とくにそうだ。

嫉妬やっかみに根ざす小市民的なポピュリズムがファシズムへと暴走する瞬間は、イタリアにもドイツにも、戦時中の日本にもあったし、今の日本はその前夜の段階にある。

コンプレックスにがんじがらめの自分から逃れたいあまりに、まさにそうした自分自身を支配し抑圧し、差別し排除しようとすらしかねないファシズムという父権的な体制側に同化(原題は「体制順応者」の意味)しようとする。

その「体制側」であることを証明するために、彼は恩師でありインテリゲンチャーであるという意味では本来なら自分にも近いはず…というよりかつては父的な存在であったはずのクワドリ教授をスパイし、暗殺するために、新婚旅行を装って教授の亡命先であるパリに向かうのだ。


「パリ」という憧れの都市(「ヌーヴェルヴァーグの首都」であるパリは、イタリアに産まれたベルトルッチ自身の憧れでもある)と、そこに亡命した教授とその妻に、クレリチは(彼らを暗殺する指令を受けているのに)、自分の憧れる居場所を見いだす。

こうした首都であるとか外国への憧れは、しょせんは自国や自分の街の後進性へのコンプレックスの裏返しに過ぎないのだろうが、これも今の日本にありがちだ。「大阪」なら東京に憧れ、英語も出来ない自分たちだからと「世界」にコンプレックスを抱きながら、その外国や海外に憧れるだけで本気で学んだり知ろうとは決してしない。

都合の悪いことは「知識がないからよく分からない」で誤摩化す。

しかし一方で彼は、ファシズム体制下の「普通」のイタリア人でなければならないと自らに課している圧力から逃れることができず、そこに順応しようとする。

実は「普通」ではない自分を自覚しているからこそ、「普通」でなければ侮蔑され排除されることの恐怖。


一方で、マルチェロ・クレリチは盲人たちにも惹かれる。唯一信頼している友人のイタロ・モンタナーリは盲人で、ラジオでファシストの宣伝番組を担当している。

ラジオ局のシーンでは、イタロがナチスとの同盟を称揚するスピーチを(点字原稿で!)朗読している。

そのスタジオのガラス窓に主人公が映り込んでいるショットの、映像と音声の多層的な写り込みと重なりが示唆するものは極めて不穏であり、『暗殺の森』のテーマが凝縮されている。

まずは障害者であるイタロ(盲人)が、ナチスとの同盟の「力」を賞讃する文章を読み上げることに見るファシズムの本質。そして身体的な盲人であるイタロに対し、自らを精神的な盲人(なによりも自分自身について盲目)にしようとする主人公のマルチェロ・クレリチ。


続いて彼が出頭する指令部には、ドミニク・サンダ演ずる娼婦の姿がある。「健全で普通」なファシズムとその実態の性的頽廃は紙一重なのだ。

ドミニク・サンダは主人公が暗殺に使う銃を受け取るヴェンティミリア(地中海岸の保養地)でも、顔に傷がある白痴の娼婦として登場する。いわば不具者である彼女だからこそ、クレリチは抱きしめる。

ファシズムの上辺の「男性的な力の健全」と裏の性的な頽廃、盲目のイタロに表象される不具。

自分が潜在的に「不具」「キズがある」人間であることを隠しているからこそ、より明白な「不具者」「キズもの」である相手には優越感が担保されることへの安心感。

「男性的な力の健全」の歪み、その歪みがあることを百も承知で、その実は病的で歪んだ「普通で平凡」に、それでも所属願望を持ち続けてしまう…


ドミニク・サンダ演ずる二人の娼婦は、彼の幻想なのかも知れず、現実なのかも知れない。一度目は彼の主観ショットにも見えるが、いずれにせよこの映画はあえてその点を曖昧にしていることが重要なのだ。

自分の目で現実を見ることを棄てて集団で幻想を見ることこそがファシズムの根本なのだから。自らの視線を棄てて盲目になることで、人はファシズム全体主義に染まるのだから。


