最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

4/16/2009

日本映画に最も影響を与えた外国映画

Youtubeでルビッチの30年代作品をたくさん見つけたついでに、探索していたらなんとこんなものが…



レオ・マッケリー監督の『明日は来らず』Make Way for Tomorrow (1937)、全編です(嘘だろ〜)。実は小津安二郎の『東京物語』がこの映画を底本にしているというのは、脚本の野田高悟氏が明かしていて有名な話で、小津さん本人は「見ていない」と言っているのですが、しかし『東京物語』の10余年前に同じテーマを扱った『戸田家の兄妹』(1941)にすでに、『明日は来らず』とまったく同じエピソードがあります。マッケリーでは年頃の娘なのが、小津では中学生の男の子が学校をサボる話に性別が変えてありますけど、お話じたいはまったく同じ。

ちなみに実はイーストウッドの『グラン・トリノ』でさえ、一面ではこのマッケリーの傑作の無意識なパクり、あるいは変奏でもあり…。

大手スタジオ五社全盛期の日本の映画会社では、この名作のプリントを所蔵してたびたび社内で上映し、これとあとキング・ヴィダー監督の『ステラ・ダラス』が演出部や制作部が脚本の構成を勉強する教材になってたという。以前、元・大映の製作部長のプロデューサー、藤井浩明さんと雑談していてこの『明日は来らず』の話が出た時、「何度も見させられた」と聞きました。

なるほど大映お得意の「母もの」なんて、お話はたいがい『ステラ・ダラス』のリメイクみたいなもので、その母ものの大スター三益愛子が出演した東宝映画・成瀬巳喜男監督の秀作『娘・妻・母』も『明日は来らず』のヴァリエーションとも言えるだろう。

ついでにおまけでやはりキング・ヴィダーの異色作『摩天楼』The Fountainheadも発見。ゲーリー・クーパー演ずる建築家は、フランク・ロイド・ライトがモデルだと言われている。ライトといえば旧帝国ホテルは伊丹万作・アーノルト・ファンク共同監督の日独合作映画『新しい土』(1937)にも映っているが、他にも現存して重文になってる自由学園明日館など日本でも活躍しているだけでなく、日本研究、とくに浮世絵マニアで富豪の以来で世界有数の浮世絵コレクションを蒐集したとか、日本にもっともなじみがある現代建築家だったこともあるのか、キング・ヴィダー自身が小津がもっとも尊敬する映画監督だったりして日本ではとくに人気があった監督だし(ヴィダーの自伝には『麦の秋』を見た日本の少年からもらったファンレターがとても嬉しそうに引用されている)、この映画も日本では公開当時評価が高かったのに、今ではなかなか見られなくなっている。

アメリカ人の日本映画研究者にこういう話をすると、驚く以前に「マッケリーって誰?」ということになっちゃうのが悲しいんですが…。

Make Way for Tomorrow (1937) Beulah Bondi, Victor Moore

4/15/2009

得しちゃった

Carole Lombard in Ernst Lubitsch's To Be or Not To Be (1942)

うちのご近所・最寄り駅の高田馬場駅前・黒川紀章設計(なんだよね、一応)のBIG BOXで、DVDの安売りセールをやってました。ほとんどがレンタル流れですが、新品の売れ残り(?)の半額セールもやっていて、「どうせ売れ残りだろ」と思ってたら…。

なんとルビッチの傑作『生きるべきか死ぬべきか』を発見。しかもユニバーサル発売の正規品。正確には現在はフランスのSTUDIO CANALが権利を持っていて、その国際販売権をユニバーサルが管理して…ということでユニバーサルから出てるわけですが、日本で出てたこと自体知りませんでしたわ。

Alexander Korda presents An Ernst Lubitsch Production
Carole Lombard Jack Benny in
TO BE OR NOT TO BE
with Robert Stack Felix Bressart Sig Ruman
written by Edwin Justus Mayer cinematography Rudolph Maté
directed and produced by Ernst Lubitsch

なんかもったいない気もするけど(だってルビッチの傑作ですよ)、まあ得したのでよしとしましょう。なんせ元々1500円の廉価販売版が、半額でしかたから。映画史上屈指の打傑作コメディ、というかアナーキーに爆笑できるのが保証付きの、とにかくおもしろい映画なのに…。

他にレンタル流れの中古でジョニー・トーの『ブレイキング・ニュース』も入手(1050円…)。ちなみにこのセールは21日までやってるそうです。

ところでYoutubeってどこまで合法なのか知りませんし、画質はとくにまだ見てない人には、けっして、まったくお薦めしませんが…

E.ルビッチ『生活の設計』Design for Living, 1932、ミリアム・ホプキンス

『メリー・ウィドウ』(1934)
『生活の設計』(1933)
『モンテ・カルロ』(1930)
『ラヴ・パレード』(1929)
『陽気な中尉さん』(1931)
『君とひととき』(1932)
『青ひげ八番目の妻』(1938)
『街角』(1939)

…うっそぉ…。いずれも全編見られるみたいですよ…。「お薦めしない」といいつつ、『ラヴ・パレード』『モンテ・カルロ』『生活の設計』と『青ひげ八番目の妻』は高画質モード再生もできるし…。うっ、これはやはり見てしまうな…。

ルビッチの否コメディの大傑作反戦映画『私が殺した男 Broken Lullaby』(1933) はさすがに見つからないけど…。

4/11/2009

大阪に行って来ました(実はもう4週間前ですが)

北朝鮮の「飛翔体」についての国連における動きは、アメリカと中国は最初から騒ぎを大きくしないで、半ば無視、形だけで納めるよう結託してたことが、やっぱり明らかになって来た。そりゃそうだ、騒いだって意味がないんだから。アメリカが狙ってたのが「議長声明」を落としどころに妥協を演ずることだったのが木曜辺りから我がニッポン外務省にもわかって来て一部の幹部が怒ってたそうだが、でもやっぱり先日このブログが指摘・予測した通りの流れだったわけですな。

ここは「有名になれない映画監督が勝手に愚痴を書き込む日記」なのでカテゴリーは “映画関係” のはずなのだが、開始早々、大連立騒動・小沢一郎ヘソ曲げ辞表提出事件について「辞めるわけないでしょ」と断言してその通りになって以来、フツーの報道を常識で解釈するだけの当てずっぽうに書いている政治関連の観測や予測が、マスコミ全般で報道する予測よりもずっと正確ぢゃんか(苦笑)。この調子だと政治ウォッチ・ブログに看板を架け替えて、政治コラムニストでも始めた方がいいような気がして来る。というか、なんでプロの政治記者さんたちに、このブロク筆者でも分かるほど常識レベルのことが分からないのかが、いちばん不思議なわけですが。いやそれ以上に、なんで外務省も官邸も、外交が得意と思い込んでる総理大臣もそのくらいのことが読めないわけ?

毎日新聞の本日朝刊によれば、外務省の一部でも今回のミサイル騒動について、当初から当ブログと同じような見方をしていたらしい。それが後付けの言い訳だとしたらちょっと情けないけど、本当だったらもっと困った話で、しかもこのブログで先読みできる程度の分かり切った話なのだから、たぶん彼らだって最初から分かっていたのだ。なのにその観測からすれば悪い方へ悪い方へ、日本の立場が悪くなるようなことしかやらない現在のニッポン政府っていったい…。まあ外務省では、日本が北方領土問題でロシアに妥協することを首相が気づきもしないまま賛成しちゃった日露首脳会談、引き続き「言いたいことは全部向こうが言ってくれた」と麻生が喜んだらしい日米首脳会談のあたりから、「首相機関説」という冗談にもならない冗談をボヤいているらしいけど…。

ロシアのメドヴェージェフさんが「過去に囚われずに創造的アプローチ」って言ったんだったら、そう簡単に賛成しちゃだめでしょうが。どういう「過去」でどういう「創造」か押さえておかない限り、それって「ロシアにとって創造的なアプローチのためには、日本の過去に囚われないで下さい」という意味にしか、向こうが言っている以上ならないんだけど…。しかも日本がまだ公式に領有を承認してない南樺太にノコノコと渡航して、そこで首脳会談って…。それならその前に、「我が国は領有権は放棄してますが、ここで改めて貴国の領土と認めてあげましょう」くらい釘をささないでどうするんだ、この人は?