「普通」の「健全」を上辺だけは求めながら、その実その幻想は性的な誘惑なのだ。

その頽廃の共同幻想を求めることは、コンプレックスに苛まれてしまう個からの逃避にとっては巨大な誘惑である。

盲人のイタロ、発狂した父と麻薬中毒者の母を持つ頽廃したブルジョワの、実は同性愛者であるクレリチ、ヤクザもののマンガニェッロ、いずれも元々は社会の「普通」の「健全さ」からはみ出す者たちが、「健全」な「普通」の社会の権力の側になれる誘惑。ことゲイであるクレリチにとっての、娼婦を囲うような力強い男らしさのイメージ。

「健全」「普通」でありたいクレリチの望むその社会の「普通」は、歪んだものである。まさに彼のような自己逃避に他ならぬ歪んだ欲望によってこそ、ファシズムは成立するのだ。


告悔の神父に、彼は結婚することも「普通になりたい」からだという。実は「男らしくない」自分だからこそ「普通の結婚」に固執し、自分が愚かだと思っている平凡な女と結婚するというのだ。

その婚約者ジュリアのアパルトマンは、表現主義映画のように照明された密告と覗き見と差別的な誹謗の空間である。女中もまた主人たちの会話を覗き見ている。爛熟し退廃した階級社会の成れの果ての姿だ。

実のところクレリチがそこに所属したいと思う「普通さ」の空間は、「健全」とかけ離れたものである。

発狂した父の入院する精神病院とこの頽廃した階級社会のどちらが「正常」なのかさえ分からないし、クレリチがそのことに気づいていないわけでは決してない。

にも関わらず、彼はその体制にこそ順応し、そこで「認められたい」と欲望するのだ。

退廃し腐敗したブルジョワジー、婚約者の家

マルチェロ・クレリチは、矛盾しきった人間だ。

彼は自分の望む「普通さ」の世界と、彼のコンプレックスとなっている自分自身(発狂した父と麻薬中毒の母、自分は同性愛者であるかも知れない)のどちらもが、必ずしも「正常」で「健全」と言えないことが、分かっているし、自分がその体制から排除されかねない人間であることも実は自覚している。

ここに『暗殺の森』の凄みがある。

ファシストになることも、結婚することも、決して自分が求める「普通さ」「健全さ」を得られる手段ではないことが分かっている。自分がやることが誤りであることも分かっている。それでも彼は、その体制に順応したいのだ。

あるいは盲人であるイタロと、自分が所属したいところの「普通さ」の世界のどちらがより盲目であるのか?


婚約者の家庭と父のいる精神病院のどちらが本当は「正常」なのか?

クレリチには実は分かっている。分かっていながら、その盲目さに軽蔑すら感じながら、そこに身を投じるのだ。

彼は告悔の神父に対してでも、これから結婚しようとするケチなブルジョワジーを、腐敗して堕落し腐臭漂うものだと言い切り、軽蔑を隠さない。そしてパリで教授に再会し、プラトンの洞窟の比喩を語る場面でも、ファシズムが病理の扇動体制であることがクレリチには実は分かっていることが示される。

『暗殺の森』告悔、平凡さへの軽蔑を隠さないクレリチ

彼が所属したいと願望する「普通さ」の世界もファシズムも、病的な幻想でおよそ健全でも正常でもない。それでもクレリチは、そこに所属したいと願望する。病理だと分かっていても、そこに身を投じてしまう。

盲人たちを友としつつ、彼ら障害者への優越感も持たなければ自分の立場を確保できない彼は、自分自身を精神的に盲目としていることを自覚できないまま、自分の本当の居場所になったかも知れないパリで、完全に自分を見失う。

こうして自己逃避する自分自身の本質からもまた逃げようとして、ますますドツボにはまり、もう逃げられなくなってるのに逃げ続けるしかない病理は、僕が大阪で映画を撮ってずっと目撃して来たことにそっくりだ。



2/19(土)からの京都や大阪での上映で『暗殺の森』を見る人は、もしかしたら自分も主人公と同じかも知れないと思って見て下さい。

映画って本当はそうやって見るものだし。

*この項目は
『暗殺の森』その2・パリ
『暗殺の森』その3・父殺しの主題
に続く。

2/14/2011

アラブ世界の「人間の尊厳の革命」の意味

アモス・ギタイ『家からの報せ/故郷からの報せ』

昨日のエントリーより承前。

エジプトの革命の本質を日本人の多くが見誤っているのは、アラブ世界の政府というものに、これまで人々が作ったり人々が選んだ政府、人々のための政府が存在せず、政府とは人々に押し付けられるものであり続けて来たこと、そしてアラブ人たちがそのこと自体は自覚はして来たことが、あまり理解出来ていないせいではないかと思う。