まあ「麻生はバカ」なんていまさら分かりきった当然のことは、いまさらどうでもいいから閑話休題。

大阪で『ぼくらはもう帰れない』がアンコール上映されることだけは先日ここで通知しておきながら、そもそもの本上映についてなにも書いていませんで、分かりにくくてすみません。まず3月13日に本上映があって、それに合わせて(つまり4週間前の金曜日から)大阪に行って舞台挨拶などを済ませ、そのままなんとなく4日ほど滞在して来ました。

というわけでこちらの写真は通天閣のそばの「いかにも大阪」な風景。あまりに「大阪」っぽくてビリケンさんまでおるし、わざわざ大阪・新世界と言う必要すらないか。いやさすがに、これは観光的に極端化された光景なのだろうと言いたいところが、必ずしもそういうわけでもないから凄い…。

シネドライブという自主映画上映イヴェントの一貫だったのだが、シネドライヴ自体が「大阪アジアン映画祭」の一貫・協賛企画で、この映画祭のディレクターで大阪のミニシアター系映画館の名館シネヌーヴォなどを仕切る親分の景山理さんに、「せっかく来たんだから映画祭も見て行ってよ」と言うわけで(ついでにイザと言う時助っ人通訳してよ、ってこと?)、事務所やらご自宅やらに連泊・居候させて頂いた次第。鬱的傾向がかなり進んでたところだったところで景山さんだけでなくご家族一同に歓待して頂き、大阪も見て回り、なかなかいいヴァケーションの気分転換でした。この場を借りてお礼m(_ _)m。

大阪アジアン映画祭がなかなか大変な映画祭で、たった4日の開催期間で上映作品のほとんどは日本初上映で、ここ一回限りの上映になるのだからちょっともったいないほどぜーたくで、字幕翻訳だけでもお金は大変だったはず。なかでも掘り出し物は、インドネシアの怪作『空を飛びたい盲目のブタ』。要するに人間は愚かな欲望に突き動かされる盲目のブタに過ぎないと言わんばかりの豪快さと、濃厚な翳りに満ちたスタイルが天晴れで、笑っていいのか頭を抱えるべきなのか? スティーヴィー・ワンダーの「心の愛」をしつこく繰り返して使ってギャグにしてしまい、あげくには劇中でカラオケ・ビデオまで作っちゃったり(その映像は96年のジャカルタ暴動鎮圧のニュース映像なんだから痛烈)、大胆不敵でかつ緻密・狡猾。

わざわざ極度に抽象化・断片化して普遍的レベルに昇華しているのに、インドネシアの政治状況とか同性愛とかのことが分からない理解できない、難解とか言い出しそうな人は多そうだけど…。根本的にはかなりストレートな映画だと思うんだけど…だって要するに、人間は愚かな欲望に突き動かされる盲目のブタに過ぎず、空を飛びたい(=自由になりたい)はずなのに俗世の地べたでのたうち廻ってるだけなんだから。それを「いやインドネシアの民族構成では中国系は少数で…」とか言ってたって、そんなんだから「空を飛びたくても飛べないでブタ」のまま、そこから逃れられないなんでしょう、たぶん。イスラム教に改宗したい、というエピソードなんてそんなに難しく考えることはない。イスラムは一夫多妻だから、もう一人結婚したい相手がいるから改宗するってだけの話なんだから。