ムバラク政権が崩壊した翌日、つまり一昨日、アモス・ギタイの「エルサレムの家」ドキュメンタリー三部作、『家』(1980)、『エルサレムの家』(1997)、『家からの報せ/故郷からの報せ』(2005)を見直した。

この三部作の「主人公」というか中心となる東エルサレムのドルドルヴェドルシャヴ通りにある家の、1980年の第一部で登場する元の持ち主は、エルサレムを代表するアラブ人名家のひとつ、ダジャーニ家の末裔である。

ダジャーニ医師の一家は1948年の戦争のとき、ダリアシンの虐殺などのこともあって、一時的に避難したつもりが、その家はイスラエル政府によって「不在地主所有地」として没収されてしまった。

その家には今はユダヤ人が住み、大幅に拡張する改築が進んでいたのが、第一部の1980年の時点である。

第二部にあたる1997年では、このダジャーニ医師のご子息が登場する。彼はエルサレムで産婦人科医をしている。奇妙な制度上の問題で、かつてはヨルダン国籍だったのが、イスラエル国籍は得られず、パレスチナ自治区の籍も得られず、カナダ国籍でイスラエルでは「定住者」の扱いだ。

ダジャーニ家の一族はエルサレムから離散し、その多くはヨルダンのアンマンに住んでいる、とダジャーニ医師はいう。


エルサレムの名家、アラブ貴族というだけでも、日本人の思って来たステレオタイプに反するかも知れないが、そもそもパレスチナのアラブ人とは、農業と商業が主体の民族だった。

「月の砂漠の遊牧民」ではない。まして「清く貧しく美しく」同情できる「素朴な人々」などでは、よくも悪くもまったくない、高度に社会化され文明化された民族なのだ。日本のパレスチナ支援運動は、まずそこがまず分かっていない。

数千年にわたり高度な都市文明を発達させ、エルサレムは岩のドームのある「聖なる都」であるだけでなく、文明の十字路であり重要な商業交易都市であり続けている。

  『エルサレムの家』のダジャーニ医師

第三部『家からの報せ』で、映画はエルサレムにダジャーニ医師を再訪し、彼と共にアンマンに住む親戚に会いに行く。

ヨルダン政府で重要な役職にもつき、なんと日本とも縁の深かったという叔父との再会。そのシーンでダジャーニ医師が言うのが…

「アラブの政府というものには、これまで人々が作ったり人々が選んだり、人々のためになる政府であったことがない。

政府とは、アラブ人にとっては押し付けられるものであり続けて来た」

…という言葉である。

すでに『エルサレムの家』でも、ダジャーニ医師はイスラエルによる占領にもパレスチナ人にとってひとつだけよかったことがあった、と言っている。

「それは民主主義を学べたことだ。

もちろんイスラエルによるパレスチナ人の扱いは、民主的な政府にふさわしいものではない。

でもイスラエルから我々は、そういう扱いを受けていたらちゃんと抗議できる、自分の意思で立ち上がって言いたいことを言っていいのだと学んだ。

もちろん言ったからと言ってそれが通ることは今までほとんどなかった。それでもちゃんと口にする自由があることだけは、我々は学べたんだ」


ダジャーニ医師の言う通り、確かに今までのアラブ世界では、政府とは人々に押し付けられるものだった。

ちゃんとした民主的な選挙が行われ、政権交代などもあった政府と言えば、皮肉なことにファタハの腐敗と怠慢に呆れたパレスティナ人たちが、イスマイル・ハニーヤ率いるハマス政治部門を勝たせたことくらいである。