あともう一本挙げるとしたら、ただ「かわいい」と言うだけでなんにも文句が言えなくなってしまうタイのゲイ青春映画『サイアム・スクエア』。いやまあ、お話はほとんど少女漫画だし、音楽の使い方はベタベタにメロドラマだし、無駄に長いし、やたらクレーンを使ってるのもちとウザいし、と文句のつけようはいくらでもあるはずなのに、そんなことどうでもいいくらいにあまりにかわいい映画なのでついニコニコして見てしまうし、普通ならこの年齢になれば失笑しちゃうようなメッセージ性たっぷりの主題歌ラヴソング(「愛があれば希望がある」だって・笑)にまでなんだかホロっと来てしまう(と思ったら景山サンが号泣してた模様)。普通ならバカバカしくなっちゃいそうなお話がなぜか見てられるのは、コテコテのカメラワークなのに演出がどこがみずみずしいのと、なによりもとにかく主役の男の子二人が「かわいい」からとしか言いようがないのだが、なんとまったくの素人の高校生だったんだそうな。素人…というかホンモノの人間を適確に使うことができればそれだけでも十分に映画になってしまう−−とそれならば、イーストウッドの『グラン・トリノ』なんてもっととんでもないわけだが。

こういうことが普通ならものすごく難しいのは言うまでもない。とりわけ『グラン・トリノ』の場合は本当にもう、イーストウッドでないと絶対にできないような使い方だし。ちなみにこの映画でイーストウッド演じる主人公の隣人となるモン族の姉弟(ビー・ヴァン、アーニー・ヘイ)も、とにかくかわいい。イーストウッド映画ならではのもの凄い顔をした老祈祷師なんかも出て来て、とにかくプロ俳優でない人々の顔が素晴らしい映画だ(もちろんそれだけじゃないけど)。

ちなみに『サイアム・スクエア』の二人の場合は、映画がタイで大ヒットして、今や東南アジアのジャニーズ系みたいな大スターになっちゃってるらしい。Youtubeに出ている映像を見ると、スターになったとたんにこの映画のなかでのなんとも愛くるしいみずみずしさが、なんだかなくなっちゃった気もするけど…。

註)ちなみに『グラン・トリノ』は4月25日から全国公開。『サイアム・スクエア』は『ミウの歌』の題名で7月にDVDが発売されるそうです。さらにちなみに、『ぼくらはもう帰れない』も実は出演者がみんな素人、かつ脚本はなしの即興というのも、ウリのひとつだったんでしたっけ(…としらばっくれて自己宣伝・笑)。


それにしても「アジア」っていう枠組みだけでまったく性質も観客層も異なる映画(メロドラマ青春映画と、大胆な政治的前衛コメディ?)が同居してお客様がおもしろがるのか戸惑うのか、続けるのは大変だろうが、このてんこ盛り濃厚プログラムも含めていかにも大阪っぽい映画祭である。景山さん、来年も頑張って下さい。

実は大阪にちゃんと滞在するというのは下手すると今回が初めてかも知れないほどで、最後に来たのは原一男監督についてのTVドキュメンタリーの撮影で京都ロケのあと景山さんにインタビューしにいった時だったような気がするけど、この時は大阪について撮影して、すぐに帰京したような次第だったし。だが事実上初めてみたいなものなのに、大阪っぽい街の空気というのはすぐに感じるし、この景山さんの映画祭にも共通する感覚があるように思う−−無理やり言葉にするなら、「まったく性質の異なるものが濃密に隣接しててんこ盛り」とでも言うべきか。

ちなみに本日のトップ写真は天王寺駅前の閉鎖されている遊園地から通天閣方向、二枚目は大阪天神で、きれいな梅が咲いてました。あっというまにもう桜の季節だよ…。

ビリケン像を店先においた文字通り異質な要素が衝突しまくりの居酒屋の写真と、映画の紹介写真をはさんで、このすぐ上の写真と右の写真はアジアン映画祭の会場だったABCホール近辺の中之島あたりの、再開発まっただなかの風景です。

もっと言うならバラバラの要素がそれぞれに周囲を無視するどころか対抗するように自己主張し、調和とか遠慮を街並そのものが考えようとしていないような、潔いまでのバラバラ加減というか…。とくに建築的・都市設計(というか無設計)にはその大阪っぽさが顕著に思えるのだが、それはここに住んで働く人々の生活感や価値観と、共通するものなのだろうか?

再開発が進み高層ビルなどが増えている地域ではあるんですが、わざと隣のビルとは高さもデザインも絶対に揃えまい、うちのビルは隣より目立たせるんだ、と意識してやらないとこうは出来ないかも知れない統一感のなさ。なにせそのABCホールのすぐそばが、この大阪的路地裏的風景ですから。

そんなこんなで建物たちが自意識過剰だと、あげくにはこの右の写真のようなウルトラ成金趣味なラブホと見まがうような建築まで(笑)、意外と違和感なく見えて来たりして…。イヤ、別に廻りもハデだからとかそういうことでなく、ただ勝手にやってるように見えるんだからどうぞご勝手にということにおいて。

東京だって超近代的再開発地区のポストモダニズムな高層建築が意外と低層の商売や住宅の地域と近接している地域も多く、『ぼくらはもう帰れない』でもそういうシティースケープの突然の変化は意識して撮ったのだが、まだ低層は低層でほぼ統一した高さなのに較べて、大阪だと低層は低層で隣と高さを揃えるのは拒否するみたいな雰囲気だし、高層は高層で近いビルどうしがランドマークの地位をめぐって争奪戦をしているようにも見えて来る。スチル写真でこの特徴を生かしながらそれなりの調和ある構図で撮るのも大変なんだけど、じゃあ映画だったらどうやって撮ったらいいのだろう、とかつい考えてしまう。

確か阪急梅田駅の東側とかそのあたりだったと思いますが、こうなるるとさすがに凄くありません、この組み合わせ? (特に画面奥/中央に注目)。

歩いていると、ところどころで戦前・昭和初期のモダニズムというか、和製バウハウスやアールデコ影響下のけっこう立派な建物が突然目に入ったりするのも、それがまったく周囲と調和してないでどーんと現れるのも、このテの建築が決して嫌いではないこともあって、ふと目を引かれます。

この左の写真のアールデコな建物なんて、上に載せたスーパーデコラティフな(^^;)宗教団体の本部かなにかと、同じ並びだし…。

シンプルで洗練されたフォルム、窓の配列、ビルの名前のデザインも、なかなか。

ABCホールあたりより川のずっと東の方、中之島公園(写真手前)は現在再整備の工事中で入れませんでした。大阪証券取引所や御堂筋線・淀屋橋駅の近くから、対岸を臨む。工事現場がもの凄く多い、そこらじゅうで工事しているのも、決して嫌いではない。この不況の時代にいつ中止され更地で放置されるか分からないけど。

4/09/2009

ミサイル〜、ミサイル〜

…じゃなかった、人工衛星打ち上げだ。どっちにしろ技術的には近似しているから同じことなんだけど、だから「人工衛星でしょ」とアメリカも韓国も静観を決め込んだところで、我が日本国はどうしても「ミサイルだ!」と言いたいところ、なにしろアメリカ様の国防長官が「人工衛星みたいだね」と公言しちゃったので仕方なく「飛翔体」(笑)だってさ。なに考えてるんだろ?

世界経済が相当に大変なことになり、「日本経済のファンダメンタルは大丈夫」と首相が大見得を切ったとたんに、先進国中でももっとも経済の落ち込みが激しい(9〜12月でGNP前年比12%超減!)ことが明らかになって、さてどうしようというときに、ローマでのG8経済担当相会議では財務大臣が酔っぱらい会見、今度はロンドンのG20で首相が経済そっちのけで「ミサイル〜、ミサイル〜」とオバマ氏をストーカーし続け、「日本の自衛権は認めるけれどあまり騒がない方が」と言ってた韓国2MB大統領に無理矢理「支持する」と言わせ、中国主席には露骨に不快感、というか軽蔑を隠せない顔をさせてしまった。「無駄に騒いで話をややこしくするなよ。アンタ他にやることあるはずだろ?」って顔。