しかしこの民主主義は、アメリカに潰された。

選挙直後に世論調査でパレスチナ人の80%が「宗教政治は望まない」と意思表示し、ハニーヤも即座に(というか最初から分かっているので)シャーリア(イスラム法)に基づく統治はしないと声明し、イスラエルとの和平交渉も「67年のラインが出発点だ」と極めて理にかなったことを言っていたのにも関わらず、アメリカは「イスラム原理主義」のレッテルを貼り、「テロリストとは交渉しない」とした。

ちなみにハニーヤの党が選ばれたのは、ハマスの政治部門が貧民救済や教育に熱心で、また賄賂などの腐敗がファタハと違ってほとんどなかったからだ。テロ組織だったからではないし、「反イスラエルだから」が主な理由でもなかった。

交渉での強硬姿勢は期待されてはいたが、それはイスラエルの入植地の撤廃やパレスチナ国家の地位をめぐる交渉であって、今さらイスラエルを倒してユダヤ人を地中海にどうこう、なんてことは、誰も考えてはいない。

…というか、最初から実は、誰も考えてはいなかった。ただのスローガンだ。今ではむしろ、単にイスラエルが民主国家としてはおかしなことをやってるのがいけない。

だが何も分かっていないアメリカの妨害のせいで状況が膠着しているあいだに、ガザには本当に「イスラム原理主義」の「テロリスト」が国外から流入し実行支配、ハニーヤはハマス武装部門と袂を分かち、西岸に撤退せざるを得なくなった。

かくしてガザの現在の困った状況が続いているわけで、だからガザのハマスはエジプトの革命をあまり喜んではいない。同じ理念がガザで運動となれば、彼らだって立場が危ういのだから当然である。

政府とは人々に押し付けられるもの−アラブ人たちはそのこと自体は自覚して来た。その抑圧の中で自分たちの生活を守ることが、実のところ最優先であり続けているのだ。

イスラム圏の長期政権の実質的な独裁国家にとって、世俗的な独裁だろうが宗教政治だろうが王制だろうが、「反イスラエル」とは政府とが人々に押し付けられていることへの不満のガス抜き政策であり、「アラブの盟主」を名乗りたいときの便利なスローガンに過ぎないと同時に、いわば政府や社会への忠誠度を試す踏み絵でしかなかった。そのことを見誤っては、中近東情勢は理解できない。

だいたい「アラブ世界のユダヤ人」とも揶揄されるパレスチナ人のことを、アラブ世界の全体は、よくも悪くも、そんなに考えてはいないのである。

民主化が進み、アラブ諸国の人々が、政治参加とは自分たちの社会をよくし、生活もよりよくなり、本当に自分のために自由に生きられるようになれば、長期的にはイスラエルはかえって安全になるだろう。

「反イスラエル」を唱えることよりも、自分たちの努力で自分たちの社会がよくなる可能性が見えて来ているのなら、そっちの方が遥かに大事なのは、フツーの人間にとっては当たり前のことだ。

…と同時に、パレスチナ人だって「アラブ世界の期待」を背負うことなく、本来の現実主義で交渉が可能になるだろう。

アラブ人は「国家」よりも個々人と家族の方が大事な民族だし、その個々人のレベルでは、よくも悪くも大上段の大原則よりも、現実生活のなかでの自分の利益であったり欲望であったりに忠実なのが本音だ。

なんのことはない、つまりはフツーの人々なのである。

フツーの人々だから、理想は理想としてそれなりにあるが、生活のためならある程度は我慢はする(エジプトは30年間我慢した)。建前と本音も使い分けるし、融通無碍でちゃらんぽらんでもある。

そもそも民族や国家なんて概念に「忠誠」であるとかが、世界史的には18世紀末にヨーロッパから出て来た、比較的新しいものなのだし、アラブ人にとってはしょせんは輸入品である(日本にとってだって、輸入品に過ぎないはずなのだが)。

ムスリムがしばしば「インシャアッラー」、神の御心のままにと言うのは、別に宗教心ではない。どっちかと言えば「なるようになるさ(神様の考えることは分からんし)」程度のことである。頑固にこだわるよりは、「インシャアッラー」なのだ。