さらに我らが吉田茂の出来の悪い孫ときたら、アメリカの御機嫌取りのつもりで独仏を批判する発言を会議前にやってしまって、ただでさえまとめるのが難しかったG20を事実上なんの成果もない結果へと導いてしまった。ここで世界経済が少しでも上向きになるようにできなかったら、日本経済はますます大変なのにねぇ。それに「財政出動の意味が分かってない」って、年間GNPの1.6倍もの財政赤字を抱える国が積極財政を主張したって、逆に国民の不安感を煽って不況を長引かせることにもなりかねない。世界的に需要が冷え込むなかで、内需頼りの景気回復に選択肢が限られてしまっている現状なのに…。帰国したら15兆の財政出動はまだいいんだけどその財源が「赤字国債」って…。しかも内容がターゲットの定まらず方向性がまるで見えない選挙向け票固めのバラ撒き…。

要するに北朝鮮はミサイル実験で騒いで欲しいのである。世界経済危機は当然ながら、元々ズタズタだった同国の経済に大変な打撃を与えている上に韓国との関係悪化で見栄をはった結果韓国から入るカネもストップ。しかも国家指導者は病み上がり、だから騒いでなんとか現体制維持の保証を取り付けたい、経済協調と中近東問題とロシア・中国が主な相手の軍縮に外交のプライオリティを置くオバマ政権になんとか振り向いて欲しいわけ。体制保証と事実上の経済援助がどうしても必要だから。

しかし国連決議などがあるから「ミサイル」とは言えないのが苦しいところで、「衛星」と主張したらとたんに最初からどう無視するかを考えていたアメリカと韓国は静観を決め込み、中国も北朝鮮を支持するポーズをとりながら同調し、六カ国協議メンバーのうち3カ国はできるだけ無視することで一致していたわけなのだが、そこで空気を読めず戦略もなく騒いでいるのが日本国の政府とマスコミ。国民のほとんどは「騒いで欲しいんだから無視すれば。それよりも経済どうするんだ?」と思ってるのに、麻生さんと来たらこれで西松献金騒動で民主党の人気が落ちているのにさらに便乗して、支持率浮揚でも計ったのだろうか?

でもねぇ、せっかく今のところ中国が北朝鮮をある程度は制御できている状況が出来ているのに、ここでロシアがうまく割って入って後ろ盾を買って出たら、日本の立場はますます難しくなるんですよ。だいたい北朝鮮に対して厳しい姿勢をとるべきは、そもそも日本をターゲットにしてるわけでもない新しいミサイル(三年前に実験したミサイルですでに射程に入ってます)なんてどうでもよく、拉致問題だろうが。だいたい自国民を人質にとられていることの意味を、少しは考えたことがあるんだろうか?

別に公表する必要もない破壊命令まで公表し、防衛省の広報が精力的にマスコミに迎撃ミサイルの緊急配備の模様を取材させ…って、軍事機密に相当するような作戦内容を喜々としてマスコミに映像で流させて、頭おかしいんじゃないか? さらに閣内や官邸からも半ば呆れて「迎撃なんてできないよ」発言が飛び出すだけでもかえって首相の指導力が問われる上に、トドメはミサイル、じゃなかった「飛翔体」発射情報を誤報って、存在そのものが冗談なんだろうかこの政権って…。これで支持率落ちなかったら国民もよほど考えが甘い。

ただし麻生さんがあまりにも阿呆であることの怪我の功名かもしれないことがひとつだけ。結局日本が騒ぐせいで、経済対策でもアフガン問題でも日本のお金が頼りなので無視もできないオバマ政権もつき合わざるを得ず、騒がさせられてしまってさあどうすると思ったら、潮目を変えるとんでもないウルトラCの切り札! アメリカの大統領がこれまでなかなか言えなかった(しかも本人は前から言いたかった)核廃絶発言である。



もちろんこれまで公約でも核削減は言って来たことだが、ロンドンでロシア大統領と会談して軍縮も話し合ったと言われているところで、旧共産圏でもありソ連時代にいろいろあったプラハで、「核のない世界を目指す」と言い切れたことのインパクトは大きい。これでもう、日本と北朝鮮以外の国際社会にとって、人工衛星だかミサイルだかは過去の話である。いやお見事。