基本的に温厚で人懐っこく愛想がいいことが多いが、一方で恐ろしく狡猾な商人で、粘り強い交渉と現実主義的な妥協が伝統文化の一部みたいなところもある。

そして正しく自分に正直な現実主義者にふさわしく、ホンネは戦争は嫌いで、「愛国的」だったりする発言は、ただの世間体のポーズだったりする。

だからたとえば僕のような外国人相手だと、平気で「まあそれは表向きはそう言ってるだけで」という話になる。

アラブやイスラム世界の「反イスラエル」とはけっこう、その程度のことなのだ。

アラブ世界が「反イスラエルでパレスチナ支持」なのはいわば建前で、本音はけっこうどうだっていい−−そのことを実はパレスチナ人がいちばんよく分かっていたりする。

支援してくれるぶんには有り難いが、時にはその支援が勘違いの熱心さで迷惑である場合も多いというホンネもある。ガザのハマスに至っては、迷惑だし危険だが、武装しているから逆らいにくいだけだ。あれもまた、人々に押し付けられた政権に過ぎない。

アラブ人は現実生活のなかでの自分の利益であったり欲望であったりに忠実で、自分の生活と自分の責任を大事にする。エジプトの革命とは、自分を守るために妥協するしかない押し付けられた政府ではなく、自分たちの生き方をよくする方便として使える政府が、アラブ世界にとってもあり得るのだと、示した出来事だと理解すべきなのだ。

…というか、そう考える方が遥かに人間的にフツーのことだ。

アラブ人がその点ではまったくフツーの人々であることが、なぜか日本人にピンと来ないのは、その「フツー」が日本ではあまり普通ではないからかも知れない。

日本でもまた、政府とは人々に押し付けられるものであり続けて来ている。

ムバラク政権30年というのなら、日本だって党首が定期的に変わるだけの違いだけだったのが、自民党政権55年だ。そして政権交代してみたら、菅直人になったら民主党は以前の自民党以上に自民党化している。

エジプトも日本も、どちらもほどほどに腐敗した官僚支配のカムフラージュとしての「独裁」というのが実態だ。実態権力は官僚が握り、そして官僚たちはアメリカに奉仕し隷属することが国益だと思い込んでいる−というよりアメリカの保守勢力とのパイプが、彼ら官僚の世界での権力・権威の上下を決定するような文化なのだ。

ただしアラブ人たちと異なり、日本人のほとんどは、この屈辱的な不自由さをまったく自覚していない。

気づく契機はいくらでもあるのに、なぜか気づかないのは、そんなみじめな自分たち自身の姿に、決して気づきたくないからなのかも知れない。

「政府とは人々に押し付けられるもの」であることに一昨日までのアラブ人、エジプト人は諦めていた。それが今では、「そうでもないぞ」と思い始めている。

一方で日本人は、自分たちに押し付けられている政府に全てお任せでないと、不安になってしまうだけなのかも知れない。

いやもっとはっきり言えば、日本人の多くがむしろ、「自分たちに押し付けられる政府」に服従し同化することで安心出来てしまえる民族なのだ。

むしろ「自分たちに押し付けられた政府」つまりは「強者」に同調することで、実は支配されてるだけの「弱者」なのに、支配している側、それこそ「差別する側」の「強者」であるかのような幻想に浸ることでこそ、やっと「居場所がある」と思え、満足できるのが今の日本人である。

そんなこと一文の得にもならず、ただ不自由でやりたいことも出来なくなるだけなのに、周囲の顔色を伺って必死に同調することで居場所を承認してもらおうと、無駄なストレスばかり溜め込むのである。

しょせん、人間は一人なのである。自分の人生は自分のものでしかないのに。

最近話題の「無縁社会で寂しい」というのにしても、そんな勘違いしてたら「無縁だ」と感じるのも、当たり前のことだろう。

まさかエジプト人が(“イスラム教徒=テロリスト予備軍” が)日本人よりもよっぽど自我をしっかり持って、自分自身のためにこそ革命をやったなんて思いたくない、あるいは「自分自身のためにこその革命」という意味が分からない…

…だから日本人には、これほどまでにこの「人間の尊厳の革命」の意味が分からないのかも知れない。いや絶対に分かりたくないのかも知れない。

「人間の尊厳」「自分たちの尊厳」を、この国の人々はとっくに棄ててしまっているのかも知れない。

2/13/2011

エジプトの革命と、日本人の人種差別と平和ボケ

2011年2月11日、ムハンマド・ホシニ・ムバラク・エジプト大統領の辞任が発表されたとき、アルジャジーラの記者はこれを「人間の尊厳の革命」と呼んだ。

アルジャジーラのまとめ映像「エジプトの新しい夜明け」

今日現在、この「指導者なき」「民衆」の革命は、アルジェリアに波及している。

「指導者なき」であり、ほんの数週間前まではムバラク政権に有力な対抗勢力があったわけでもないが故に、先進国とくに日本のメディアは、やたらと今後の不安を強調するのだが、考えてみたらとてもバカバカしいことである。

30年間の強権的な秘密警察支配体制と、賄賂とコネで廻って来た政治の国で、有力な対立候補がすっと出て来るのなら、それもしょせんはその30年間の官僚的な腐敗が許容できる程度の対抗勢力でしかないことは分かり切っている。

はっきり言えば元々「体制側」かそれに類似する政治組織しか、これまでのエジプトにはなかったのだから、民主化をしようと思ったら、今の段階では「なにも受け皿がない」のは当たり前…

…というより民衆そのものしかその受け皿は、あり得ないのが当たり前だろうに。それの何が悪いんだか。

例をあげるなら、パレスチナの民衆がアラファトやファタハの腐敗と国民無視(インフラ整備すら進めない)のやり方にイヤ気がさしても、選挙で対立勢力がハマスしかいなかった結果を見ていれば、エジプト人がそれを分かっているのも当然だし、国際社会だっては少しは学習すべきことだ。

…ってイスマイル・ハニーヤのハマス政治部門はしごくまっとうな宗教保守に過ぎず、あれはブッシュのアメリカが「テロとの戦争」パラノイアでわざわざ潰して、パレスチナ情勢をかえって不安定にしただけなのだが。

だいたい「将来が分からない」から「不安」というのは、いかにも爛熟した元先進国らしい臆病で後ろ向きな発想でしかない。

「分からない」というか「まだ何も決まってない」からには、完全に自由に、エジプトの人々は将来を選択できるのだ。

それにしても、この革命の意味や本質を、日本人は理解しかねている。「指導者がいない」「有力な野党などの対抗勢力があったわけでもない」ことにこそ、あの革命の意味があることも分かっていない。

結果、首相の談話も、他の(とくに民主主義を国是とする)世界各国との違いが際立つほど、おざなりで形式的なものだった。

これくらい上辺だけでも喜んだフリすらしていないのがミエミエな声明は、あとはガザのハマス政府が発表したものくらいだろう。

もっともガザのハマスが決してこの革命を歓迎していない(一方でガザの市民は大喜びしている)ことの意味が分からない日本のマスコミは、そのことも報道しないわけだが。

エジプト人はイスラム教徒で反米だから「親米」ムバラクが倒れたら、今後は「イスラム原理主義」になって当然ハマスと連帯してユダヤ人を殺すんだろう、だからハマスは喜ぶはずだと思い込んでいるのだろうか?

現実がなにも見えていない。

イスラエルとの戦争が始まるんじゃないかとか、実際にはそんなことあり得るはずがないのだが、なんというか平和ボケ民族が戦争を始めたくて仕方がないからそんなこと思いつくのだろうか?

まさかとは思うがアメリカを通してユダヤの陰謀が世界を支配しているとか、本気で信じているのか?どれだけ目立つことに関しては天才的だろうが、しょせんは世界中でたった1300万人しかいないユダヤ人が?

エジプトの政権転覆の余波は今度はアルジェリアに向かったようだが、この関連の報道でも日本人は「反米」か「親米」そして「アラブ人は反イスラエルのはずだから、反米だ」という軸でしか語れていない。

日米同盟に洗脳されて、自分たち自身の意識のレベルで、骨の髄までアメリカの奴隷・植民地に自らを貶めてるのかも知れない。

でもたかが600万しか人口のないイスラエルどうこうなんてことより、数億の人間を抱えるアラブ世界全体の激動を見ようとしないでどうするのだろう?