しかも日本への配慮も忘れていない。もともと日本は毎年、唯一の被爆国としてかっこうだけは核兵器廃絶決議を国連に提出して来ているわけだからそれだけでもアメリカのこの発言を歓迎して協力を宣言すべきだし、しかもアメリカ大統領としては禁句であることまで言ってくれた。「核兵器保有国のなかで唯一、核兵器を使用した道義的責任」! え〜っ。一瞬卒倒するかと思った。



いやよくぞ言ってくれた。秋には来日するそうだから、「ではぜひ長崎と広島にもご案内します」くらい日本国総理としては言うべきである。オバマだって「道義的責任」に言及した以上その覚悟は出来ていると見るべきだし、日本だってそこまで言えば、かつ広島市長も提案しているように核軍縮サミットの広島開催を言えば、国際社会のなかでの日本のインパクトも非常に大きいし、全く道義的に正しく反論のしようもない話だから、借りを作ったことにもならないどころか、憲法前文にあるような「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のまさにその通りのプレイヤーにもなれるのに。

なのになのに、麻生政権の反応の鈍さってなんなの? しかも日本のマスコミもほとんど騒がない。その「名誉ある地位」を名実ともに占めれば、「我ら朝鮮民族の百年の敵である日本反動」だなんて北朝鮮も言えなくなるのよ。なんと不思議な国であることか。いったい何十万人殺されたと思ってるんだ。広島の平和の礎にはなんて書いてあったっけ? 「あやまちは繰り返しませんから」でしょう。滑稽すぎて涙が出て来る。

4/02/2009

Jeanne Dielman, 23 Quai du Commerce, 1080 Bruxelles

シャンタル・アケルマン監督のとんでもない傑作が、今週末日仏学院で上映です。

『ブリュッセル1080、コルメス3番街のジャンヌ・ディエルマン』1976

 2009年04月04日(土) 16時00分
 2009年04月05日(日) 13時30分
東京日仏学院・エスパスイマージュにて
http://www.ifjtokyo.or.jp/agenda/evenement.php?evt_id=1368


まさに「覚悟せよ」と言わなければならないようなとんでもない映画。どうとんでもないかと言うと、ある意味でこの映画の「典型的」と言えるワンシーンの抜粋をyoutubeで見つけました。



ウェブ上で抜粋だけみると「なんだこりゃ」と思われるかも知れませんが、これがフィルムで、映画館で見ると、なんというか…まさにhaunting、「取り憑かれる」ような映画とはこのことか…。

もしかして日本初上映じゃない? 少なくとも10数年前にアメリカの大学で見たっきりの僕には、日本で見た記憶がない…。必見です。

同じ週末にはファスビンダーの『自由の代償』も上映。主婦売春のフェミニズム的観察に同性愛×マルクシズム的社会批判映画だから、性的視点による過激政治映画二本立てと言ってしまえばそれまでになちゃうが、前者は現代的な実存の本質的な孤独について、後者は恐ろしく切ない恋愛の不可能性についての、どちらも「愛」をめぐる傑作でもあり、とにかく傑作。日仏学院映画担当・坂本さんも相変わらず、やるなぁ。

そのシャンタル・アケルマンがイタリアのペサロ映画祭で見て絶賛した拙作『ぼくらはもう帰れない』が、明日の金曜日に大阪でアンコール上映です。

ペサロでは上映後ももの凄く気難しい顔で質疑応答のときも怒ったような顔で席にいて、晩飯どきにレストランでつかつかと怖い顔してこっちの席に来るから、怒られるのかとビクビクしてたら、「聞きなさい! 素晴らしい映画だったわ、大好きよ」だって。


4月3日(金)14:00〜 中崎町・プラネット+1にて
http://www.planetplusone.com/cinetlive/2009/

中崎町はこの映画を見るにはなかなかふさわしい街ですが、それにしてもそろそろ真面目に公開しないとなぁ…。見逃した方はプラネット+1にリクエストして下さい(笑)。フィルムはまだ大阪にあるんで。