だからエジプトの革命がああいう形で成功したことの意味も、なにも分かっていない。

これがエジプトのみならず、アラブ人たちの政治的な生き方を大きく変える意味を持つかもしれない、その可能性にすら気づかない。

知識や情報の問題ではない。だいたいこの革命の動機はごく単純に、子どもにでも分かる話だ。

秘密警察に監視されて自由がない国、なにをするにでも役所に賄賂を渡さなければならないような体制でも、生活が成り立つのならある程度は我慢できる。

自国民より外国人(とくに西欧人とアメリカ人)が優先されても、かつては植民地だったのだし観光立国なんだから我慢するしかないなら、まあある程度は、我慢はして来た。

「いずれいい社会になっていい生活もできるさ」という希望があるのなら。

…と、いくらそのいい社会とより改善した生活を待ったところで、30年我慢した末に、経済成長を成し遂げたと国営放送が鼻高々に宣伝しているのに、豊かになるのは政権にコネがある人たちばかりだ。

たいした給料があるわけでもない仕事でさえ、その人々に賄賂を贈るなりして機嫌をとって取り入らなければ就職も難しいような社会は、なにも変わらなかったのである。

それでも不平を言ったら、秘密警察に逮捕されて拷問されるかも知れないような国だったわけだ。

貧困層との格差が広がり、中産階級は高い教育も受けて世界にも目が開かれれば…「うちの国はやっぱりおかしい」と思うのは自然な成り行きじゃないか。

ところがこの、人間的に考えれば自然な成り行きということが、なぜか理解できないのが現代の日本なのだ。

だからイスラエルというユダヤ人国家をアラブ人は憎んでいるはずだから、イスラエルと和平条約を結んでいるムバラク政権が倒れたのだろうという珍妙な理屈に必死でしがみつくのだろう。

無知かどうか以前に、他者を人間としてみられていないこの精神の不自由。エジプト人を月の砂漠の野蛮な遊牧民だから「民族の恨み」とか憎悪でしか行動しない人間だと決めつけてるんだろうか?

たとえばNHKはイランのアフマディネジャド大統領がムバラク政権崩壊を「歓迎した」と繰り返し報道する。

あたかも「反米」の軸でエジプトとイランが結びつくのだと言わんばかりの印象操作なのだが、まだ政権崩壊の前にアフマディネジャドがエジプトの反政府運動を支持するようなコメントを出したとたんに、カイロの解放広場ではイランに対して怒る声が広がったことも、日本ではほとんど報道されない。

解放(タハリール)広場でも、今回の革命の大きな原動力になったというFacebookやTwitterでも、「選挙の時に弾圧やって政治犯を拘束してるイランと一緒にされてたまるか」とのエジプト人の声であふれかえっていたと言うのに。

エジプトの民主化を求める人たちがまったく正当な筋論でイランのイスラム政権をムバラク同様の圧制者だと見ているという、至極あたりまえのことすら、なぜか納得できないのだ。

僕自身は、こうなると本気で呆れ返るしかないことにも遭遇した。

Twitterでこのアフマディネジャドへの反発を呟いたとたん、アフガンで支援をしていると称する人や、10年間エジプトに住んでいたらしい人が、それはアラブ人がペルシャ人を差別しているからだとか、スンニ派のエジプト人が(じゃあコプト教徒はどうするんだ、という突っ込みは置いておいて)シーア派のイランを嫌ってるとか、人種差別偏見丸出しのコメントが飛んで来たのである。

エジプトの民主化運動では「選挙の時に弾圧やって政治犯を拘束してるイランと一緒にされてたまるか」と言ってイランの『支持』に当たり前の反発しただけである。

だいたいチュニジアやエジプトの政変のずっと前から、Facebookではイランの選挙でアフマディネジャド政権が大弾圧を行い、映画監督のジャファール・パナヒなどが今でも逮捕されたままであること等も、ずっと話題になって来ているのだ。

ムバラク政権に反発するエジプト人のとくに若者たちが、そんなアフマディネジャドにも反発するのは、当たり前のことだろう?そのイランの例があるのに、高等教育を受けた人間が厳格なイスラム法の社会なんて受け入れると思うのだろうか?

なんでこれほど筋が通った話を素直に受け取らずに、差別偏見丸出しの邪推にわざわざ耽溺するんだろう?

日本人とは、骨の髄まで差別意識が刷り込まれた民族なんだろうか?

ちなみに「差別意識が骨の髄」だなんて身体的なことに関わるとは、我ながらあり得ない話だとはさすがに思う。

とはいえちょうど一年前、「ボクは差別する身体なんだ」という度肝を抜かれるような言葉を言われたのだ。

この昨年10月の当ブログ・エントリーの最後に埋め込んでいるシーンが、『ほんの少しだけでも愛を』のラストに使えなくなったのは、その言葉を聞いてしまったからである。

そんなことあり得るはずもない、人間はいつでも変われるはずなのだが。意識の持ち方を変えることだけは、自分の力で完全に自由なはずなのだが。

エジプトの革命が今後どうなるか分からない。軍がとりあえず政権を譲渡されたのは、秘密警察の元締めの情報大臣で、CIAとのパイプも噂されるスレイマン副大統領では国民が納得するわけがない以上、他に選択の余地がなかったとはいえ、このまま軍政が定着する危険だってないわけではない。

…とはいえ軍だって、いったん「やろうと思えば出来るんだ」と分かってしまった民衆をそう簡単に押さえ込めると思うほど愚かではないだろう。

だいたい徴兵制の国でもあるからこそ、軍がある程度は民衆にも近いわけだし、軍がおかしな動きをした時には民衆がまたデモを始めるのだから、そしたら国際社会として応援した方が、結果として世界の安定に寄与するし、スエズ運河の安全などの各国の直接の国益(むろん世界一の海運大国日本にとっては、本来最大の関心事である)にもかなうことになる。

なにを日本国内に引きこもった感覚で「不安だ不安だ」と言い続けているのか?

…とここでスレイマンでは国民は納得しないと「だから反米なんでしょ」と言い出す愚か者も絶対いるんだろうけれど、そりゃCIAと結びついてなんでもアメリカに報告されそうな秘密警察体制はイヤだととか、CIAとつながりのある人物が何万人もの人を逮捕し拷問し、言いたいこともいえないようにして来たんだから納得しないというのが「反米」だと言うのなら、そりゃ「反米」なんでしょうけどね…

…ってそんなこと言ってる自分達がバカらしいとは、思わないんだろうか?

1/31/2011

アモス・ギタイ特集 越えて行く映画〜ドキュメンタリー編


Palestine Occupied Territories Papers Please!
アモス・ギタイ『フィールド・ダイアリー』1983より、冒頭でいきなり占領地ナブルス市長宅前でイスラエル軍と衝突する撮影隊

イスラエルによるパレスチナ占領の実態を見せつける衝撃の「戦うドキュメンタリー」と紹介するのがいちばんよさそうながら、何度か見ているとアモス・ギタイの強烈に自由人な性格が分かって来て、ほとんど兵隊をからかって遊ぶブラック・コメディにも見えて来たりもする…。

  『パイナップル』1983

アモス・ギタイ 越えて行く映画 Amos Gitai:L’esprit de l’exil
インスタレーション/ドキュメンタリー

  1月25日〜2月9日
  アテネ・フランセ文化センター

2月5日(土)は『バンコク/バーレーン』『ブランド・ニュー・デイ』『ゴーレムの誕生』の上映後、トークショーに出演します。出演は他に映画監督の舩橋敦さん、映画作家で批評家の葛生賢君。


舩橋さんとは昨日電話で相談したけど、さてなにを話すべきか…。なるべく日本のアクチュアリティに引き付けたはなしにすべきだとは思うが、エジプトのことも気になるし…。


『家』シリーズのことなどだけでなく、『ヴッパールの谷で』のことは当然、かなりちゃんと論じたいと思っています。


あとシンポジウムのなかで、昨年のベネチア建築ビエンナーレで発表した、ギタイの父・建築家ムニオ・ワインローブ・ギタイ設計のキブーツの食堂についてのインスタレーションの映像も、上映しようと思っている(一連の写真はその作品よりコマ抜き)。

 Kibbutz Kfar Massaryk/Dining Hall/Architecture/Munio Gitai Weinraub
 a film by Amos Gitai
 for the 12th Venezia Biennale for architecture